第8話 仲直りのキューピット

 授業が終わり、荷物をまとめて洋一さんと教室を出ると、僕はばったりと翔に出くわした。僕は驚いて思わず声を上げて飛びのいた。どうやら、翔は僕がこの時間、この教室で授業を受けることを知っていて、教室の入り口の所から僕の様子をずっと窺っていたらしい。翔は気まずそうにもじもじしている。


「おい、お前こんなところでこっそり教室の中を覗いているなんて、人によっては不審者扱いされるぞ」


洋一さんが呆れたように言った。


「不審者だなんて、失礼だな。俺は、一郎のことが気に・・・いや、一郎なんてどうだっていいんだ」


翔は意地になっているようだ。翔が意地になっているのを見ると、僕も意地を張りたくなってくる。


「僕だって翔なんかどうだっていいもん。僕が受けてる授業の教室まで来てストーカーみたいに追い回さないでよね」


「誰がストーカーだ! 俺はなぁ、一郎が昨日ずっとバカみたいに泣いていたから、今日もまた昨日みたいに泣いて周囲の人間を困らせているんじゃないかと思って見に来たんだよ」


「はぁ? 翔が僕のこと怒鳴ったりしたからでしょ! 翔が僕のこと泣かせたくせに、僕が勝手に泣いたことなんかにしないでよ」


「お前が俺を怒鳴らせるようなことするからだろ! 昨日からずっと俺を避けたり、俺に連絡も寄越さないで夜遅くまで外をほっつき歩いたりしなきゃ怒ったりなんかしねぇよ!」


「それは悪かったって思ってる。でも、きっかけは翔が作ったんだよ!」


「なんで俺のせいになるんだよ!」


「なるよ! だって、幼馴染だかなんだか知らないけど、洋一さんと再会したからって、洋一さんとばっかり楽しく話してさ。いいよ。どうせ、洋一さんの方が翔のことわかってるもんね? 僕が知ってる翔は中学生で付き合い出してからだ。でも、洋一さんはもっと翔の小さい時のことから知っている。僕なんかよりずっと洋一さんの方が翔のことを理解している。僕なんかより洋一さんの方がいいんでしょ?」


「何で昨日からそんなに洋一にこだわるんだ。俺にとっては恋人はお前一人だけだ。そんなことわかり切っているだろ? 確かに洋一は俺のことをよく理解してくれてる親友の一人だ。でも、一郎は俺の親友じゃないだろ。恋人だろ。俺のこと、一番理解して支えてくれてるのはお前じゃないのかよ」


「ちょっと、落ち着こうか、二人とも」


と、ヒートアップして来た僕と翔の間に洋一さんが割り込んだ。


「周りを見てみろ。こんな所で大声で男同士で痴話喧嘩なんかしてるから、俺たち注目の的だぜ?」


 僕と翔が周囲を見回してみると、多くの学生が物見高そうに僕らの様子を見ていた。僕が彼らに気が付くと、彼らは慌てて目を逸らせ、蜘蛛の子を散らすように全員いなくなってしまった。さすがに、こんな場所でこんな大声を上げて喧嘩したのはまずかったようだ。僕も翔もすっかり真っ赤になって、逃げるようにその場を後にした。


「まさか、お前らの喧嘩の原因が俺だったとはな」


洋一さんは僕らを笑った。


「くっだらねぇ理由で喧嘩なんかするなよ。いいか、まずは一郎に言っておく。俺はノンケだ。彼女もいる。翔をお前から奪ったりなんかしない。それに、中学高校と青春の一番楽しい時期を翔と過ごしたのは俺じゃなくてお前だろ? 俺にとって、高校時代は彼女も初めてできたりして、小中高六年間の中で一番楽しい時期だったぜ。お前はどうなんだ? 翔といい想い出たくさん作ったんじゃないのか?」


「それは・・・」


「だったら、それを大切にしておけばいいだろ。俺なんかと張り合ってどうするんだ。そもそもな。俺は翔が中学で独りぼっちになった時、翔を救ってやることができなかったんだよ。俺はそれが今でも申し訳ないと思ってる。親友なんて失格だと思ってる。でも、そんな時に翔を救ってくれたのは一郎、お前なんだよ」


僕ははっとして顔を上げた。


「おい、洋一! 余計なこと言うなよ」


翔は顔を真っ赤にしている。


「それから翔!」


洋一さんは今度は翔に向き直った。


「一郎のこと、俺の前であんなに可愛いとか好きだとか自慢して回るんだったら、喧嘩した時だって逃げ回らないで、ちゃんと一郎と向き合って話せよ。一郎が泣いたって、後でちゃんと謝って仲直りすればいいだろ? お前、一郎より一個年上なんだから、もっと年上らしく一郎を引っ張ってやれよ」


「わ、わかってるよ。だから、一郎に会うために教室の前で待ってたんじゃないか・・・」


「ふぅん。やっぱり一郎のことが気になっていたんじゃないか。さっきはどうでもいいなんて言ったくせに」


洋一さんが翔をそう言ってニヤニヤしながら揶揄った。


「う、うっせぇ」


翔は耳まで赤くして小さく怒鳴った。


「さてと、俺は今日はもう帰るから。彼女とデートなんだ。後はお前ら二人でお幸せに」


そう言うと、洋一さんは僕と翔を残して走って行ってしまった。


「翔・・・」


「一郎・・・」


僕らはどちらからともなく互いの名前を呼んだ。


「え? 翔、先に言ってよ・・・」


「いいよ。一郎が先に言えよ」


今度は僕ら同時に遠慮し合う。


「ごめんなさい!」


「すまん!」


そして、僕らは同時に互いに謝った。

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