第3話/新たな出会い~きつね姉妹編~
翌朝。
マルガたちを入り口の前で見送る。今日は天気が良くて、憎たらしいほどに青い空が続いていた。
外まで見送ると伝えたとき、マルガに大丈夫かと聞かれたけど、私は散歩するのが日課だ。太陽とは仲良しですぞ。
「ふつう、アンデッドは太陽とか苦手なんだけどなぁ」
やっぱり、一般的なアンデッドは太陽の光に弱いらしい。というよりも、ふつうは太陽光を浴びると消失してしまうらしい。日光浴できないのはつらいだろうなぁ。
「またね、おばけちゃん。悪い冒険者には気を付けるのよ」
「うん。マルガも気を付けてね!」
本当はダンジョン領域のぎりぎりまで見送りたかったけれど、護衛の男たちがいい顔をしなかったので、ここでお別れだ。
マルガは私が見えなくなるまで手を振ってくれた。だから私も手を振って見送る。
そして、ダンジョンは静かになった。
ちくちくと刺さる、さみしいという感情を持て余して、いつまでもそこから動けないでいた。また、ひとりになってしまった。
でも大丈夫。マルガはまた来てくれるって約束してくれたから。
ようやく気力が戻ってきたので、とりあえずダンジョンに戻る。
マルガに、温泉を経営するなら男女は分けたほうが良い、と指摘された。そういえば分けていなかったなぁ。
あのときは、こんなところを通るのはガラの悪いおっさんだけと思っていたから、男湯だけでいいやと一つだけにした。でも、ここは私の想像よりはずっと人通りが多いらしい。
なんでも、隣の街に行くのに最短のルートだとかで、商人や冒険者がそれなりに使っているとか。
だけどこのルートはゴブリンの勢力圏を掠めているらしく、一般的には安全な大回りのルートを使う。ただまぁ、大回りだと1週間もかかるようなので、商人や冒険者が好んで使うことはないとか。
安全さえ確保できれば、こちらの最短ルートを通る人が一気に増えるとは言われたけど、ねぇ?
ま、それは未来に投げとこ。今の私じゃどうしようもないし。
そんなわけで、改装です!
ストーンマンを起動する。身長は私より大きい程度、だいたい150センチくらいで、石を人型に削ったような見た目をしている。
この子はどのダンジョンでも生み出すことができる最弱のモンスターで、戦闘力は人間の子供にも負ける程度。だけど力は強く、通路を掘ったり罠を設置したりの作業が得意。
早速、お風呂の手直しを実施してもらう。スコップとつるはしを持って、3体のストーンマンがどたどたと走っていく。
次にゴブリン対策。
と言っても、現状、戦力の増強はしないほうがいい。
あの冒険者たちの反応を見るに、ストーンマンを増やしただけでも、“それ見たことか、やっぱり俺たちを殺そうとしていたんだ!”と攻撃的になりそうだし。
もうちょっと信頼関係を築いてからにしよう。
なので入口からゴブリンが入れないような仕掛けをしておく。もちろん、ダンジョンは侵入不可にできないので、人間なら誰でも開けられる程度の仕掛けにしないといけない。
あとはエントランスに寝床を作ろうかな。今度マルガが来た時に、床に寝かせるわけにはいかないからね。
今は3体すべてのストーンマンがお風呂の手直しをしているので、私が直接作ることにする。といっても、普通のお布団だと私は触れない。
と、いうわけで。
ここで私は、ダンジョンの固有スキルを発動する!
ダンジョンの固有スキル
1)ダンジョンコアに特有の能力。ゴブリン系を安く作れる、採掘ポイントでよりよい鉱石が入手できるなど、その効果は多岐にわたる。
2)おばけちゃんのダンジョンスキルは“幽霊”
→一種の幻影のようなもの。魔力のみで構成されているので、ダンジョン外に持ち出すことはできないが、製造に素材を必要としないため、省DPで作ることができる。
→おばけちゃん以外動かすことのできない幽霊モードと、おばけちゃん以外でも触れる幽体モードの二つがある。表記がややこしいので以下、触れないほうを“霊”触れるほうを“体”と表記する。
3)“霊”について
一般的な幻影と同じく、触ることはできない。幻影との違いは、あくまで幽霊であるため、元となったものの性質を受け継ぐ。例えば、炎の幻影は周囲を照らさないが、“霊”は周囲を照らせる、水の幻影は術者が動かさなければ停止したままだが、“霊”は勝手に流れるなど。
“体”よりも安く作れる。
→おばけちゃんのダンジョンでは、入口の照明やカジノルームの砂時計型のオブジェに使われている。
4)“体”について
こちらは触れる幻影、みたいなもの。こちらも幽霊なので、元の性質を受け継ぐ。
なので炎の“体”なら目玉焼きが作れる。“霊”よりは消費DP高めだが、普通に作るよりは、ずっと安くなる。
5)その他、生成ルールなどはダンジョン機能に準じる
というわけで。
温泉を男女で分ける(済
入口にゴブリン対策を取り付ける(済
エントランスに泊るところを仮設置(済
手直し終了! また暇になったよ!
それから数日後、私は暇で暇で死にそうになっていた。
今日も一人人生ゲームをしようかな、と思っていた矢先、ダンジョンの入口が騒がしいことに気づいた。
ようやく2件目のお客さんかな?
覗いてみると、ゴブリンがきーきー言いながら、入口の戸を叩いていた。どうやら、扉につけた謎解きが解けなくて怒っているみたい。
て、言っても、そんな難しいことは要求していない。
私が設置したのは、動かせない四角い足場と、盗難防止用の紐のついた棒。入口の壁の高いところに鍵をぶら下げてあるので、それを足場と棒を活用して取ってね、っていうそれだけの仕掛けだ。
入り口前に「汝が叡智を示せ」と書かれた看板を立てておいた。これで鍵に気づかないってことはないよね。
まぁ、ゴブリンたちは気づいていないみたいだけど。
鍵には目もくれず、ひたすら戸を叩く様子を見るに、一生このダンジョンには入れそうにない。
これで枕を高くして眠れるね。
私、おばけだから眠れないんだけどね! HAHAHA!
さらにその翌日。2人の子供がゴブリンに襲われていた。
あらまぁ。
攻撃力のない我がダンジョンとはいえ、見捨てるには忍びない。なのでストーンマンを突撃させる。いくら最弱のモンスターといえど、ゴブリンが無視できるほどの弱さではない。
「はやく! こっち!」
その隙に子供たちをダンジョンに招き入れる。転がり込むようにしてダンジョンに入った少女に指示して、戸を閉めさせる。
これでもう大丈夫。ゴブリンではこの扉は開けられない。
いまだにドンドンとたたき続けているゴブリンと、それにおびえる幼い少女たち。
私と同い年くらいの子と、7,8歳くらい子。姉妹なのだろうか二人とも目鼻立ちが似ている。金色の長い髪はつやを失いくすんでおり、やせ細ったその体は、今にも折れそうだった。
「大丈夫だよ。ここの扉は頑丈だから」
安心させるようになるたけ優し気に言ってみた。すると年上の少女が、代表して口を開いた。
『あの、ここは?』
耳をぱたりと後ろに倒し、しっぽを体に巻き付けて、恐る恐るといった風に声をかけてきた。
見た目こそ人間だけど、頭部のぴんと尖ったケモミミと、腰のあたりに生えているふかふかのしっぽは、間違いなくきつねの獣人の特徴だ。
その言葉も、この辺の言語ではなく、遠い異国のものだった。幸い、私はその言葉がわかる。
『ここは私のダンジョンだよ』
『ダンジョン?!』
驚いたように声を上げる。ううん、この様子だと、あの冒険者さんたちと同じように、不要に警戒させちゃうかなぁ。
『では、あなたがここの主ですか?』
『うんまぁ、そうなるかな。でも、あなたたちに危害を加えるつもりはないよ』
恐る恐ると問いかける少女に、私は落ち着かせるように言葉を加える。あんまり意味ないかもしれないけど。
だけど、私の心配をよそに、その少女は目を輝かせて言った。
『私たちをこのダンジョンの下僕にしてください!』
えー?
話を聞くに、彼女たち姉妹はとても遠い処で、平和に暮らしていたらしい。それがある日、人間たちが攻めてきて、奴隷として捕らえられたのだという。
彼女たちはその輸送のさなかゴブリンに襲われ、偶然にも鎖が切れたため、逃げてきたのだという。
確かにその細い首や足には、似つかわしくないほど、ごつい鉄の輪がはめられている。これに鎖で繋いでいたのだろう。
『でも、ダンジョンだよ?』
『? はい』
不思議そうに首をかしげる。
ううん、私のもってる情報からすると、なんか違う気がする。
マルガに聞いた話だと、ダンジョンは恐ろしい場所というイメージらしい。邪悪な魔王が、人間を襲うための拠点、というのが共通認識のようだ。
しかし彼女たちにとって、ダンジョンは恵みを与えてくれる存在らしい。
どうやら、彼女たちのいた土地のダンジョンは、食料や土地を提供する代わりに、その地を守護することを要求したそうな。つまりうちと同じ考えということだ。
わざわざ人間と争うよりも、人間の権益の範疇に潜り込むことで、外敵として狙われないようにする。ダンジョンを失って損をする人間のほうが多ければ、まず滅ぼそうとする人間は少なくなる。
彼女たちの知るダンジョンは、うちにとって先達にあたるダンジョンらしい。
逆にこの近辺にあるダンジョンは、暴力と略奪をもって成長してきた。だからマルガ達にとってはダンジョンは危険な場所で、少女たちにとっては自分たちを庇護してくれるかもしれない場所、なのだろう。
『じゃ、今日からうちの一員ってことで』
『はい! ありがとうございます!』
そんなわけで、きつねの姉妹が仲間になった。
奴隷を勝手に引き取ったのだから、奴隷商が文句をつけてくるのは目に見えている。でもまぁ、なんとかなるでしょ。
うちに攻め入るってことは、DPが潤うってことだし。いまのところ、攻略されそうにないからね。
それに、暇なんだよ、ダンジョンでの生活は。
侵入者の皆さんがいっぱいいて繁盛していたら、暇なんてないんだろうけど。誰もいないから、お喋りすらできない。
それを思えば、多少のデメリットなど気にならない。むしろメリットのほうが大きい。
一人人生ゲームから卒業だよ、やったね!
そうと決まれば、まずはその枷を外すことが優先だ。というわけで、さっさとストーンマンに枷を外してもらう。留め金部分を削ってあとは力任せに引きちぎる。これで彼女たちは自由だ。
『ありがとうございます、ありがとうございます!』
感謝する二人を前に、とりあえず自己紹介。
『私はこのダンジョンのおばけだよ。これからよろしくね』
『は、はい!』
ということで、“もみじ”と“あおば”が仲間になった!
お姉ちゃんのほうがもみじで、妹があおば。
姉妹というだけあって、二人ともよく似ている。けれど、もみじのほうは若干釣り目気味で、気が強そう。あおばはややたれ目な、おっとりとした見た目をしている。
二人とも髪は伸び放題でぼさぼさ。来ている物もぼろ布をかぶせたほうがマシってくらいで、その細い手足には、青あざがいくつもできていた。
ここに来るまで碌な扱いを受けていないのだろう。
今日のところは二人とも疲れているだろうし、お風呂も後回しにして、ともかく休ませよう。
とりあえず、この前の冒険者たちから買い取った保存食を二人に渡しておく。何かに使えるかと思って、残しておいて本当に良かった。
姉妹が目を輝かせて、固いパンにかぶりついているのを、申し訳なく思う。もっといいもの食べさせてあげたいなぁ。
次に姉妹のための部屋を作ろう。ストーンマンに指示を出して、お風呂場の近くの壁を掘ってもらう。翌朝には、部屋ができているはず。
今日のところは何の準備も整っていないので、適当に毛布を作って渡しておく。そして、仮設置してある宿泊施設に案内した。
簡易ベッドと他者の視界をさえぎる程度のカーテン、それだけだ。施設とは名ばかりの、ただ寝るのに最低限必要なものをおいてある場所だけど、それでも少女たちは私に感謝してくる。
『おばけ様、ありがとうございます!』
『狭いところだけど、部屋ができるまで我慢してね』
『そんな、毛布を与えてくださるだけでも、十分すぎます!』
ううん。この姉妹、固いなぁ。まぁ、初日だし、仕方ないよね。
~もみじとあおば~
「いい、あおば。私たちが生きていくためには、ダンジョンに縋るしかないの」
「うん」
「だからダンジョンの主である、おばけ様に逆らってはダメよ」
もみじが妹のあおばに、噛んで含めるように説明する。
もしもダンジョン主に嫌われ、追い出されでもしたら、幼い二人はたちどころに死んでしまうだろう。ゴブリンに殺されるか、飢えて死ぬか、それとも人間につかまるか。いずれにせよ、碌なことにならないのは想像がつく。
だからこそ、ダンジョン主に絶対の忠誠を誓う。それ以外、幼い少女たちに生きる術はないのだから。
~~
「それはちがうよ」
聞こえてきた姉妹の会話に、思わず言葉がこぼれた。
寝床に仕切りはあるけれど、だからといって、しゃべり声を完全にふさげるほどじゃない。なにしろ、カーテンで目隠ししてあるだけなのだから。
幸い、私の声は姉妹には聞こえなかったようだ。カーテンの奥から、二人の話し声が、変わらず聞こえている。
二人はダンジョンにこびへつらい、一生懸命に命令に従おうと話し合っている。
でも、それじゃ奴隷と変わりないよ。せっかくそんな場所から逃げてきたのに、私の顔色を伺って、私の機嫌を損ねないかとびくびくして。
そんなもの、私は望まない。
……よし、決めた。
二人を幹部にしよう!
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