第5話/初めてのモンスターお客様~全裸になっても、もう遅い?~


 最近気づいたことがある。

 私のダンジョンって、ろくな食事がないよね。

 いやね、あの男たちから買い取った(?)剣やら服やらを素材に、鍋やらタオルやらを作ることはできるんだけど、食料品に関しては、保存食をそのまま出すくらいしかできない。

 というのも、すべてはダンジョンコアのシステムに関係がある。



 アイテム生成に関するルール

1)作るためにはレシピ、素材、工房の3つが必要。内、素材はDPで補うことができる。

2)レシピは開発によって得られる。また、ダンジョンレベルの上昇により、作れるレシピが増える。

3)工房には種類があり、作成するアイテムによって必要な工房は異なる。


 ようするに、レシピと工房がないとアイテムは作れないんだけど、人をやしなう予定なんてなかったから、小物を作る工房しか準備していない。

 幸いに、あの男たちから手に入れた保存食がいくつかあるので、しばらくは大丈夫だけど。ううん。いまからでも料理用の工房を作ろうかしら?

 でも食料自体がないから、工房を作ってもなぁ。野菜もアイテムなので、作るためにはレシピと工房がいる。

 なら素材って何? っていうと、地球の考え方なら、原子みたいなもの、かな。

 例えば水を構成するのは水素と酸素でしょ? つまり水素と酸素を準備すれば水が作れる、みたいな感じ。素材は原子じゃなくて魔力なんだけど、イメージは大体あってる。

 なので小麦粉とかの材料がなくてもDPで補えるんだけど、レシピと工房がないとパンは作れない。

 なら素材からパンの材料を作って、手作業で焼けばいいって? そのレシピは?

 そう。素材はあくまで魔力のことだから、小麦とかの材料を作るにも工房とレシピが必要になる。そのレシピを開発するにも施設が必要で、数日は必要だ。

 田植えをするって言っても種がないし。正直、八方ふさがりだ。


 うーん。はやくマルガ来ないかな?



 さて、もみじとあおばはというと、今日もぱっさぱさのパンと干し肉のスープを朝食に、悪戦苦闘している。

 いまのところ、彼女たちに不満はないらしい。だけど早めに改善したいよね。


 朝食を終えると、彼女たちは与えられた仕事をこなし始める。

 といっても、ストーンマンをちょっと外まで歩かせるだけだけど。目下の二人の仕事は、ストーンマンの操作に慣れること。

 なので、練習がてら、ストーンマンを外に出して、森から物資を調達してもらっている。

 もちろん二人はダンジョンの中だ。外はゴブリンとかいるからね。ダンジョン内なら、侵入者が接近してきたらわかるし、すぐに自室に隠れられる。


『お姉ちゃん、遅い』

『ぐ、ちょっと待ちなさい! 走らないで!』

『やー』


 と、とても楽しそうに遊んでいる。まぁ、これも練習だから。


 それからしばらくして、ダンジョンにストーンマンが戻ってくる。

 いつも通り木の枝とか、きのことか、その辺の雑草とか雑多に籠に詰め込んである。

 もみじはまだまだ手足のように動かすのが難しいらしく、つぶれた木の実や花も一緒くたに入っていた。


『お姉ちゃん、これつぶれてるよ』

『ぐぬぬ……!』

『こらこら』


 籠の中から、もみじとあおばは食べれるものを厳選し、残りはダンジョンに食べさせる。ほとんどDPにはならないけれど、それでも塵も積もれば、だ。



 ダンジョンに侵入者あり。方角は8時、人数は20。


 おや、団体さんだ。

 早速お出迎えしないとね。……その前に。


『もみじ、あおば! 二人とも、お客さんが来たから、部屋に戻ってて!』

『は、はい!』


 私の指示に、もみじもあおばも、素直に従う。お客さんが来たときのことはあらかじめ伝えてあるから、余計な混乱はない。

 二人が部屋に入って鍵をかけるのと、彼らが入ってくるのはほとんど同時だった。


「ここがお前らのいってたダンジョンか? 完全にできたてじゃねえか」

「バルガス、出来立てだからって、油断するなよ」

「け。こんなしょぼいダンジョンにいいように負かされて、説教か?」

「なんだと……!」


 この前の素寒貧にされた男たちと口喧嘩しているのは、髭もじゃの、30歳くらいに見えるおじさんだ。戦斧に金属鎧を身に着けたその逞しい体は、ほかの男たちよりも一回りは大きい。この前のリーダーだった人よりも、頭一個分は背も高い。

 見た感じは粗野で粗雑。口調からもわかるように、ずいぶんと乱暴な人みたいだ。


「バルガス、いい加減にしなさい。私たちはダンジョンと親睦を深めに来たのよ。いつまでぐだぐだ言ってるつもりなの?」

「け、馬鹿馬鹿しい。ダンジョンごときに尻を振れってか」


 バルガスと話しているのは、マルガだ。

 


「マルガ! 久しぶり!」

「よかった、おばけちゃんも元気してた?」


 マルガの前で停止。本当は抱きつきたいところだけど、身体ないからね。


「うん、元気だよ。今日はずいぶん団体さんだね?」

「いきなり押しかけてきて、ごめんなさいね」

「大丈夫だよ。いつもヒマしてるから、むしろ歓迎」

「ありがとう」


 マルガが笑顔を見せる。その瞬間、私の体を斧が通り抜けた。


「ち。銀もダメか」


 バルガスが、振り下ろした斧を肩に担ぎなおす。どうやらバルガスに、斧で切りかかられたらしい。おーのー。

 それに対して、マルガが悲鳴のような声をあげて詰め寄った。


「バルガス! あなたなんてことを!」

「こいつがダンジョンの主なんだろ? ここで殺せば、ダンジョンは俺のものだ」

「こ、この!」

「大丈夫だよ、マルガ。私は平気」


 そもそも効かないし。


「ごめんなさい、この馬鹿が本当に失礼なことを! ほら、バルガス! あなたも謝りなさい!」

「け」


 しらねーよ、とばかりにそっぽを向くおじさんと、必死に謝り倒しているマルガ。なんだかやんちゃボーイとその母親みたいに見える。


「おい、そこのガキ。ダンジョン寄越せよ。俺たちが有効活用してやるからよ」

「バルガス!」


 マルガが鬼のような恐ろしい形相で、バルガスを睨みつける。それを涼しい顔で受け流し、懐から小瓶を取り出した。


「これに何が入ってるか、わかるか?」

「?」


 何かって聞かれても、茶色い土器の小瓶なので、もちろん中身は見ることができない。

 液体なのか固体なのか、それとも空なのか。それすらわからない。

 なのに、中身を聞かれても、ねえ?


「聖水だ」


 聖水? ってたしか……


「やだ、ばっちい!」

「ははは! こいつをぶちまけられたくなければ、とっととダンジョンを差し出せ!」


 いや、汚いとは思うけど、ダンジョンを差し出すようなものでもないよね?

 と思っていたら、マルガが平手打ちで聖水の入った小瓶を、地面に叩きつけた。


「何しやがる!」

「それはこっちのセリフよ! 私がここに来た理由、話したでしょ! なんで邪魔ばかりするのよ!」

「馬鹿が。ダンジョン攻略しちまえば、こっちのもんだ!」

「なんですって」

「あーいいよいいよ、どうせまた、素寒貧になるだけだから。それより、お風呂改築したんだ。感想聞かせてよ」


 ここでマルガとバルガスが喧嘩しても、いいことなんて一つもない。なので少し強引にマルガをお風呂に誘って引き離す。


 あとはまぁ、自滅してくれるよ。



 マルガは別の目的があってここに来たみたいだけど、冒険者のみなさんはもともとウチの攻略するつもりだったみたい。

 チームの3分の1ほどをエントランスに残して、あとは全員カジノルームへと向かっていった。

 マルガはしきりに謝っていたけど、ウチとしては別に支障はないし。


「いいよいいよ。悪いのはマルガじゃないし」

「そう? そう言ってくれると助かるわ」


 ということで、マルガと仲直りできた。



 基本的に、賭け事というのは胴元が有利になるようにできている。

 時たま不利を覆し、大儲けするラッキーな人はいるけれど、大抵は悲惨な目に会うことが約束されている。

 自分にツキがある、ここで大当たりすれば逆転できる、これだけ負けたんだから次こそは。そんなものはまやかしだ。

 そんなまやかしに騙された男たちが、全裸でうなだれている。総勢15人がこのカジノルームに突撃してきたけど、いまやその半分が素寒貧だ。

 一応、彼らを擁護すると、最初は街から持ってきたらしい、ゴミやら雑草やらの不用品を玉と交換していたのだ。それなら元手もあまりかからず、そのうち目標に到達できたかもね。

 それだけならまぁ、考えたなぁ、と思うところなんだけど。

 残念なことに、彼らはギャンブルに手を出してしまった。

 まぁDP換算で計算して、玉に換えているから、ゴミや雑草じゃ、そんなに数は揃えられないけど。それにしたって、ほかにやりようがあるだろうに。

 例えば今回のゴミの量と得られた玉の量を記録して、それが目標の何パーセントか調べるとかさ。ぶつぶつ。

 結局、ギャンブルの魔力に取りつかれた彼らは、防具を売り、武器を売り、とうとう自分の服まで質に入れて、このざまだ。

 そこまで悲惨な状況になって、ようやく冒険者たちもやばい、と気づいたようだけど、もう遅い。

 正直、見苦しいからパンツくらいはいてほしい。


「ふざけるな! くそが! 俺がどれだけつぎ込んだと思ってるんだ!」


 ぎゃーぎゃーわめいているのは猿ではなく、バルガスだ。鎧も戦斧も質に入れ、素寒貧になったらしい。どこを見ても恥ずかしい、ありのままの姿でルーレット台を蹴っている。

 痛くないのかな?

 と、バルガスが私を見つけて、睨んできた。

 ちょうどいいから、からかっておこう。


「やあやあ、儲かってる?」

「ふざけるなてめえ! 今すぐ、俺から盗ったもの、返しやがれッ!」

「ははは。御冗談を。自分で質に入れたんでしょ?」

「くそが! ぶち殺すぞ!」


 ぶんぶんと腕を振るって暴れまわるその姿は、まさにケダモノ。おおこわいこわい。


「ところで、こんな出来立てのダンジョンに素寒貧にされたうえ、みじめに泣き言を喚き散らしている人がいるらしいんだけど……そんな恥知らず、ここにはいないよね?」

「んだと!」

「ところでおじちゃん、どうして服着てないの?」

「てめえ、この、一発殴らせろ!」


 言いながら殴りかかってくるバルガス。ぶんと音を立てて私の顔面を木槌のような右手が貫通する。もちろん私に当たるはずがない。空ぶった勢いで、バルガスは体勢を崩してすっころんだ。

 おやおや。お化けは殴れないってことを、もう忘れたのかな?


「そんなところで寝ていると、風邪ひいちゃうよ?」

「ち、ちくしょう」


 ぶるぶる震えるバルガス。人の家に聖水なんてもの持ち込んだ罰が当たったんだよ。たぶん。

 さんざんからかって満足したので、そろそろ終わりにしようか。


「そんなに言うなら、私と勝負する?」

「なに?」

「もしも勝てたら、質に入れたものを返してあげる」


 私の提案に、バルガスはしばし考えこむ。


「……は。誰がダンジョンの口車に乗るかよ」

「あっそ。じゃ、私はマルガとお喋りしてくるから」

「ちょ、まて! 別に勝負しないとは言ってないだろ!」


 さっさと帰ろうとすると、バルガスが必死に引き留めてくる。どうやらさっきのは駆け引きのつもりだったらしい。


「俺から奪ったものと、ダンジョンの支配権。この二つを賭けるなら戦ってやる」

「帰る」

「まてまて! なんで帰ろうとする!」

「勝手に変な付け足をしたりするからだよ。私は交渉を受け付ける気もないし、ルールを変えたりするつもりはない。すべてにイエスと答えないなら、この話はなしだよ」

「ぐっ」


 さすがのバルガスも、暴力が通じる相手ではないとわかったのか、手は出さずに考え込む。

 まぁ、私の機嫌を損ねたら、持ち物が帰ってくるチャンスすら失うからね。にやにや。


「ま、受ける受けないは話を聞いてからにしてね?」

「ちっ。いいだろう、聞いてやる」


 やることは簡単。バトンリレーだ。

 男たちから巻き上げた物品すべてと、男たちの時間……まぁ労働だね。これを賭けて戦う。


「つまり、負けたらお前の奴隷ってか?」

「それ以外に賭けるもの、ある? 心配しないでも、命をとったりしないよ」

「け。どうだか」

「私が賭けるものは、本当に“今日換金したものすべて”でいいの? ピンポイントにコレって指定してもいいんだよ?」

「全部だ、全部返してもらう!」


 参加者は全裸組7名と、私の所有するストーンマン3体。先に4週したチームの勝ち、というシンプルな勝負だ。

 もちろん人数差があるので、全裸組は一人半周して、アンカーのみ一周走る。私は最初の二体が一周で、アンカーが二週する。


「け、胡散臭い。そんな俺たちが有利すぎるルール、何か隠してるって言ってるも同然だぞ」

「ん? もちろん細工はあるよ?」

「ほー。バラしていいのかよ」

「別に隠してないからね」


 そりゃあね? ストーンマンはゴブリンに足で負けるほどの鈍足だ。普通にやったら勝負にならない。だからこその、バトンリレーなのだ。

 というわけで、バトンの受け渡しを試しでやってみるように伝える。

 これがまぁ、なかなかうまくいかない。

 全速力で走ってる間に、バトンの受け渡しをする、というのはなかなか難しいんだよ。

 しかも全裸組は、みんな初心者だ。バトンの受け渡しのコツとか、やりかたとか、誰も知らない。

 なのでバック走の要領で受け取ったり、いったん止まって受け渡したりと、いろいろな方法を試していた。


「落としたらどうする? 拾うのか?」

「もちろん。落としたら落とした人が拾って、落とした位置まで戻ってもらうよ。ほかの人が拾って返すのはダメだし、拾った場所からスタートするのはルール違反で即敗北だから、注意してね?」


 そのほか、バトンリレーの注意事項、例えばバトンの受け渡しは決められた区間内で行うとか、それ以外の場所で走者以外の人は触っちゃダメとかのルールを説明し、一時解散することにした。

 みんなも参加するかどうか、話し合う時間が必要だろうしね?



~侵入者サイド~


「こんなの罠に決まっている」

「受けるのはやめたほうが……」

「馬鹿野郎! こんな雑魚ダンジョンに素寒貧にされただなんてオヤジに知られてみろ、げんこつ程度じゃすまねえぞ!」


 怒鳴り散らすバルガスに、男たちは顔を見合わせる。男たちには、バルガスがいつもの癇癪を起しているようにしか見えなかった。

 実際、バルガスは、気に入らないことがあるとすぐに怒鳴り散らすような性根の腐った男である。ギャンブルで負けて大暴れしたことも一度や二度ではない。そうして踏み倒しまくったせいで、街のほとんどの賭場で出禁にされている。

 男たちがどう収めようかと、互いに視線を交わすのを、しかしバルガスは咎めなかった。


「それにな、俺は必勝法を思いついたんだ」

「必勝法、ですか?」

「耳かしな」

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