第5話 心配御無用?

 僕が話し終わると、竜二がボロボロ泣いていた。


「一郎、辛かったよな。頑張ったよ。お前、めっちゃ頑張ったよ」


竜二が泣きながら僕をギュッと抱きしめた。ちょ、ちょっと!


「竜二、おい、やめろってば」


 大地が慌ててそんな竜二を僕から引き剥がした。はぁ・・・。もういちいちドキッとさせないで欲しいな。というか、こんなに彼氏の前で他の男を抱きしめたり可愛いと言ったり、大地も気が休まらなさそうだ。


「いや、ごめんね。竜二、中学時代の親友を一人亡くしているんだ。そいつもゲイでね。竜二はずっと私立中学に通っていたんだけど、結局その学校で高校には進学しなかった。そのせいで、その親友とは離れ離れになっちゃったんだけど、その親友、高校で同級生にゲイであるせいでいじめられて、学校に来れなくなって、最後は自分で命を・・・」


泣きじゃくる竜二に代わって大地が事情を説明してくれた。そっか。そんなことがあったのか。


「だから、俺、お前のこと他人事だと思えなくて・・・」


竜二が涙を拭いながら言った。


「なんか、ごめん。僕が変な話をしたせいで・・・」


「いや、逆に話してくれてありがとう。今度、一郎の彼氏も一緒に遊ばないか? せっかくこうして知り合ったんだし」


「うん。いいよ。翔にも話しておくね」


「そういえば、一郎、そろそろ帰った方がいいんじゃない? 彼氏くん心配しているよ?」


大地にそう言われて僕ははっとした。もう、この店に入ってから一時間は経っている。そろそろ帰らないとな・・・。でも、なんだか昼間の洋一さんの件を思い出すと、気が重い。


「どうかしたの?」


僕が急に黙りこくったのを心配して大地が尋ねた。


「うん・・・。翔のことなんだけどさ・・・」


 僕は今日、大学であったことを話していた。なんか、この二人といると自然と自分の悩みとかスラスラ相談できちゃうんだよな。なんでだろ?


 翔が幼馴染の洋一さんと再会したことをきっかけに、ほとんど僕に構ってくれなかったこと。そして、幼馴染に比べて僕の方が翔のことを何も知らないような気がしてコンプレックスを感じたこと。僕はそんな心の内まで全て二人に打ち明けた。


「なんか、今夜は帰りたくない。どうせ、翔なんか幼馴染のあいつの方が一緒にいて心が落ち着くんだよ。あんなやつ嫌いだ」


僕はぷくっと頬を膨らませて、文字通り膨れっ面をしながらテーブルの上に顎を預けた。


「そうやってほっぺた膨らませて拗ねるとこ、大地とそっくりだ」


竜二が僕と大地を揶揄う。


「竜二!」


大地が真っ赤になって竜二を小突いた。


「でも、一郎が考えているほど、翔くんのことは心配ないと思うよ」


大地が優しく僕を説得してくれる。


「俺たちなんて、高校に上がってから知り合って、しかも付き合い出してまだ一年だ。でも、俺はどんな幼馴染よりも竜二のことが好き。そりゃ、長らく会っていなかった友達に再会したら、嬉しいからそいつとの再会を喜ぶよ。でも、ずっとじゃない。やっぱり俺にとって大切なのは竜二だから。一郎にとっても翔くんってそんな存在なんじゃないの?」


「・・・うん。でも、翔は・・・」


「そんなこと心配しなくていいって。お前の命を救ったのがお前の彼氏なんだろ? しかも、高校で二人でカムアまでして周囲の偏見とずっと闘って来た二人なんだ。もっとお前らの関係に自信を持てよ」


竜二が続けた。大地が頷く。


「そうそう。要は、量より質ってこと。過ごした時間の長さより、短い時間でもその中にどれだけ込めたかってことだから」


 量より質、か。確かにそうかも。洋一さんがどれだけの幼馴染か知らないけど、僕にとっての翔の存在はそんなに軽いものじゃないじゃないか。幼馴染程度に負けるような関係性じゃないはずだ。僕は少し元気を取り戻した。


「二人とも、ありがとう。じゃあ、僕、そろそろ帰るね。また会おう」


僕はそう言って立ち上がった。すると、竜二と大地の二人も立ち上がる。


「だったら、俺たちも駅まで一緒に行くよ。新宿駅でいいか?」


と竜二。


「いいの? ありがとう。うん、新宿駅でいいよ。そこからは帰り方わかるから」


「オッケー。じゃあ、行こうぜ」


大地がカウンターで別の客の接客をしているママに声をかけた。


「お勘定お願いしまーす!」


「あら、もう帰るのね。なんだか、三人ですっかり意気投合したみたいね」


ママが笑いながらこっちに歩いて来た。


「はい。何か仲良くなっちゃいました。結構いい人たちですし」


僕がはにかんでそう答えると、竜二が僕の肩に腕を回した。


「だろ?」


「そういうボディタッチは、僕じゃなくて大地にしてあげなよ。大切な彼氏なんでしょ?」


大地が怒る前に僕は竜二に注意した。大地は顔を真っ赤にしている。


「あ、それもそうだよな」


竜二もポッと赤くなった。





 ゲイバー「アリス」を出た僕ら三人は並んで夜の新宿の街を駅に向かって歩いた。新宿は夜になっても人通りが多い。特に、この二丁目界隈はゲイタウンというだけあって、歩いている人に「この人ゲイなんだろうな」と一目でわかるような人たちが闊歩している。田舎から上京して来たばかりの僕にとって、その光景は新鮮そのものだった。


「でもさぁ、一郎、英語が苦手で英語のクラス分けで翔くんと別のクラスにされたんだったら、大地に勉強見て貰えば? こいつ、高校時代英会話部だったんだぜ」


と竜二が大地の頬をぷにぷにしながら言った。


「え、そんなこと頼むの悪いよ。それに、もう今決まったクラス分けで、二年生の前期までずっと英語の授業は同じクラスなんだ。だから、翔と同じ英語の授業を受けることはできないんだよ」


「そっか。じゃあ、仕方ないな」


そう。もうこればかりは受け入れるしかないんだ・・・。


「竜二、ほっぺた痛い」


「あはは、だって大地のほっぺ可愛いんだもん」


竜二と大地はずっといちゃつきながら歩いている。僕も早く帰って翔に甘えたいな。僕は二人の様子にどんどん翔に会いたいという欲求が高まっていった。


 新宿駅に着いた僕は二人と別れ、翔と住むアパートへと電車を乗り継いだ。早く翔に会いたい。気が急いて仕方がない。最寄りの駅までたどり着くと、駅の改札前に翔が立っているのが見えた。翔! 僕は思わず翔の元に駆け寄った。

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