第13話/悪夢のダンジョン?~エチケット袋をご準備ください~
大剣亭の副ギルド長、トーコ・マズダ。40歳の男性で、背は平均より低く、痩せぎす。鷲のような鋭い眼光の持ち主で、白いものが目立ち始めた黒髪をオールバックにしている。
病に伏したギルド長の代理として、大剣亭を引っ張っている。偉大なギルド長の後任としては平凡な人物で、ギルドメンバーからの信頼もそれなり程度でしかない。
同業者からは、男性としては華奢な体躯のせいで、侮られがちである。
実績を得ようとする焦りからか、周囲の意見を押し切って、ダンジョンに対して強硬的な姿勢をとっている。
しかし、その成果は芳しくなかった。1度目はともかく、2度目の失敗で多くの犠牲を払ってしまった。もちろんバルガスたちが生きていることは知っている。だが、それが問題なのだ。
彼らがダンジョンに殺されたとなれば、敵討ちの名目で、ギルドをまとめ上げることもできただろう。しかし生きていて、元気に暮らしている以上、奪還しようという意見よりも、これを足がかりにダンジョンと親交を深めようという意見がより大きくなった。
今はまだ抑えられているが、日に日に親ダンジョン派は増えている。そもそもギルド長が親ダンジョン派なのだ。それに従うものが多いのは当然のことだ。
このままでは、自分はいずれ、副ギルド長の座を追い落とされるだろう。
そんな彼にとって、ダンジョン側の提案は魅力的だった。うまく相手の隙をつけば、ダンジョンコアを持ち帰ることも可能だろう。そうでなくとも、ダンジョンの情報を得るのは、攻略が進むも同然だ。その情報をもとに攻略を進めれば、自身の地位は確固たるものになる。
いわば、おばけちゃんの提案は、彼の進退を決める一大事であった。このチャンスをものにできなければ、2度と這い上がることはできないだろう。
ゆえに、彼は慎重に準備を進めてきた。バルガスたちのダンジョン内で比較的自由に行動できる立場を利用し、卑怯な手段でダンジョン奥地の内部の映像も手に入れた。
これで失敗したら、引退する。
その不退転の覚悟を持って挑んだダンジョンにて。
彼を出迎えたのは、最も信頼する冒険者、バルガスだった。彼は不敵な笑みを浮かべながら、彼へと近寄る。彼もそれを受けて、微笑を浮かべて歩み寄った。
そして――
「おかえりなさいませ、ご主人様! ここからは“バルにゃん”が案内するにゃん!」
厳つい顔をほんのり朱に染め、両手の握りこぶしを顔の横に掲げたバルガスにウィンクを投げられる。汚れた雑巾でも投げつけられたほうが、幾分マシな気分だっただろう。
マズダがこみ上げる吐き気に耐えていると、バルガスが無表情になり、突っ伏した。
「くそ! 殺せ! 俺を殺してくれえぇ!」
そんなバルガスの悲痛な叫びを、後ろで男たちが指さし笑っていた。バルガス同様にダンジョンに捕らわれた男たちだった。ダンジョンに捕らわれた割には、思いのほか元気そうだ。
「てめえら笑ってられるのも今のうちだからな! 次はお前らの番だぞ!」
「ちょっとまて、バルガス。これはいったい何なのだ?!」
「ボス。気にせず受け入れてください。ただの罰ゲームなんで」
「いや、説明しろ!」
バルガスたちがダンジョンの手先にされた、という報告は受けていない。それどころか、ほんの数時間前にバルガスから定期の連絡を受けたときは、いつものバルガスだった。
たった数時間で、バルガスたちはダンジョンの手に落ちたというのだろうか。
その疑問が解決するより早く、2番手が接近してきた。
「ずきゅん、ずきゅん! あなたのハートにラブ注入!」
「うお!」
顔面目掛けて飛び込んだひげ面を張り倒し、距離を置く。
「なんで避けるんですか? もう一度やらなきゃいけないじゃないですか」
「い、いや、なにがどうなってる? お前たち働かされてるだけじゃなかったのか?」
「罰ゲームなんです。おとなしくラブ注入させてください」
「ひっ」
接近するひげ面を思わずぶん殴ってしまう。だが、それで事態は終わらない。3番手がほとんどやけくそに叫び、全力で飛び込んできたのだ。
「遅刻ちこくぅぅ!」
「くっ」
「おにいちゃんぎゅっとしてえええぇぇ!」
「ぎゃあぁぁ!」
板を加えて突進してきた男をかわしたところを、両手を広げた、熊のような男に抱き留められた。4番手のびっしり生えた体毛に埋められ、思わず絶叫するマズダ。だが悪夢はそこで終わらない。
「おにいちゃん大好き!」
「ごはぁ!」
おっさんボイスで愛をささやかれ、血反吐を吐くマズダ。ようやくことここに至って、連れてきた冒険者連中が行動を開始した。
「血迷ったか貴様ら!」
「ダンジョンにやられたのか?!」
「ボスを守れ!」
冒険者たちが取り押さえんと飛び出すのを、邪魔だとばかりに男たちが叫び返す。
「うっせえ馬鹿! すっこんでろ!」
「いつまで抱きついてんだ! 次は俺の番だ! ほっぺにごはんつぶッ」
5番手が冒険者に顔面をぶん殴られて、セリフを中断させられる。
それと同時に6番手が飛び出して、ほかの冒険者に取り押さえられた。その間隙をついて7番手が突撃し、ボスを守ろうと割り込んだ仲間たちが、つぎつぎ集まってきた。
人が波のように押し寄せてきて、つぶされそうになる。
もみくちゃにされながらも、なんとか這い出たマズダに手が差し伸べられる。疑問を抱く間も無く、彼はその手を取った。
その手の力強さに助けられたマズダ。ようやく一息ついたところに、聞きなれた声が降りかかった。
「大丈夫ですか、ボス」
「バルガスっ!」
差し伸べられた手の持ち主が、騒ぎの元凶であるバルガスだと気づいた瞬間、その手を振り払う。
「災難でしたね、ボス」
「ひぃッ!」
バルガスの隣には4番手の男もいた。その姿を見て、体毛の感触を鮮明に思い出してしまったマズダは、バルガスを盾に距離をとる。
だが、4番手の男は不思議そうに首をかしげるだけで、マズダに襲い掛かることはなかった。
「バルガス! これは一体どういうことだ! 説明しろ!」
「あーとですね。ちょっとそのいろいろありまして」
歯切れの悪いバルガスを見て、マズダはピンとくるものがあった。
「バルガス、またギャンブルか……ッ!」
「いや、違うんですよ! ダンジョンの業務でゲームの調整を手伝っていたら、おばけちゃんの奴が生意気言うものだから、ちょっとわからせてやろうと!」
「それでボロ負けしたのだろう、貴様!」
「あれはおばけちゃんが卑劣な手を使うから!」
「言い訳をするな!」
怒鳴りつけると、バルガスは叱られた犬のようにうつむく。その横で、4番手の男が、我関せずの顔でそっぽを向いていた。いや、貴様も関係者だろうが!
マズダがイラつきを叩きつけようと口を開いた瞬間、そいつが割り込んできた。
「こんにちは!」
半透明の身体で宙をすべるように飛んできた少女は、マズダの手が届かない程度の距離を取って舞い降りた。
10歳前後の少女で、幼いながらも整った顔つきをしている。だがマズダに浮かんだのは警戒心だった。その人工的な笑顔も、奇妙なほどの美貌も、どこか胡散臭い。本能が、信頼するなと訴えかけてくる。
「こんにちは。お嬢さん」
そうした本心を押し隠し、マズダは一礼する。その隙に、とばかりにバルガスたちが離れていくのを視界の端に捉えたが、あえてそこには触れないでおく。
「ごめんなさいね、騒がしくして。私はやめたほうがいい、て言ったのに、絶対大丈夫だから、って聞かなくて」
「絶対までは言ってねえよ!」
バルガスが叫び、あわてて口を押える。つまりこの地獄絵図は、この馬鹿が作り出したのか。
ぎろりと睨みつけると、バルガスは体を縮めて、そろそろと逃げ出していった。
「おほん。状況は理解しました。つまり、この馬鹿共は、ギャンブルに負けた罰ゲームでこのような凶行に及んだと、そういうことですね?」
「うん、まぁ。そんな感じかな?」
なんでも、最初に入ってきた人間にあの醜態をぶつける予定だったらしい。そして、運悪くマズダが餌食となったのだ。
「ちなみに、チャレンジ失敗したら、追加の罰ゲームを実施する予定だよ」
「追加の、ですか?」
ダンジョンに捕まっているとはいえ、彼らは冒険者だ。多少の恐怖でこれほどの醜態をさらすとは思えなかった。
「追加の罰ゲームとは、いったい?」
「ただちょっと、罰ゲームの映像を、未来永劫保存しておこうと思っただけなんだけど」
「鬼、悪魔、おばけちゃん!」
「ちょっと!」
それなら納得だ。あんな醜態を残されたら、腹を切るしか道はない。生き残れば、あれほどの恥を一生背負わなくてはならないのだ。
彼らが洗脳されたわけではないと知り、とりあえず安心したマズダだったが、問題がある。すなわち。
マズダがこっそりと後ろをみると、捕らえられた男たちが必死の形相で訴えかけてきた。
「ボス、お願いします! 俺にラブ注入させてください!」
「ボス! 俺の遅刻を受け止めて!」
「ボス! 頼む、俺にごはん粒を取らせてくれ!」
「「「ボス!」」」
引くも地獄、進も地獄。
まさに悪夢のダンジョンだった。
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