第24話/VSゴブリン~カジノエリアへようこそ!~



 姉妹と冒険者一同を乗せた電車が、ゆっくりと速度を上げていく。窓から姉妹とシシが、見送る私たちに手を振る。私も姉妹に手を振り返す。見えなくなるまで、ずっと。

 たくさんの人を見送って、静かになったダンジョン。残ったのはマズダと冒険者5名、あとバルガスを除いたうちの従業員。


「さて、まっちゃんや」

「誰がまっちゃんだ。……まったく。で、なんだ?」

「ゴブリン」


 マズダが一瞬、固まる。


「隠してたね?」

「なんのことだ?」


 冷静にとぼけるマズダ。

 まあ、そうするだろうね。


「証拠はそろってるからね?」

「……バルガスめ。しゃべったな」


 念を押すように伝えると、マズダは眉間にしわを寄せ、バルガスに文句を言う。

 この様子からすると、想定内ってところかな。


「ちなみに返答は“NO”だから」

「だろうな」


 暗に冒険者たちの力は必要ないと伝えると、マズダは鼻を鳴らしてそれを受け入れる。


「で? どうするんだ?」

「ゴブリン対策なら、もう出来てるよ」

「ほう? それはどういう?」

「さてね? 明日には分かるんじゃない?」


 マズダがわずかに目を開く。そこまで調べているとは、思っていなかったんだろう。

 ここ最近、深夜になってから、こっそりダンジョンの領域の端まで行って調べていたのである。

 毎日監視を続けて集めた情報を鑑みるに、明日、明後日には攻めてくるだろうと予測を立てた。

 だから、姉妹を街へ送るのを早めた。もしも時間が許すなら、マルガからの返事・・を待ちたかったけど、こればかりは仕方ない。

 まぁ、少なくとも街から攻撃はされないはずだ。獅子王もいるしね。


「あ、そうそう。みんなには引っ越ししてもらうよ」

「引っ越し?」

「ダンジョン運営も次の段階に移るって話だよ」



――――――――――――



~ゴブリンサイド~


 日が沈み、夜も更け。草木も眠る深き闇の中。

 それは彼ら魔の物の時間だ。

 城門前の広場に集められたゴブリンたちが、思い思いに雑談している。月もない漆黒の中であっても、夜目の利く彼らにとっては問題にならなかった。

 これからダンジョン攻略へ向かうというのに、まるで遠足にでも行くかのように楽し気である。

 そんな彼らの前に、鎧姿のゴブリンたちが現れる。その瞬間、ほかのゴブリンたちが、一斉に静まり返った。

 鎧姿のゴブリンたちは、一糸乱れぬ動きで彼らの前に整列する。それを彼らの見る目は、畏怖と尊敬の混じった、複雑な色合いをしていた。黒い板金で作られた甲冑姿。それは魔王様から賜った、騎士の名誉を示すもの。すなわち、ヴォルフ・リッターの証だ。

 一体のゴブリンが前に出る。背丈こそ一般のゴブリンと同じ程度だが、激戦により鍛えられた肉体は、鋼のごとき力強さを宿していた。

 彼の名はゴブ斬九朗。ヴォルフ・リッターを率いる隊長である。彼にのみに許された、鶏冠を思わせる頭飾りのついた兜を小脇に抱え、大きく息を吸う。


「我ガ同胞達ヨ!」


 一面に響き渡る蛮声に、ゴブリンたちは背筋を伸ばす。


「コレヨリ、だんじょん攻略ニ移ル。彼ノ地ノ情報ハ少ナク、危険ハ諸君ラノ想像以上デアロウ。サレド、コレハ試練デアル! 諸君ラハ、敵ヲ切リ裂ク爪トナル。勇敢ニ立チ向カイシ諸君ラノ死ハ、魔王様ニ捧ゲラレ、魂ハ魔界ヘト送ラレル!」


 勇敢に戦ったものだけが、死後、魔界に迎えられる。

 そこは尽きることのない肉と酒が供されており、寒さも人間も来ない楽園である。いずれ来る復活の日まで、その楽園で安息を得られるという。

 しかし臆病者は魔界ではなく、人の国へと送られて、人が贅を尽くすための奴隷として、苦役を課せられる。それはゴブリンたちにとって、地獄よりも恐れるものだった。死してなお人間のために働かされるなど、考えただけで身震いがする。

 それが事実かどうか、誰も知らない。だが彼らはそう信じている。

 だからこそ、ゴブリンは死を恐れない。死による救済を知っているからだ。


「死へ進ミ、死ヲ誇レ! 我ラ最弱ハ、ソレ故ニ死ヲ恐レナイ!」


 要するに、命の危険があるけどがんばれ! としか言っていないのだが、戦の前の高揚と、事前に飲ませた薬の効用により、彼らは戦意を高めていく。

 そもそも、彼ら一般ゴブリンに、複雑な言葉など伝わらない。それくらいゴブ斬九朗も理解している。

 必要なのは言葉の意味ではない。これから戦うという、意思を束ねることだ。


「“グーテン、ライゼ良い旅を!”」


 ゴブリンたちから、歓声が上がる。

 それは魔王様から賜った言葉だ。戦とは、魔界への旅路である。だからこそ、大いに楽しめ。死は救いなのだから。

 湧き上がる興奮に、彼らは拳を突き上げる。


「「「“グーテン、ライゼ良い旅を!”」」」


 山を震わせるほどの大音声。士気は最高潮に達した。

 ゴブ斬九朗は、膨れ上がった闘志の塊に向かって、声を張り上げる。


「出撃!」

「「「応!」」」




 ダンジョン前。侵入者のための灯など準備されるはずもなく、あたりは闇に包まれている。だがゴブリンは、暗闇の中でも影響なく行動が可能だ。

 噂に聞くゴブリンには解けないという謎解きを前に、ゴブ斬九朗は鼻を鳴らす。なんとくだらない仕掛けか。

 動かせない足場と、手の届かない位置にある鍵。そしてそれを取るための棒。もちろん、見た瞬間に回答は出る。ならなぜ、ゴブリンたちはこれが解けなかったのか?

 要するに、背丈が足りなくて攻略に手間取っている隙を狙い、攻撃されたからだ。

 この仕掛けを突破するのに、妨害が入ると面倒ではある。とくに背の低いゴブリンたちでは、困難を極める。

 逆に言えば、それさえなければ容易く突破できる。

 周囲には人間の影はない。おそらくはダンジョン側が人間たちを避難させたのだろう。

 想定内だ。

 対ダンジョン戦において、攻め手が奇襲を仕掛けるのは困難を極める。領域に入れば、自動的にダンジョンマスターにその位置と数がばれるからだ。逆にダンジョン側が奇襲を仕掛けるのは容易だ。位置と進行ルートがわかっているのだから、兵を伏せるのは難しくない。

 ここのダンジョンマスターは、それをしてこなかった。つまり、最初からダンジョンで迎え撃つつもりであったと判断できる。


「盾兵、前へ。警戒ヲ怠ルナ」


 ゴブ斬九朗の指示に従い、大盾を持ったゴブリン達が部隊の守備につく。その背後で弓を持つゴブリン部隊が矢をつがえた。敵の伏兵を警戒してのことだ。入り口を開けたと同時に石や矢が飛んでくるのは、ダンジョンではよくある光景だ。

 準備が整ったのを確認し、ゴブ斬九朗は扉を開けるよう命じる。ゴブリンの中でも体格の良い者が頭上の鍵を取り、扉を解錠する。

 きりきりと鳴る弓を引く音。槍を構えた部隊が、突撃に備えて息をのむ。

 なにも起きなかった・・・・・・・・・

 ほかのゴブリンたちが安堵する中、ゴブ斬九朗は冷静に次を見据えていた。

 奇襲はなかった。ならば、敵はダンジョン奥地に罠を充実させて、待ち構えている可能性が高い。

 道中でゆっくりとこちらの戦力を削り、最終局面で戦力を一気に投入するつもりなのだろう。それがもっとも損害の少ない戦術だ。

 セオリー通り。だが、ゴブリン相手には悪手である。

 ゴブリンはいくら減っても補充がたやすいのだ。いくら損耗しようと、深部の攻略情報を持ち帰ることさえできれば、すぐにでも準備を整えて攻め込むことができる。

 いかに強力なモンスターを備えていても、トラップを準備できていても、数の暴力で押し包めば問題ない。ゴブリンにはそれが可能なのだ。

 おそらく対ダンジョン戦を一度も経験したことのない素人だ。聞きかじった程度の知識でダンジョンの運営をしていると予測できる。

 自分の役目は、可能な限り被害を減らして、戦力をダンジョン深部に送ること。そしてその道中の攻略情報を持ち帰り、次に繋ぐ。


「ねずみヲ放テ」


 ゴブ斬九朗の名に従い、配下のゴブリンたちがねずみを放つ。首筋にこぶのあるそのねずみは、人間が使っているものと同じようにコントロールが可能で、かつ五感を共有できる。


「警戒セヨ! 罠ヲ見逃スナ!」


 かくして、彼らは見つけた。

 ダンジョンの奥に設置されたお風呂を。


「ココノだんじょんますたーハ、馬鹿ナノカ?」


 新米ダンジョンが、防衛でなく、お風呂のような娯楽品にDPを使うなどあってはならないことだ。そんなものがあっても、攻められたときに防衛にもならない。

 しかもこんな浅い階層に置いてあったら、ゆっくりと浸かれないだろうに。

 その程度のこともわからないのであれば、このダンジョンは大したことはない。

 下手すれば、今日中に攻略が終わるのではなかろうか。そんなことを考えていると、後ろから声をかけられた。


「隊長。次ノ部屋ヲ見ツケマシタ」

「案内シロ」


 部下の報告を受け、そちらへと足を向けるゴブ斬九朗。

 そこには赤いボタンと、扉がある。扉はすでに開いており、楔が打ち付けてあった。

 奥には4つの扉が見える。なにかの仕掛けか? 疑うゴブ斬九朗。部下もそれを警戒してゴブ斬九朗に報告したのである。

 ひとまず、部隊を集合する。全員がそろって、奇襲に対する用心を終えると、部下に命じてドアを開けさせた。

 その奥には、新たな4つの扉があった。



 4つの扉の部屋を潜り抜け、ゴブリンたちは新たなエリアへと侵入した。当然のようにネズミによる索敵を行うゴブリンたち。しかしゴブ斬九朗はげんなりとしていた。


「……ココノだんじょんますたーハ、何ガシタインダ?」


 訳がわからない。

 鍵がかかっているわけでもなく、トラップが仕掛けられているでもなく。ただただ4回扉を開かなければ奥に進めないだけの部屋に、なんの価値があるのか。

 この部屋にしたってそうだ。中央の目立つように設置された砂時計のようなオブジェクトも、壁にある採掘ポイントも、妙な仕掛けの机も、敵を殲滅するのになんの意味も持たない。

 ここのダンジョンマスターは、碌な思考能力もないスカポンタンである可能性が極めて高い。いちいち理由とか必要性とかを考えても、無駄になりそうだ。

 半刻ほど探索を続けて、トラップがないことと、次の部屋への扉が閉まっていることを確認する。

 どうやら何かの仕掛けを解く必要があるようだが。

 オブジェの隣にある台座を見る。ゴブリンの中では知識の豊富な方ではあるが、人間の文字は読めない。どうしたものかと悩んでいると、そいつが、ぬっと現れた。


「こんにちは!」


 ゴブリン語で話しかけてきたのは、人間だった。背丈は自分たちと同じ程度。ならば、子どもなのだろう。

 空に浮かび、背後が透けて見えるその体は、本体ではあるまい。おそらくダンジョン機能による投影体であろう。


「だんじょんますたーカ?」


 ダンジョンの機能を使える以上、少なくとも運営に携わる者に違いない。ゴブ斬九朗の問いかけに、その人間は首を傾げたものの、すぐに返事した。


「? ここのダンジョンの運営者だよ」

「ナラ、話ガ早イ。サッサトだんじょんヲ明ケ渡セ。我々ガ有効活用シテヤル」

「やだよ?」


 穏便な交渉を、即座に切り捨てるなめ腐った態度。間違いない。こいつがここのダンジョンマスターだ。


「我々ハ1万ノ兵ヲ率イテイル。抵抗ハ無意味ト知レ」

「いくらいようと問題ないよ。そもそも、この階を突破できないからね?」

「ナニ?」


 挑発的な相手の態度に、ゴブ斬九朗は眉をしかめる。

 トラップもモンスターも出てこないダンジョンで、どうやって妨害しようというのか。


「この階はね、あそこのオブジェ貯金箱に砂をいっぱい貯めないと先に進めないんだよ。そして砂は玉をここに入れると少し貯まる」

「ホウ?」

「玉はこっちの箱に“価値のあるもの”を入れることで、手に入るよ。そこに採掘ポイントがあるから利用してね」


 と言って、大きな箱と隣の穴を指し示す。


「ちなみにここのゲームで、玉を増やすこともできるよ。失敗すると減るけどね。詳しいゲームのルールは……」


 と、この部屋のゲームのルールを解説していく。

 何故出向いてきたのか、と思ったが、ようやく理解できた。この階の仕掛けを説明するためにわざわざ出てきたのだ。

 ダンジョンの仕掛けは、突破困難がになればなるほど、魔力DPの消費が激しくなる。逆にヒントや攻略を助けるアイテム類が提供されるのであれば、消費は軽減される。

 普段は台座に書かれたヒントで、難易度のバランスをとっていたのだろう。ゴブリンにはそれが読めないから、説明に来たのだ。


「……説明は以上かな。なにか質問があれば、内容によっては回答するよ」

「ソノ程度ガ突破出来ナイト?」

「うん」

「ナラ、悔イ改メルガイイ。己ノ未熟サヲ」


 どうせ質問にはろくに答えないだろう。ゴブ斬九朗はさっさと会話を打ち切って、部下に指示を出す。

 この愚か者の本当の顔を見るのは、そう遠くなさそうだ。



――――――――――――


~おばけちゃんサイド~


 鬼ごっこエリアの2階。ここには電車の乗降所と、将来的に小売店を運営するための部屋がある。まだ小売店を設置するまでに至っていないので、うちの従業員とマズダが寝泊まりするスペースとしている。

 ゴブリンたちに説明を終えて戻ってくると、マズダがじどりと私を睨んだ。


「この外道」

「誉め言葉と受け取っておくよ」


 前にも説明したかもだけど、カジノエリアはその手前の4連4つ扉の部屋で当たりを引くまで、どれだけ玉を集めても、砂は貯まらないようにできている。なので、いくら彼らが必死に働いても、その労力は無限に吸い取られていく。

 かわいそうに。彼らはそれに気づくまで、延々と無給で働かされるのである。いやはや。いったい誰がこんなひどいこと考えたんだろうね?

 

「鏡見てこい」

「やだな。成果が出ないのに働かせるほうが悪いよ」


 マズダがいやそうな顔でこちらを見ている。そんな顔しても、私は方針を変えるつもりはないよ?

 ちなみに。ゴブリンたちにした説明には、いっさい嘘は含まれていない。

 ヒントやお助けアイテムに嘘や罠を仕掛けたら、難易度の上昇につながるからね。そこは誠実に回答したよ。

 

「一番大事なところが抜け落ちてるだろうが」

「はて? 質問なら受け付けたけど?」


 まっちゃんがなんだか好戦的なのは、カジノエリアの攻略法を説明したからだ。もう、一から十まで、全部。

 なんでって? そりゃあ、二度とダンジョンを攻略しようと思わせないためだよ。

 あそこを突破するのは、実はそこまで難しくない。ようはカジノエリアとリセットボタンを往復して、何度も何度も挑戦すれば、いずれは攻略できる。

 4つの扉を4回選ぶので、256分の1の確率だ。200回くらいやれば、大半は当選するハズ。まぁ、根気の問題だけどね?

 だけどその攻略までのコストが問題だ。特に玉を得るためのコストが、一番の難所となる。

 1)地道に採掘ポイントから鉱石類をゲットして交換、2)大量の資材を持ち込んで交換、3)運否天賦でカジノで玉を増やす。

 玉の獲得はこの三つのみ。

 1は元手がかからない代わりに、ひたすら時間がかかる。当たりか否かが判断できるまでに、早くても1週間程度の時間がかかる。数回ですめばいいけど、確率的に数百回は往復しないといけないだろう。さて、何年かかることやら。

 2は持ち込んだ資材を交換ボックスに放り込むだけなので、1時間程度で結果がわかる。だけど、1回挑戦するのに相応の資材を投資しないといけない関係上、数百回も往復すると、とんでもない量の資材が必要になる。

 3は運さえ良ければ、少ない元手で玉を増やせる。運が良ければね!

 ということを、そろばんを弾きながら、マズダに説明しといた。これだけ正確なコストの計算を見せつけられて、よし攻略しようとは思わないだろう。しかも、カジノルームのみのコストである。奥にはまだ鬼ごっこエリア現世の地獄も控えているわけで。

 この情報を流布することで、相手は攻めてくる気も失せるだろうし、うちが陥落する可能性が低いと理解してもらえるだろう。

 つまるところ、防犯の一環だね。いまはゴブリンが攻めてきてるけど、当分は放置して大丈夫。そのうち諦めるよ。


「で? ダンジョンが次のステップに入るというのは、どういう意味だ?」

「言葉の通りだよ」


 このまま鬼ごっこエリアと駅とがつながった現状だと、カジノエリアの突破と同時に、お客さんの安全が脅かされることになる。

 なので、鬼ごっこエリアの2階を切り離して、完全に独立させる。これで駅を利用しても、ダンジョン側の戦争に巻き込まれる恐れがなくなる。

 安全も大事だからね。

 あとは駅から鬼ごっこエリアに入れる! ってなると、ちょっぴりやんちゃなおバカでマヌケ冒険者が迷惑行為をまき散らしかねないからね。


「さ、忙しくなるよ!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る