真水の底

「真水の底に連れて行って」

「私とあなただけの世界」

「生と死の境界」


 君は僕にそう言って、僕の左手を優しく引いていく。


「溺れるように落ちて行きましょう?」

「二人だけの世界に堕ちましょう?」

「そうすれば誰も私たちを否定などしないもの」


 君に引かれて辿り着く。そこは、高い、大きい、鉄橋で。

 君は楽しそうに鉄橋の上を、裸足でトテトテと音を立て。

 僕の手を引いていく。


「私たちは海に生きる魚」

「真水の底では生きられない」

「真水の底に沈めば、悶え、苦しんで、死んでしまうの」


 ”死んでしまうの”と口にする、君の表情は笑顔だった。

 背筋が凍る感覚が僕を襲っても、それを君が知るよしもないだろう。

 強張こわばる僕の手。君はそんな僕の手を優しく包み込む。


「さぁ、?」

「私とあなたの世界をみるために」


 ふらり。ふわり。僕らは風にあおられる。

 君が落ちていく。つられて、僕の体も、落ちていく。

 ああ、最期に聞こえた。


 君の言葉は――。


「真水の底へ連れて行って」

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