第一章-19 思い出すのは、あの日
小隊の空気は完全に変わった。既に全員の士気は高く。迷いは一切見られない。国王がテントに戻った後、親父はそんな小隊を見て口を開く。
「今、陛下のお言葉によってお前達全員の士気が高い事は理解している。しかし、俺達は昨日奇襲を退け、そのまま夜を徹して警戒したのだ。故に本日進軍しないといった決定を変更する予定は無い。今日はそのまま休息を取り、明日以降の進軍に向け備えてくれ」
親父の言い分は至極真っ当だ。俺も完全に同意である。今、確かに士気は高いが疲れが完全に抜けきっているか、と聞かれたら答えは否だ。疲労が溜まった状態で進軍しても成果を上げる事は難しいだろう。今日休息するのは理に適っている。それに、他の小隊員は知らないが、テントの中には国王の他に隊長もいた。今日休息を取ると言う事は隊長からも許可を貰っているに違いない。
他の小隊員も親父の言い分には納得した様で、少しずつ元居た場所に戻り、思い思いに疲れを取っている。他の者と会話を交わす者、地面に寝そべる者等その休息の仕方は様々だ。ふと、休息を取っている者の中にタロットカードに興じている集団を見つけ、懐かしい気分になる。軍宿舎で皆とタロットカードをしたあの日が思い出される。あの時は戦争が始まるなんて思ってなくて。魔法の存在なんて信じられなくて。平和に毎日を過ごすんだろうな、なんて漠然と思っていた。あれはどれだけ前の事だったっけ、と考えてまだ半月程しか経過してない事に気付き少し驚く。もう遠い昔の記憶の様だった。この半月で日常が変化し過ぎている。あの日は確か、月がとても綺麗で。皆笑顔で。ターサの横顔に見惚れたりしたっけな。
そのまま同期達の事を考える。ターサは今日会えた。確かに少し疲弊していた様に見えた。それでも、やっぱり会えた事は嬉しい。自分の感情を抜きにしてもお互いの人生を殆ど知っている幼馴染なのだ。顔を見れば安心する。アルとリースにはカボットで離れて以来顔を見れていない。だが、何れかの隊が深刻な被害を受けた際は俺達にも知らされるだろう。しかし、現状では特に何処かの隊が被害を被ったという報告は受けていない。故に、二人も無事なのだろう。ただ、アルはともかくとしてリースが少し心配だ。元奴隷と知った所で俺が態度を変える事は無い。しかし、もし仮に隊の人に知られた際に迫害を受ける可能性が無いとは言い切れない。それに、最後に見せたあの昏い感情。聡明なリースの事だからそんな事は無いと思うが暴走してしまうのではないか、と少し心配になってしまう。
そして、最後に考えるのはミゲルとラフィーの二人。俺達四人とは違い、メリアに向かった二人。あの二人は無事なのだろうか。仮にメリアで二人が負傷したとしても俺達に情報が入るのは相当遅れるだろう。最悪、俺達の耳には届かない可能性だってある。故に、無事でいてくれ、と願う事しか出来ない。ミゲルはお調子者で、正義感が強くて。会話の輪の中にいると自然と全員笑顔になれる様な太陽みたいな男だ。ラフィーはのんびりしてて、それなのに自分の中にしっかりした軸を持っている様な強さを持った女の子だ。そして、二人は知り合って期間が短い俺達でも直ぐに分かるくらいにお互いを意識していた。それを和やかに眺め、上手くいくようにお節介をするのが楽しかった。この二人には死んで欲しくない。既に多くの人の未来や幸せを奪ってしまった俺が思うのも間違っているのかもしれない。でも、やっぱり二人には幸せな未来を築いて欲しい。
仲間達の事を考えている間にどうやら俺は地面に腰を下ろしていたらしい。集中していて全く気が付かなかったが今日、天気がとても良い。空を見上げれば、太陽がその輝きを惜しみなく放ち、まるで「今日はいい日だろう?」と笑いかけてくる様だ。その日差しの強さに思わず目を細める。アウトリカの日差しの方が柔らかくて好きだな、なんて事を考える。恐らく日差しに差なんて無い。それでも、自分の故郷の太陽の方が暖かく、全てを受け入れてくれる様な気がするのだ。
そうやって空を眺めていると俺の横に誰かが腰掛けた音がする。そちらに目をやると親父が笑顔でこちらを見返してきた。
「今日はいい天気だもんなあ、昼寝したくなる気持ちも分かるぞ」
「別に昼寝してた訳じゃない。…というかこんなに日差しが強かったら寝れないだろ」
「そうか?程よく暖かいし寝やすい天気だと思うがな」
「まずこの戦争中に昼寝なんて出来ねえよ…。昼寝してる最中に奇襲されて死んだ、なんて笑うに笑えない」
「ま、それもそうだな。でも俺はこんないい天気だったら昼寝したくなるけどな」
「…親父は緊張感が足りてないんじゃないか?」
「そんな事はない」
驚いた。ほんの少しの軽口のつもりで言ったのに親父は至極真剣な顔をしてきっぱりと言い切った。そこに強い意志を感じる。
「…そうか。悪かった。そうだな、親父は小隊長だもんな。俺達の命を預かってるんだ。緊張感は常に持ってるよな」
「それもそうだし、何より俺達はこの戦争には絶対勝たなくてはいけないんだ。気を抜く事なんてないさ」
「…戦争に勝たなくちゃ駄目なのは分かるさ。でも俺は人を殺すとか、そういう事に未だに抵抗があるんだ。出来れば早くユルシアもメリアも降伏してなるべく人を殺さなくて済むようにって祈ってるよ」
今まで言わなかった事。言えなかった事。それも親父なら聞いてくれる気がして。人を殺すという行為に対する忌避感を思わず口にしていた。
「この戦争はユルシアとメリアを完全に叩ききるまで終わらないさ」
「…降伏しても受け入れないって事か?」
「そうだ。抵抗する気力が完全に無くなるまで戦い尽くさないといけない」
「…なんだってそんな事になったんだ?俺達に対する害意がなくなればそれで良いんじゃないのか?」
「そういう訳にはいかないんだ」
「…なんでだよ」
俺はユルシアとメリアがアウトリカの調査船を撃破した事しか知らない。確かにそれはアウトリカに対する敵対行為だと思うし、蹂躙されるのを待つ、というのが悪手だと言う事は理解出来る。しかし、ユルシアとメリアから敵意が消えたならそれで終わりでいいとも思っている。態々人の未来や幸福を壊してまでユルシアとメリアを叩く必要を感じていない。
「悪いな、軍機密なんだ。でも、俺達は徹底して叩かなくてはならない。これは絶対だ」
「…分からないな。俺達アウトリカ人の命だってかかってるってのに」
「…軍機密なんだ」
親父は申し訳なさそうに笑う。しかし、その目の奥には間違いなく敵意が渦巻いている様な気がして。更にこれ以上話しても理由は絶対に教えてはくれないんだろうな、という事も理解出来て。とりあえず話題を転換する事にする。
「軍機密と言えばさ、今回陛下が態々ここまで来た理由も軍機密なんだっけ?」
「ああ、そうだな」
周囲を見渡す。俺と親父以外にこの場所には人はいない。話を聞かれる事も無いだろう。
「その理由ってのは魔法関連なんだろ?」
「…イアンには分かるか」
「まあ、隊長の他にエリザベートさんだったり上陸作戦の時のだったりで色々経験出来たからな」
「まあ、誤魔化しても無駄だな。そうだ、魔法関連だ。詳しくは言えないがな」
「…いくつか質問するのはいいか?」
「核心に迫った時は誤魔化すかもしれないけどな」
「ああ、構わない。今回陛下が来たのはアウトリカの既存の継承者が行使した魔法が原因か?」
「違うぞ。お前も知ってる通りこの小隊には魔法継承者はいない」
「じゃあ、ユルシアが俺達に対して魔法を行使したからか?」
「それも違うな。アウトリカ以外に魔法継承者はいないんだ」
「なら、見つかっていないとされている最後の魔法継承者。その魔法の痕跡でも見付かったか?」
「それが見付かったなら苦労は無いな」
「…そうか、分かった。すまないな、態々答えて貰って」
「質問はこれで終わりか?」
「ああ、どうやら俺の予想は悉く間違っていたらしい」
「まあ、寧ろ分かってたらそれはそれで大問題なんだがな」
「そんな大きな問題なのか今回のは」
「…ちょっと小隊の他の奴等の様子でも見てくる事にする」
「…誤魔化し方が下手過ぎないか?」
親父は苦笑しながら立ち上がり、この場から去ってしまう。しかし、俺の予想は全て外れていたらしい。今回国王が態々来た理由が更に分からなくなってしまった。魔法の暴発でもなく、ユルシアに魔法継承者が居た訳ではない。それに最後の魔法継承者が見付かった訳でもない。それに親父の言い分からして俺が考えた全ての可能性より大きな問題が発生したらしい。全く見当が付かない。
もう分からないな、と思考を諦め地面に寝そべる。すると、やはり太陽が相も変わらず陽気さを押し付けてきていて。もしここがアウトリカで、平穏な日常ならこれも心地良いと感じたのだろう。でも、ここはユルシアで今は戦時中だ。だからなんだろう。太陽が齎す陽気さは押し付けがましくて。無理矢理俺にやる気を出させようとしているなんて。そんな風にしか感じられなかった。
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