第4話/初めての配下~ケモミミしっぽな可愛い幹部~
翌朝。といっても、だいぶ日が昇っていて、お昼に近い。
よっぽど疲れていたのか、姉妹はぐっすりと眠っていて、いまようやく目を覚ましたのだ。
そのわりに姉妹はのんびりしている。
まぁ、ダンジョン内だと時間の経過とかわかりにくいからね。まだ朝だと思ってるのかな。
『おはよう』
『おはようございます、おばけ様』
『おふぁようがざいます』
あくび混じりのあおばを、もみじがばしんと叩く。
『……おはようございます』
『うん、おはよ』
さてさて、目が覚めたらまずやらないといけないことがある。何ってもちろん、お風呂だ。
だってね? ふたりとも泥まみれ汗まみれ、とてもとても綺麗とはいいがたい。客商売であるダンジョンが、こんな不衛生な状態を見過ごすわけにはいかない。
という建前で、お風呂に連れていく。そうでもしないと、もみじが遠慮して入ってくれなかったのだ。
そんなわけでまずは女湯のあるエリアに連れていく。
まずお風呂場エリアの前は、湯の文字の書かれたのれんで仕切られており、入ってすぐ左右に別れる通路がある。正面の壁には案内板で、男湯・女湯に別れることを示している。
脱衣所前の扉ものれんで目隠ししてあるが、入って最初に見えるのは壁となっている。これは邪な人間が覗きに来ても、中が見えないようにの対策だ。
え? なら扉で仕切ればいいって? この前の冒険者さんたちが、扉をしきりに警戒してたから取り外したんだよ。どうにも、扉だと閉じ込められるんじゃないかって、不安があるみたい。
おかげで内部はめんどくさい状態になっている。
湯気が脱衣所に入らないように、コの字の通路を通るようにして、さらにその通路をスロープ状の傾斜にして少し低くなるように設計、お風呂への入り口も一段低くしてある。
まぁ、ダンジョンだからカビが生えたりはしないんだけど。ぬめぬめすると掃除が面倒くさい。
こうしてたどり着いたお客様を、でででんと巨大な富士山がお出迎え。
ザ・日本の銭湯! って感じのタイル張りのそのお風呂は、20人までのお客さんを迎えられる広さになっている。
本当はこの倍の広さだったんだけど、男女に分けたので、その分狭くなったのだ。
私のダンジョンのメインになる部分だから、当然力の入りようは、下層のそれとは比較にならない。
もみじもあおばも、お風呂を前にして、ぽかんと口を開けて固まっている。
まぁね? こんな浴場は日本にしかないから、驚くのも無理はない。
『じゃ、さっそく説明していくね。これがシャワー。ここのつまみを回すとお水が出るよ。赤いほうを回せば、温かくなるから、調整してね』
『は、はい!』
まだ石鹸とかは作れないから、今日のところはお湯で体を洗うだけになるけど、それでも入らないよりはましだ。
『体を洗ってから湯船に浸かってね』
『はい!』
二人の元気な返事も聞けたので、ひとまず退出する。
それに準備もあるからね。
~もみじとあおば~
湯船に浸かりながら、おおきく伸びをする姉妹。そこに警戒はなく、おばけ様もいないことから、緊張もない。
「やさしいお方でよかったね」
「うん」
「だからといって、甘えてはだめよ。おばけ様に嫌われたら、私たち、食べられちゃうのよ」
「食べられるの?」
おびえたように、あおばがもみじを見つめる。そんなあおばを抱きしめて、もみじはその耳元で優しくささやく。
「大丈夫。いい子にしていれば、食べられたりしないから」
「うん」
~~
二人がお風呂から上がってきたので、コップにお水を入れて渡した。
本当はコーヒー牛乳とかそういうのが作れたらいいんだけど、そういうのはまだ全然作れないので、当分はお預けだ。
『それじゃあ、ちょっと歩こうか?』
『? は、はい』
もみじが不思議そうに首を傾げたけど、素直にうなずく。
それを確認して、私は二人とカジノルームへ向かう。まずは4連4つ扉の部屋。
『私が通ったドアを開けて入ってね』
『はい』
姉妹が私の指示通り、扉を開く。最初は左端で次は右端、右から2番目、左端の順で扉をくぐる。でたらめに選んでいる、としか思えないだろうに、彼女たちは素直にそれに従った。
まあ、説明が省けてありがたいけど。
カジノルームの換金設備を操作して、必要なだけの球を出し、それを二人に頼んで石柱に流し込んでもらう。隣の砂時計風のオブジェに砂が溜まっていく。どんどん溜まって、ついに天井にまで達した。
音を立てて扉が開く。その先は真っ暗で、なにも見通せない。
明かりの一切ないその暗闇に、姉妹が、不安そうにお互いの手を握る。
『あの、私たち、どこに?』
『ヒミツ』
知ったら喜ぶと思うよ。
さらに歩くこと、数分。
到着したのは、石造りの部屋だった。
その中央には、コアが玉座のごとく様相で台座に鎮座しており、その傍らに、控えるようにしてストーンマンが2体直立している。
コアから発せられる青白い光が、部屋を照らし、二人の表情がはっきりと見える。
『ここに連れてきた理由、わかる?』
『あ、あの、ここのことは誰にも言いません、ここから出ていきます、だから、こ、殺さないで……』
『そりゃ、言ってもらっちゃ困るけど』
消え入りそうな声で、もみじが命乞いをしてくる。
いや、違うんだけど。
『というか、何の話?』
『私たちを、その、食べないの?』
『食べません』
どうやら二人はなにか勘違いをしているようだ。姉妹が抱き合って、恐怖に怯えた顔でこちらを見上げてくる。
聞くところによると、彼女たちの部族では、災害や戦争のたびに何人かを人柱として、コアの前まで連れていき、DPにしているのだとか。
『うちではしません』
まずはこの誤解を解かないと、話にならない。
『というより、知らないんだね』
『え?』
『配下って知ってる?』
『は、はい。父がダンジョン様の配下でしたので』
ふうん。配下のことは知っているんだ? 多少の知識はあっても、ダンジョンの仕組みまでは知らないってところかな?
ちなみに配下というのは、ダンジョンの権限を与えられた者の総称だ。広大なダンジョンにもなると、ダンジョンの機能を一人で取りまわすことは不可能なので、その補佐を行う者が必要になる。
要するにダンジョンの幹部ってかんじ。
その権限を与えるためには、どうしてもコアにまで連れて行かなくてはならなかったのだ。
ということを説明したら、もみじがすごい甲高い声で叫んだ。
『わ、私たち、配下にしていただけるんですか?!』
『うん。といっても、見習いだけどね?』
『ありがとうございます!』
さっきとは打って変わって、きゃぴきゃぴとはしゃぐもみじ。そうそう、これが見たかったんだよ。残念ながら、あおばのほうはきょとんとしていて、なにがなにやらわかっていない様子だった。
それでも姉が喜んでいるから、安心はしたみたい。
『私はね、将来二人にはダンジョンを一つ任せたいんだよ』
『え?』
『もちろん、今すぐじゃないよ? 5年後か10年後かはわからないけど、二人がダンジョンを任せるにたる能力を身に着けたら、そのときにお願いするよ』
『は、はい! 誠心誠意、ダンジョン様にお仕えいたします!』
『がんばります!』
もみじがぴんと背筋を伸ばす。ついでに耳と尻尾も、緊張でぷるぷると震えている。ううん、かたいなぁ。一方であおばは、姉の緊張にあてられて、興奮しているようだった。ばさばさと振られる尻尾がその証拠だ。
『なら、まずはダンジョンが無くなっても生きていける能力を身につけてね?』
『え?』
もみじが驚いたように声を上げる。そりゃそうだよね。ダンジョンの幹部候補に選ばれたと思ったら、今度はダンジョンなしで生活できるように、じゃあ意味不明だ。
追い出されるのか、って思っちゃうよね。
『ダンジョンに依存するだけじゃなくて、自分の能力を磨きなさいってこと。その基準が、ダンジョンが無くなっても生きていけるってこと。むしろダンジョンなんか無くっても、全然困らないくらいの能力は欲しいな』
『えっと』
困ったようにもみじがうなる。まぁ、ダンジョンからそんなこと言われたら困るか。
『幹部になったら、ダンジョンの外に出る必要もある。そうなったとき、ダンジョン機能がないと生きていけない、じゃ、ダメなんだよ』
『……はい』
『いずれ一人前になったら、正式な権限を与えるよ。今はストーンマンのコントロール権だけね』
そこでコアの前に置いといたストーンマンを、姉妹のそばまで歩かせて、適当な位置で跪かせる。
片膝を立てるその姿は、まるで騎士のように見えなくもない。残念ながら、ペンギンに見まがうようなフォルムのストーンマンでは、格好良さはどこにもないけれど。
『二人とも、前に』
各々が、目の前のストーンマンに向かう。姉妹が私の指示でストーンマンに触れると、コアから光の線が放たれる。
光の線が姉妹を囲む円を描くと、円が赤く光りだす。
不安そうに私を見つめるあおばに、大丈夫だよ、と声をかける。
『そのまま動かないでね。いま、生体情報を読み取って、ダンジョンコアとリンクさせているから』
私の言葉に姉妹はそろって首を傾げる。自分で言っていてなんだけど、知らない言葉を並べ立てても分かるわけないか。
『ようするに、ダンジョンに顔を覚えてもらってるってことかな』
そうこうしていると、姉妹を囲う光の円が、赤から青へと変わる。とたん、姉妹がぶるりと体を震わせる。尻尾も毛が逆立ってぱんぱんに膨れ、ぴんと張っていた。
登録完了だ。
『お疲れさま! もう動いてもいいよ』
『はい!』
姉妹が動いた瞬間、二人を囲っていた円が消える。驚いて飛び上がる姉妹。とくにもみじが慌てた表情を見せたけど、私が気にしていないのを見てほっとしたようだ。
『ああごめんごめん。私が消したんだよ』
『えっと、いえ』
もみじがもごもごと言葉を飲み込む。何と言えば失礼じゃないか、考えた末に喋れなくなった、のかな。
まだまだ、距離は遠いか。
ならまずは親睦を深めようかな?
『じゃ、早速、ストーンマンを動かしてみて。やり方は分かるよね?』
『はい!』
さっきダンジョンコアとリンクした際に、動かし方も一緒に流れ込んでいるはずなので、初めてでもそれなりに動かせるはず。
早速もみじが目の前のストーンマンを動かす。一歩踏み出し、二歩つまずき、三歩で転倒。
『あ』
『おー初めてにしては、上出来上出来』
もみじが顔を引きつらせて震えだしたので、素早く言葉をはさむ。
そもそも、自分とは別の体を動かすのは大変なのだ。使い方だけ教えられて、すぐに使えるほうがおかしい。
ということを、いまだに顔の青いもみじに伝えると、半泣きからようやく落ち着いてきた。
ふーあぶないあぶない。
実際、一発で成功するとは思ってない。ラジコンヘリのコントローラーの使い方だけ説明されても、うまく操縦できないようなものだ。自由自在に操るには、それ相応の練習が必要だ。
ゆっくり慣れていこうね、と伝えた横で、あおばがストーンマンを走らせていた。
『おねえちゃん、見て見て』
と、無邪気な笑顔を姉に向ける。
呆然とするもみじの前で、体操選手のような見事な宙返り。いとも簡単に、自分の手足以上に操るあおばを見て、私ももみじも、しばらく無言だった。
『……あれは、例外だから。気にしたらダメ』
『……はい』
あんなの、私にもできないよ。
天才って、いるんだなぁ。
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