第8話/初めての運営計画~今明かされる? はっぴーダンジョン計画!~
「私はマルガ・ローエン。マルガでいいわ。よろしくね、もみじちゃん、あおばちゃん」
『はい、よろしくお願いします』
『お願いします』
「ダンジョンでの生活はどう? 慣れた?」
『はい。おばけさまにも良くしていただいてます』
「おばけちゃんから、食料を調達して欲しいってお願いされてるんだけど、食べたいものってある?」
『え、えっと……あの……その』
「甘いものは好き?」
『は、はい!』
「なら、果物を持ってくるわね」
『りんご食べたい』
『こ、こら、あおば!』
「ふふ。りんごね、覚えておくわ」
マルガと姉妹は互いに言葉を交わす。まだまだ緊張の抜けないもみじとあおばを、マルガが手助けする形で、会話が続く。
さすがは商人なだけあって、相手から言葉を引き出すのが上手い。
だけど、結局マルガがいないと、もみじとあおばはほかの人と喋れないってことだよね?
「私はエレン・テイドリーです。エレンと呼んでね」
『は、はい。エレンさん、よろしくお願いします』
「こちらこそ、よろしくね」
って、あれ?
今、テイドリーさんともおしゃべりしてなかった?
「もしかして、テイドリーさんも勇者の末裔ってやつなの?」
「ええ、まあ。ですが、私はローエンさんのような翻訳能力はないです」
「からの?」
「ないです」
曰く、そんな便利な力があったら、冒険者なんて危ない仕事していない、だそうな。
だよね。
ってことは、もみじとあおばって……
『勇者の末裔?』
『あ、はい。多分ですけど』
あるとき西方から神の力を持った(以下略)と神話を語るもみじ。
その神話から推察するに、どうやら獣人族と仲良くなった勇者様たちは、そこで伴侶を見つけて定住したようだ。その中にとんでもない性欲のケダモノが混じっていたようで、大量に種をばら撒きまくったらしい。
まぁ、神話じゃその辺はぼかしてあるけど。
そんなわけで、300年後の現在。ほぼすべての獣人族が勇者の血を引いているそうな。
どおりで。
初めて会ったときに、王国語で話していたはずなのに、ずいぶんスムーズに行動してくれると思ったけど、翻訳されてたのね。
ってあれ?
「テイドリーさんって、王国語しかわからない、って言ってなかったっけ?」
「? はい。わかりませんけど……」
怪訝な顔をするテイドリーさん。
「この子たちの言葉、翻訳されるじゃん?」
「まぁ、そうですが。でも、獣人族の言葉はわかりませんよ?」
ああ。そういう。
どうやら彼女は“この子たちの言葉”というのを“獣人族の言葉”という意味だと捉えていたらしい。
まぁ、それなら納得。
姉妹が王国語でも問題なく理解できるなら、私も王国語で話すとしよう。いちいち切り替えるの面倒くさかったんだよね。
テイドリーさんが二人と話している隙に、マルガに接近する。
「ところで、二人が住んでる国だと、この子たちの扱いってどうなってるの?」
声を潜めて問いかけると、マルガも二人に聞かれないように声を落とす。
「そうね……同族がほとんどいないから、かなり窮屈にはなるとは思うけど。普通に生活できると思うわ。奴隷はうちでは禁止されているから」
「? それならなんでこの子達さらわれたの?」
マルガが悩むように一度目を閉じて、それから口を開いた。
「おそらくだけど、帝国でしょうね。あそこはアマツ真教を国教としているから、異教徒であれば奴隷にされてもやむなしという考えなのよ」
「王国もそのアマツ真教なの?」
「あんなのと一緒にしないで。うちはソラァル正教よ」
むっとした様子でマルガが答える。この質問は鬼門だったらしい。
「ごめんなさい」
「こちらこそ、ごめんなさいね」
あわてて謝ると、マルガもはっとした様子で謝ってきた。
「でも絶対に、間違えないでね? ほかの人にそんなことをいうと、本当に大変なことになるから」
と釘を刺されたし、この話は終わりにしておこう。あまり深く突っ込んで、せっかくの友達を失いたくない。
「じゃあ、この子たちの家族や仲間も、帝国に連れていかれたのかな?」
「おそらく、そうでしょうね」
聞く話によると、帝国はここからさらに西に行ったところにあるそうで、大体馬車で2週間ほどの距離にあるそうな。
「たぶんだけど、ハルマダ港で一度降りて、陸路で帝国に向かう途中だったのでしょうね。その際に、モンスターに襲われて、逃げてきたんだと思うわ」
「あれ? そのまま船で移動したほうが楽そうだけど?」
基本的に、陸路よりも水路のほうが有利だ。なのにわざわざ船を降りる必要なんてあるのかな?
「ここの南にはエルフの国があるんだけど、あそこは奴隷を禁止しているから、持ち込もうとすると捕まるのよ。逃げようにもあの国は強力な艦隊を持っているし、縦長の国だから避けて通れない。だから多くの奴隷商が、途中で陸路を使うのよ」
エルフの国かぁ。いつか行ってみたいね。
うん。
「マルガ。もしも私が負けて消えてしまったら、二人を雇ってもらえない?」
「おばけちゃん?」
「もしもの話だよ。そう簡単にやられるつもりはないって」
だけど、絶対に負けない保証はできない。別に私一人だけなら、どうでもいいんだけどね? でもあの子たちは私が失敗すればその泥を被せられる羽目になる。そうなれば、いったいどんな目に合うか、想像もつかない。
だからこそ、万が一の場合、あの子たちの逃げ場が欲しい。
聞く限り、マルガの住む国ならひどい扱いは受けないみたいだし、マルガなら信頼できる。
マルガはしばらく私を見ていた。そして、ゆっくりとうなずいた。
「わかったわ。もしもあなたが負けてしまったときは、ローエン商会で引き取る。だから約束して。負けないって。あの子たちのためにも」
マルガも、矛盾しているのはわかってると思う。
だけど。
私はマルガの視線を正面から受け止める。
「わかった」
まぁ、負けないって約束した以上、本気で生存戦略を考えないといけない。
そんな訳で。
「ダンジョンで売れそうなものって何かある?」
「そうね……モンスターの素材や鉱石、あとは魔石かしら」
「あ~」
魔石;魔力の結晶。火をつけたり、水を出したりといった魔法のエネルギー源となる。
「魔石は生活に欠かせないし、どんな国とでも取引できるから、通貨の代わりにもなる。おばけちゃんのダンジョンでも作れないかしら?」
「まぁ、うん」
作れなくはないけれど。
……ここは正直に言おうか。
「できるけど、やりたくない、かな」
ダンジョンを運営するのに必要なDPは、ほぼ魔力のことだ。それを結晶化した魔石も≒DPと言ってもいい。
それを売り払うのは、ダンジョンにとって貯金を切り崩しているのと同じことなので、当てにされるのはつらい。
ということを説明すると、マルガは難しい顔をして考え込んでしまった。
「困ったわね」
「もともと観光名所みたいなダンジョンにする予定だったから、人を呼び込みたいけど」
せっかく従業員も手に入れたし、本格的に宿の運営を開始したい。
でも、商人や旅人が立ち寄ることはないよね。この国だとダンジョンは危険な場所って話だし、いくら私が戦う意思はないよ! っていっても信じないだろうし。
そうなると、うちに来るのは攻略を目的とした冒険者だ。そんな人たちが、わざわざ敵の準備した施設を利用するはずもない。
かと言って魔石を売り出してもジリ貧だ。DPの補給手段が乏しい現在だと、自滅行為でしかない。
もともと宿を作ろうと計画したのも、人間の生命力を効率よく吸収するためだ。というとすごい外道な発言になるけど、そもそも生命力は生きているだけで消費する。その際に発生する余剰のエネルギーを集めてDPにしているだけだ。
って、まてよ?
「今思ったんだけど、しばらく宿は休業でいいかも」
「なぜ?」
「宿を運営しなくても、ダンジョンってだけで人が集まるでしょ?」
「確かに人は集まると思うけど、それでなんで宿を休業することになるの?」
マルガが、意味が分からない、という風に首をかしげる。まぁ、これだけだと何言ってるんだ、ってなるか。
「ダンジョンって、魔力を集めてるってのは知ってる?」
「ええ、まあ。その、生命力を魔力に変換しているって聞いたことはある」
すごく言いにくそうにマルガが言葉を濁す。
「もちろんおばけちゃんは、そんなことしてないってのはわかってるわ。ただ、ほかのダンジョンはそういうことをしているって話で」
慌てたように言い繕うマルガ。
うん、やや誤解があるみたいだね。
「生命力って、別に命を奪わなくても手に入るよ?」
「え?」
「人間ってあったかいでしょ? その温もりも生命力なんだよ。普段は空気中にポイ捨てされてるんだけど、ダンジョンならそれを拾い集めて魔力にできるんだよ。うちの場合は、ポイ捨てされた生命力と、排泄物、あとは歩いたりする際の振動とかをかき集めて魔力にしてるかな」
現代風に言うと、エコロジーなエネルギー生産プラント。それがダンジョンだ。なので、人間が集まって生活しているだけで、エネルギーが生み出される。
もちろん、一人二人では大した量にはならない。だけど、千人万人と集めれば、その生み出す魔力は膨大なものになる。
それに加えて、火を熾したり魔石を使用すれば、その余剰のエネルギーを回収して魔力にできる。
ということを説明したら、マルガがへぇ~と感心したようにうなずいた。
「それって、私たちには一切影響ないのよね?」
「もちろんだよ」
「それなら、ほかのダンジョンもおばけちゃんみたいに仲良くすればいいのに」
「まぁ、それは場合によりけり、じゃないかな?」
私の場合はマルガがいてくれたから、ここまでこれたんだよね。いない場合、いつまでたっても一人だっただろうし。
「まぁ、そういうわけで。今すべきことは実績作りじゃないかなって」
「少数の冒険者を集めて、安全性の実証を行う。そして少しずつ人数を増やして、おばけちゃんのダンジョンは安全という保証にする。そういうわけね?」
「イエス! その間に商売を始めて、うちのダンジョンの特産品を作り上げる。そうすればそれ目当てに商人が集まってくるから、それから宿を始めても遅くない」
「そこまでくれば、冒険者に攻略を禁止して、宿一本にできる」
そうなれば、あとは人を雇って宿も商売も任せて、悠々自適なダンジョン生活!
と夢を見ていたら、マルガが待ったをかけた。
「問題は、冒険者を集めることで、攻略される危険性が増すってことね」
「そうだね。……ん~まぁ、大丈夫かな」
「さすがにダンジョンのことは聞かないけれど、本当に?」
「今のところは。ただ、人数が増えてくると、カジノルームだけだと突破されそうなんだよねぇ」
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