第6話/初めてのピンチ?~いいえ、ただの演出です~

 エントランスに戻ると、マルガが立って待っていた。

 うーん椅子とか準備したほうがよかったかな?


「マルガーおまたせー」

「あ、おかえり、おばけちゃん」


 お風呂上がりでほんのり湯気の立つ、艶やかなマルガの肌。美容とかそっち方面に振り切ってみようかな?

 その傍らで、警戒心もあらわに私をにらみつける少女がいた。皮鎧と剣を腰に吊るして、いつでも戦闘態勢に入れるように身構えるその様子から、彼女が冒険者だと推察できる。どこか煤けたその姿から、お風呂には入っていないみたいだ。

 マルガの安全を守るために残したのだろう。


「紹介するね、大剣亭のエレン・テイドリーよ」

「エレンです」

「おばけだよ。よろしくね」


 ふむ。この子は一応仲良くする素振りはするんだ。あからさまに警戒してしまっているのは減点だけど、ほかの冒険者よりも柔軟な対応ができている。


「そうだ、マルガに相談があるんだけど」




「というわけで、きつね獣人の姉妹を拾ったんだけど」

「なるほど……それで私に何をしてほしいの?」

「商売かな? あの子たちの食料や服も欲しいし、将来を考えるなら人を雇う必要もあるし。だからダンジョンを使ってお金儲けできたらなって」

「はっきりいうのね」

「無駄なごまかしや隠し事は、バレた時が悲惨だからね。そもそもそっち系の才能ないし。聞きたいことがあれば答えるよ?」


 あきれ顔のマルガが、ふーっと息を吐く。


「そういうことなら、商人として話をさせてもらうわ」

「お手柔らかにね?」

「まずはどうやってお金を儲けるつもりか、聞かせてもらえるかしら?」

「そうだね。とりあえず、お風呂あるから宿とかどう? 街と街の中継点になれば、たくさん人も来てくれそうだし」


 もともと、そういう予定でダンジョン作ったし。

 できればこう、たくさん人が来てくれてDPがっぽがっぽ、お金もジャンジャン落としてくれて、そうなったら人を雇って私は働かずにのんびりと暮らす。そういう夢のような生活を希望してるんだけど。


「宿の経営は難しいと思う」


 希望を話してみたら、マルガは苦笑しながら、そう答えた。


「なんで?」

「一つはここを通る人の数。月にせいぜい、20人って所じゃないかしら」


 ううん。その程度だと、1泊してもダンジョンの維持費ととんとん、ってところだなぁ。


「二つ目は単純に、ダンジョンに対する信頼の問題」

「……ああ」


 これは心当たりがある。

 だって、出会った瞬間、お話すらなく斬りかかられたんだよ? ふつー女の子がダンジョンから出てきたら“どうしてこんなところに美人でかわいらしいお姫様のような美少女が?!”ってなりそうじゃない?

 ならない? そう。

 でもまぁ、いきなり斬りかかってくるってのは、普通ではないと思う。

 と思ったら、冒険者的には常識なんだとか。


 “ダンジョンで人に出会ったら敵と思え”


 だ、そうな。

 というのも、昔、ありとあらゆる謀略を用いて悪行の限りを尽くしたダンジョンがあったらしい。そのせいで現在も、ダンジョン内で信じられるのは自分だけ、ダンジョンは疑ってかかれ、という教えを受けるのだとか。

 人を見かけたら、とりあえず斬り殺してから考えろ、とまで教わるとか。どんだけえげつないことしでかしたの、そのダンジョン。

 そのせいで、うちのような善良なダンジョンが割を食っているみたい。


「そして最後は」


 まだあるの?


「お金を払ってくれるかどうか、って問題」

「?」


 どゆこと?


「お風呂を見てきたんだけど、扉、全部なしにしたのね?」

「うん。そのほうが安心できるかなって」

「それだと誰でも勝手に使えるじゃない? 自由に使えるものに、誰もお金を払おうとはしないわ」


 まぁそうだね。ダンジョンは基本フリーパスだし。お風呂は扉もないから、入り放題。これじゃ勝手に使われるだけだ。私が何を言っても、支払おうとしない人はしないよねぇ。

 所詮おばけだから、耳元でささやくくらいしか嫌がらせできないし。

 でも、その解決方法なら、知っている。


「大丈夫。これから、その対策を手に入れてくるから」




 というわけで、マルガと一緒にカジノルームに戻ってきました。

 全裸の皆さんも、ウォームアップをして準備満タンな感じだ。


「さてさて。参加するかどうか、決まったかな?」

「もちろん、参加するぜ」


 バルガスが、自信満々に答える。


「一応だけど、ルールを確認しとくね? 1)コースに入ってもいいのは走者だけ。次の走者、定められた場所で待機すること。2)走者を掴んだり引っ張ったりしてはいけない。3)相手を怪我させるのは禁止。以上を破った場合は即、敗北だから、注意してね?」

「おう」

「私が賭けるのはあなたたちが、今日換金したすべての品。あなたたちが賭けるのは、それと等価になる労働時間。これは借金扱いだから、利子をつけてもらう。10日で1割。返済期間中はダンジョンの範囲外に出ることを禁止する。それでいい?」


 この辺は事前に決めてあるからスムーズに進む、と思ったら、バルガスがいきなり変なことを言い出した。


「それなんだがな、俺たちの賭ける時間を倍にするから、お前が賭けるものも倍にできないか?」

「今日換金した物を増やすことはできないけど?」

「玉だよ。ルーレット回す玉。俺たちの労働時間分、それを上乗せしろ」

「……へえ?」


 やけに自信ありそうなバルガス。

 なにか勝てる作戦でも思いついたのかな?

 まぁ、いいけど。


「いいよ。その代わり、労働時間は200日分になるけど?」

「構わねえよ。なあ、お前ら!」


 おう! とバルガスに続く全裸のおっさんたち。

 どうやら、話し合いは済んでいたらしい。それなら、こちらからとやかく言う必要はないかな?


「ちょ、ちょっと! 大丈夫なの?」


 とマルガが私に耳打ちしてきた。


「なにが?」

「だって、ストーンマンで駆けっこの勝負するんでしょ?」

「うん」

「勝てないわよ?」


 まぁ、確かに。

 普通のストーンマンが一周するのに、大体35秒くらいかかる。

 冒険者なら半周するのに13、4秒ってのが私の予想だけど、その代わりバトンの受け渡しがあるからね。そこで落としたり手間取ったりすれば、十分に勝算はある。

 それに、ストーンマンだって普通のストーンマンじゃない。

 カジノ内に入ってきた特別製のストーンマンを見て、マルガは驚いた様子を見せる。

 ストーンマンはほかのモンスターと違って改造が容易だから、ちょっと手足を伸ばしてみたの。この子たちなら大体一周30秒ってところ。


「け。そんなことだろうと思ったぜ」


 私が連れてきたストーンマンを見て、バルガスが吐き捨てるように言った。


「ならやめとく? 今なら中止できるけど」

「け。誰がやめるかよ」

「……ふーん」


 全裸組は、全員バルガスの意見に賛同しているみたいで、うんうんとうなずいていた。

 ならま、気にしないことにしよう。


「じゃあ“契約”しようか?」

「おう、いいぜ」


 契約というのは、その字の通り“お互いに納得して同意した内容を、絶対に守らせる、魔術的な拘束力のある術式”のことで、これを受け入れてしまったら勝手にやめることも、変更することもできない。

 なのでよほどの相手とでないと、この魔法を使うことはない。

 というわけで、考えてきた契約書をバルガスに手渡し、バルガスもそれをしっかり熟読する。もちろん一人だけでなく、全裸組全員でしっかりと確認する。

 契約文が自分たちに不利になっていないかとか、騙されていないか、とかちゃんと確認しないと、どんな不利益を被るかわかったものじゃない。

 信頼できない相手との契約の場合は、とくに注意が必要だ。

 戻ってきた契約書を、私も確認する。ここで手を加えられていたら最悪なので、しみじみとチェック。


「それじゃ“契約するよ”」

「“契約するぜ”」


 契約書が青く燃え上がり、その炎は瞬く間にその場にいたすべての人を包み込んだ。

 そして炎は当事者である全裸組と私のもとにだけとどまり、吸い込まれていった。

 これで契約完了だ。


 では、早速。

 走ろうか?



 

 おじさんたちがリレーのために二手に分かれる。

 それにしてもひどい光景だ。どこを見ても、おじさんの汚いお尻が目に入る。

 もうちょっと恥じらいを持ってもいいのに、と思ったけど、この状況下でそんなもの持たれたら、吐き気程度では済まない。


「じゃ、最初の走者はスタート位置に。それ以外の人は順番に並んでね。次の走者も配置につくんだよ!」


 と、準備に関しては私が説明したけれど、それ以外も私がするわけにはいかない。ズルとかし放題だからね?

 そんなわけで、公平を期すために、マルガにスタートの合図を行うように頼んだ。あとはマルガの判断で、いい感じにしてくれるよ。


「へえ、あなたがアンカーなんだ?」

「おうよ」


 列の最後に並ぶバルガスを見て、私は声をかけた。

 てっきり最初に走ると思ってたよ。


「それでは、各人、準備はできたわね?」


 マルガの確認に、私もバルガスもうなずく。


「それでは、位置について、用意。スタート!」


 スタートはほぼ同時だった。さすがに最初に選ばれるだけあって、足の速さは目を見張るものがある。だけど、改造ストーンマンも負けていない。走り方にまだまだぎこちなさはあるけど、突き放されることなく食らいつけている。


「おらあ! この! 根性見せろや!」

「ぶちかましたれ!」

「ド突くぞゴラ!」


 と、応援の皆さんもなかなか力が入っている。

 うーん、言葉遣いが荒いなぁ。

 最初の走者が半周を終え、ついに次の走者にバトンが渡る。このときもたもたしために、2歩分、うちがリードした。

 2番目の男はそこまで速くない。差を広げることはできなかったけど、リードを守ったまま、うちも次の走者にバトンを渡せた。

 こちらは練習の成果が出たので、スムーズにバトンパスに繋がり、ロスはゼロ。だけど、相手のほうはそうはいかない。きちんと掴めていないのに走り出したため、バトンが地面に落ちてしまう。


「おやおや。このままなら、うちの勝ちで決まりかな?」

「抜かせ」


 相手が落としたバトンを拾うまでの間に、うちが大きくリードした。

 だけど、バルガスは意外と冷静だった。いや、バルガスだけじゃない。ほかの全裸組にも焦りがない。


「なにか企んでる?」

「さあな」


 にやけるバルガス。なにかを狙ってるのは間違いない。

 その答えがわかったのは、うちの第3走者にバトンが渡った瞬間だった。

 受け取って走り出す瞬間に、相手の第5走者が、足を出して引っかけたのだ。それによりうちのストーンマンは転倒。その間にバトンパスを済ませ、第5走者が走り出す。

 ストーンマンが走り出すまでに、逆に10メートル近いリードを許してしまう。

 いかに速度重視の改造をしたといっても、冒険者たちより早くはできなかった。このままだと、敗北は必死だった。


「ぎゃははは! ざまあねえなぁ!」

「バルガス! あなたねぇ!」

「は、バカめ! 相手の足を引っかけちゃいけない、なんてルールはねえよ!」


 マルガの抗議を鼻で笑い、高笑いとともに、アンカーであるバルガスが配置につく。

 確かにルール上、バルガスの行動に問題はない。それを禁止するルールはないのだから。

 このままなら、確実に負ける。



 このままなら、ね?



 バルガスが第6走者からバトンを受け取るその瞬間、うちのストーンマン2体が、自分の腕を引っこ抜いて、バルガスの足めがけて投げつける。

 ストーンマンの長い腕が、バルガスの両足にくるりと巻き付いた。

 ちょうど走りだそうとしていたバルガスは、たまらずすっころんだ。その拍子にバトンが落ちたので、追いついたうちのアンカーに蹴り飛ばさせた。

 これでもう、逆転は不可能だ。

 何が起きたか、バルガスはまだ理解していない様子で、きょろきょろと周囲を見渡す。

 観察力が足りてないね、バルガス君。わざわざストーンマンの手足を長くしたのは、投げた時、足に巻きつけやすいようにだよ?


「て、てめえ! 今のは反則だろうが!」


 ようやく状況を把握したバルガスが、声を張り上げる。


「はて? 相手の足を引っかけちゃいけない、なんてルールはないんじゃなかった?」

「こ、この野郎っ! 腕を投げるのは卑怯じゃねえか?!」

「なら腕を引き抜いて投げれば?」

「できるか!」

「いいんだよ、別に。足を引っかけてはいけません、って裁定しても。その場合でも、先にルール違反をしたのはあなただから、どのみち敗北するけどね?」

「ち、ちくしょう」


 バルガスがそうつぶやいた瞬間、全裸組を青い炎が包んだ。

 勝敗が決したことで、契約魔法が発動したのだ。もちろん、私の勝ちだ。

 バルガスは勝敗にかんして、まだぶつくさ文句を言っていたけど、きっちり契約魔法が発動した以上、私のチームが勝利したことは間違いない。


 さてさて。これで私の計画の障害はすべてなくなった。

 ほくほく気分で私はマルガに話しかけた。


「これで宿の運営もできるよね?」

「……残念だけど、別の問題があるわ」


 深刻な顔でマルガが伝えてくる。

 あ、あれ? 条件は十分満たしているはずだけど。

 言おうか言わないか、マルガは悩んでいるようだった。悩んだ末、全裸でうなだれる男連中を指し示す。


「あの光景を見て、どう思う?」

「汚い」

「そんな連中がいるところに泊まりたいと思う?」


 ……確かに。

 宿を始めるには、この汚い人たちをどうにかしないといけない。

 先はまだまだ長いなぁ。

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