第14話/悪夢は続くよ何処までも~これはひどい~
逃げるターゲットを追いかけて、男たちはにやりと笑った。想定通りの動きができている。ダンジョンの構造も、仕掛けも、すべて事前情報通り。
ターゲットを、カードの呪文を詠唱してからタッチする。するとターゲットがカードに吸い込まれ、鍵になる。それを300個集めるだけで、次へ進める。
ターゲットに追いつき、手が届く、その瞬間。男はカードを掲げた。
タイミングは完璧。あとは噛まずに詠唱するだけである。
「ル〇ズ! ル〇ズ! ル〇ズ! ル〇ズぅぅうううわぁああああああああああああああああああああああん!!!
あぁああああ…ああ…あっあっー! あぁああああああ!!! ルイ〇ルイ〇ルイ〇ぅううぁわぁああああ!!!
あぁクンカクンカ! クンカクンカ! スーハースーハー! スーハースーハー!いい匂いだなぁ…くんくん
~中略~
あっあんああっああんあア〇様ぁあ!!シ、シエ〇ター!!アン〇エッタぁああああああ!!!タ〇サァぁあああ!!
ううっうぅうう!!俺の想いよル〇ズへ届け!!ハル〇ニアのルイ〇へ届け!」
もちろん、そんな長い呪文を唱えている間に、ターゲットははるか彼方に逃げ去っている。無意味と化したその紙くずを、男は地面に投げ捨てた。
「やってられるかあぁぁあッ!」
~3時間前~
「それじゃ、改めまして。ようこそ私のダンジョンへ。歓迎するね」
「コロシテ、コロシテ」
「ありゃ? 大丈夫かな?」
マズダが、焦点の合わない視線で私の方に顔を向ける。その頬に刻まれた赤い跡は、先ほどまで続いた罰ゲームの痕跡だ。こうしてみると、どっちの罰ゲームだったのか、わからなくなる。
まぁ。がんばったね?
「ボス、大丈夫ですか?」
「ひっ! ……バルガスか、脅かすな」
「顔色悪いですけど」
「誰のせいだと……ッ!」
低い声で、マズダがうなる。
このままだと喧嘩が始まりそうなので、割り込む。
「じゃ、早速でわるいんだけど、最終確認してもいいかな?」
「……ええ」
ルールはあらかじめ伝えてあるので、あとはマズダが“イエス”といって判を押すだけ。の、はずなんだけど……
「ここに来たってことは、イエスってことでいいんだよね?」
「その前に、ルールの確認をお願いします」
えっと……ルールは確か――
参加者は以下のルールを遵守すること。
・開催期間はダンジョン側が参ったというか、または冒険者側が参ったというまで。なお、冒険者の食料が切れたり脱落者が出た場合も終了とする。
・お互いに殺傷禁止。
・どちらかが降参して、ダンジョンツアーが終了した場合、直ちにダンジョンの指示に従って退出すること。上記ルールは退出が完了するまで継続する。
・ダンジョン内における犯罪行為の禁止。
・お風呂はきれいに使ってね!
上記のルールが守られない場合は、直ちにダンジョンツアーを中止とする。
おおざっぱい言うと、こんな内容だったはず。マルガに内容を確認してもらいながら書いたから、とくに変なところはないはず、だけど。
「この、ダンジョンの指示に従う、というのは?」
「出口まで誘導するから、それに従って退出してね、って意味だけど」
「ではその文言を追加して頂けないでしょうか。このままでは終了後はダンジョンに隷属させられるように聞こえるので」
「そういう意図はないんだけど。まぁ、わかったよ」
「あと、この参加者の定義は?」
「カジノエリアの奥に入った人間、ってつもりだけど」
「それだと、無関係の人間が後から入ってきて降参した場合も、我々の負けになるのでは?」
「ふむ? なら最初に奥に入った冒険者に限定しようか?」
「それだと補充の人員が参加できなくなるので、冒険者側が不利になります。ですので、ここは大剣亭の人間と限定してはいかがでしょう?」
なかなか粘ってくるなぁ。
「大剣亭の人間しか参加しませんので、それで十分かと」
「なら、代わりにダンジョンの治安維持に協力してよ? 譲歩するんだからさ」
「……しかたありませんね」
とまぁ、あれこれ話し合うこと数十分。ようやくルールが完成した。
ダンジョンツアーにおけるルールについて。
主催者;おばけちゃん。参加者;大剣亭所属の冒険者。
・開催期間はダンジョン側が参ったというか、または参加者が参ったというまで。なお、冒険者の食料が切れたり脱落者が出た場合も終了とする。
・主催者と参加者はお互いに殺傷禁止。
・主催者と参加者のどちらかが降参して、ダンジョンツアーが終了した場合、主催者は出口までの誘導を行う。参加者はその誘導に従って退出すること。
・上記ルールは退出が完了するまで継続する。
・ダンジョン内における犯罪行為の禁止。また、治安維持に協力すること。
・お風呂はきれいに使ってね!
上記のルールが守れない場合は、ルールの違反者に罰則を与える。
ちなみに、賭けの対象はうちはバルガス達の解放、大剣亭は一年分の生活費の負担。
「こんな感じでいいかな?」
「ええ。それでお願いします」
「それじゃ“契約するよ”」
「“契約します”」
お互いに文言を交わし、契約完了する。
「それじゃ、カジノルームの奥は開けておくね」
「ありがとうございます。私は準備があありますので、少し失礼します」
「はい。ではまた後で」
手を振ってカジノルームへと向かう。なぜか10人くらいがついてきたので、彼らに速度を合わせる。
「しばらくよろしくね!」
「……」
先頭の一人に声を掛けたら、無視された。うーん、まだまだダンジョンの人権はないがしろにされてるなぁ。
カジノルームについて、すぐ奥に続く扉を開ける。すると、10人が滑り込むようにして扉に張り付き、閉じないようにつっかえ棒とかを設置していく。
そんなにがっつかなくても、勝手には閉めないってば。
完全に開ききった扉に杭を打って、閉めれなくしたあと、なぜか冒険者たちはにやりと私を見た。
うーん?
カジノルームに向かった冒険者の報告を聞いて、マズダはこらえていた笑いを解放した。
「うまくいった、うまくいったぞ!」
マズダははなからフェアプレーなど行う気はなかった。参加者を大剣亭に絞った理由も、どちらかが降参する羽目になっても、大剣亭でない冒険者がダンジョン攻略を継続するためだった。
そのために、マズダは懇意にしているいくつかのギルドに声をかけ、招集した。今はダンジョンの領域に入らない程度に距離を置いて待機しているが、カジノルームの奥が開いたら呼び寄せる予定だ。
最初のルールではこれは通用しない。大剣亭以外の冒険者も参加者としてルールに縛られるからだ。ダンジョンが参ったといった瞬間、退去させられてしまう。
だがその制限の取れた今、このダンジョンはマズダのてのひらにあるといっても過言ではない。
予定通り。全て予定通りだ。
今回の件で協力することになったギルドに合図を出し、ダンジョンに集合。そして奥地へ進行する。
あとはダンジョンを攻略するだけでいい。ここにはカジノのような、運を競うゲームはない。ただ鍵を集めるだけという、簡単すぎるギミックでは、姑息な足止めにしかならないだろう。
マズダの引き連れた100を越す冒険者を見て、おばけちゃんは顔を引きつらせていた。
「だましたの?」
「だまされる、貴様が悪い」
扉には杭を打ってあるので、勝手に締まることはない。いまさら降参してももはや手遅れだ。
勝利を確信し、マズダは笑う。
それがつい、1時間前のことである。だが、現実は甘くなかった。
「くそが! 1時間もして、なぜ一匹も捕まえられんのだ!」
マズダが吠えたてるのも無理はない。ターゲットは別に捕まえられないほどの速さではないし、攻撃してくるわけでもない。
じゃあなんで捕まえられないのか? それはおばけちゃんの仕掛けたギミックが関係していた。
ターゲットを捕縛するためにはカードに貼られた銀の膜を削り取り、出てきた呪文を唱える必要がある。その行為自体に問題はない。
だが、その呪文が問題なのだ。
例えば、
えたーにゃるふぉーしゅぶりじゃーど
いぃっしゅんれぁあああ あぉいぃてのぉおおしゅういぃのぉおおたいぃきごとひょうけちゅしゃせるのぉおお
ぁあああ あぉいぃてはしにゅぅぅぅ
だの、
むーんぷりずむぱわー!めイっくぅぅふぅんぁあああ あぉっぷ
ぁあああ あぉいぃとせいぃぎのぉおおししゃ
ちゅきにかわってお゙ぉおォおんしお゙ぉおォおんきよお゛お゛お゛ぉ
と言った、人間には理解できない内容のものばかりなのだ。
しかもこうした短めの物には、動作の指定も入っており、例えば下の奴はくるくる回った挙句、左手を腰に右手を額に当てるという意味不明のポーズを要求してくる。
文字が読めない人のためなのか、ご丁寧に映像付きなのだ。銀色の被膜を削ると、見なれた馬鹿どもが、立体的な映像として現れて、吐き気を催すほどキレッキレの動きでビシッと決めてくれる。
それだけでも精神がごりごり削られていくのに、気持ちの悪い裏声で発声しているせいで、カードを使う度にめまいと頭痛が襲い掛かってくる。
しかも、カードは使える範囲が決まっているのだ。初期ではエントランスルームのみ。
ここから範囲を広げるためには、魔力を支払ってイビルヘッドを設置していかなくてはならない。
イビルヘッドは、ダンジョンに映像と音声を届けるトラップの一種で、本来なら見つけ次第破壊して使用不能にする。が、こいつが見えてる範囲しかカードが使えない以上、そうした手段も使えない。
ダンジョンに見られているというのは相当なプレッシャーである。自分たちの連携や、使っている符丁、技や癖などの情報が盗まれるからだ。それを魔力を払って増やし、さらには維持するために魔力を支払わされる。
いま、半数の冒険者がイビルヘッド設置のために労働に従事している。自分たちを監視するトラップを自ら設置するというのは、冒険者として、これほどの屈辱はない。
しかし、設置しなければそもそもターゲットを捕まえることができない。手は届いても、カードが発動しないため、捕まらないのである。
「とにかく、まずはイビルヘッドの設置を優先だ」
結局、いくらカードを集めても、使える場所が少なければ取り逃がす。
マズダはため息を吐き出す。まだ初日だ。それに今回は100人近い冒険者を集めた、大規模な攻略だ。イビルヘッドを設置し終われば、すぐにでも突破できるだろう。ここで焦りは禁物。
そう自分を納得させたマズダは、各ギルドの体調を呼び寄せる。
「ひとまず、カジノルームに戻ろう。ここに物資を運び込む必要もあるしな」
「全員でか?」
「いや、いま働いている人員はそのままここに残す」
話し合いも手短に、マズダは20人ほどの冒険者を連れてカジノルームへと戻るが……
「くそ、そういうことか」
彼らの上ってきた長い長い階段が、今は急角度の滑り台に変貌していた。
幅の広い滑降部には掴むところがなく、垂直よりはやや角度がある程度の勾配は、降りるのは簡単でも、登るのは不可能だ。
これではカジノに戻ったら、こちらに来ることができなくなる。
「やってくれたな、おばけちゃん!」
一応、ある程度の物資は持ち込んである。それでもせいぜい1週間程度だ。長期戦のための物資の搬入より、ダンジョンの攻略を優先したマズダの失策である。
「……しかたない。持久戦はあきらめて、速攻を仕掛けるぞ」
だが、彼は知らなかった。
本当の戦いは、外で始まっていたことに。
「計画通り」
「おばけちゃん?」
「さぁ、マルガ。忙しくなるよ!」
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