第一章-18 可能性考察

 親父がテントに向かってから既に数十分が経過した。これだけの時間中で何を話しているのかは気になるが入るな、と言われているので中に入って確認することも出来ない。だから俺は仕方なく小隊の人達の様子を確認していた。

 先程感じた通り、皆の様子は今朝とは違い、完全に落ち着いている。あれだけ混乱していたのが嘘みたいだ、なんて感想を抱くくらいに。ただ、そもそもとして俺は捕虜の発言を聞いてもそこまで混乱はしなかった。俺の混乱は今思えば突如目の前で捕虜が自爆した事が原因だったのだと理解出来る。だからこそ、誰かを呼んでくるべきだという親父の意見が最初分からなかったし、今でも必要なかったと感じる。故に、国王が態々来る必要がある、と判断した理由が気になる。親父がいつ出てくるかも分からないし、する事もない。ならばこそ、国王には答えて貰えなかったその理由について考える事にした。

 魔法絡みだ、と言う事は国王に質問した時に至った俺なりの答え。これに間違いはないと今でも思う。そして、もし仮にこれが魔法絡みであった時、考えられるのはアウトリカの継承者の誰かが魔法を発動し予想外の結果が与えられた、俺達の小隊が魔法を使われた、そしてまだ見つかっていないとされている最後の魔法継承者が確認された、のいずれかが発生したのではないか、という事が予想されると思う。

しかし、もしアウトリカの継承者の誰かが魔法を使用したとすると間違いなくそれは軍で管理されている筈だ。それに。俺みたいな一般兵は魔法に関しての知識は無いが、親父やイスタウさんの様な小隊長格にもなれば魔法の効果は把握している。それは今までの親父の発言からも分かる。つまり、アウトリカの継承者が魔法を行使した上で予想外の結果が得られたのだとすればそれは即ちランダム性がある魔法が発動された、という事だろう。しかし、その様なランダム性のある魔法を俺達の小隊に対して発動した理由が分からない。その様な時間は無かった筈だし、もし仮に俺達の小隊に魔法を行使するなら先ず奇襲はされず、未然に防ぐ事も出来ただろう。だからこそ、この可能性は低いように感じる。

 次に、俺達の小隊が魔法を使われたという可能性。これが最も可能性は有りそうだ。魔法が何処までの事を行えるのかは分からない。だが、もし「精神的に揺さぶりを与える」や「嘘を信じさせる」と言った類の魔法で攻撃を受けたとすれば小隊が混乱した理由も分かる。小隊の中で混乱度に個人差が生じた理由も魔法のかかり方に差があったからだ、と言う事で納得も出来る。だが、同時に不可解な点もある。

一つ目は、恐らく軍としてはアウトリカ以外に魔法継承者はいないとほぼ断定していると思われる事。これは隊長の魔法を始めて目撃した次の日、イスタウさんと会話した時のイスタウさんの言葉からも分かる。俺には魔法継承者に関する知識が無い。だからアウトリカ以外に継承者が居るかどうか等分かりようがない。しかし、国王や軍の重役達がアウトリカ以外に継承者はいない、と断定しているならそれは知識のない俺の判断よりも信頼出来ると思える。

次に、仮にユルシアから魔法を行使されたとして、その効果が切れるのが早すぎる、という点も気になる。俺に関しては直ぐに混乱は収まったし、小隊の他の人達も既に混乱は収まっている様に見える。つまり、五時間も持たない様な魔法を二十人近くの兵の命を犠牲にしてまで行使する必要があったのか、と考えるとあまり納得は出来ない。費用対効果が少なすぎるのだ。確かにユルシアは人口が多いとは聞いている。それでもこの戦争を通して人的被害は少ない方が理想だろう。それなのにこんな作戦を決行する必要を感じない。故に、この可能性も低そうだ。

最後に残った可能性。最後の魔法継承者が見つかったという可能性。これもそれなりに可能性はあると考えられる。俺達の小隊の中に自覚が有ったのか無かったのかは分からないが魔法継承者がいた。そして、奇襲される事が分かり、魔法を発動した、もしくは何らかのきっかけで魔法が発動した。その反動で混乱が生じた、もしくは魔法自体にランダム性があり、その結果混乱が招かれたという可能性。これを否定する事は難しい。だが、今までの魔法継承者が共通して行っていた詠唱と言う行為。これが全ての魔法の発動に必要なのかは分からないが、もし仮に必須行為なのだとすればその様な詠唱を行った者はいなかったと断言できる。俺達は息を潜めてテントの中、暗闇で待機していたのだ。そんな詠唱をしていれば直ぐに分かる。

更に付け加えるなら、もし仮に最後の魔法継承者が見つかったのならその継承者はテントに呼ばれるのではないか。国王が最期の継承者を確認する為に来たのだとすれば今この時間でテントに呼ばない理由が無い。しかし、俺がテントを出て以降、親父以外にテントに入っていった人は存在しないのである。もしかしたらこれから呼ばれるのかもしれないが…。

と、思考に耽っていると突如テントが開き、中から親父が出てくる。


「皆、ここに集合しろ!」


 親父の声が響く。それを聞いた小隊員が一人、また一人と親父の前に集合する。国王が来てるなんて露程も考えていないだろうからその集合に緊張感等無く、寧ろ気楽な雰囲気さえ感じる。


「お前達が奇襲を防いだ事を称える為、そしてユルシア兵の発言によって齎された混乱を収める為に国王陛下が今からお言葉を下さる。心して聴くように!」


 瞬間、先程までの気楽な雰囲気は消し飛び、瞬時に緊張と困惑を含んだ空気に変わる。当然だ。国王の話を聞くとなればエリザベートさんの様な例外を除けば先程までの態度ではいられない。その上、急にこのテントの中に国王がいる、なんて言われたら意味が分からないだろう。俺もエリザベートさんの魔法を見ていなかったら信じられない出来事だ。

 そんな空気の中、国王はゆっくりとテントの中から出てきた・


「アウトリカ国軍105隊シフル小隊員の諸君。諸君はユルシアの奇襲を一人の犠牲を出す事もなく見事に防いだと先程シフルから聞いた。今回の働きはアウトリカにとって非常に利する事である。そして、この働きは諸君等の勇敢さと聡明さがあってこそ成し遂げられたものだと余は感じている。本当に感謝する。

 そして、そのユルシア兵から様々な事を聞かされたと聞いた。その内容も聞いた。だが、安心してくれ。諸君達は誇り高きアウトリカの軍人なのだ。決して犯罪者でもなければ奴隷でもない。犯罪者の様な浅ましい者に奇襲を防ぐ事が出来たのか。奴隷の様に非力な者に奇襲を防ぐ事が出来たのか。余は不可能だと思う。故に。諸君達がどのような出自で、どのような身分なのかは諸君等の働きが見事に証明している。余は諸君等の様な兵がアウトリカに存在している事を誇りに思っている。だからこそ、諸君等には己の高潔さを忘れず、心の中にアウトリカ人としての、アウトリカ国軍としての誇りを持ってこの戦争を戦い抜いて欲しい。余は諸君等を信じている」


 国王の言葉からは暖かさが感じられた。俺達に対する全幅の信頼を感じ取る事が出来た。殆ど混乱しなかった俺ですらそう感じるのだ。激しく混乱していた人達にとってこの言葉はどれだけの救いになったのだろうか。自然と小隊の何人かが敬礼をし、それに倣うかの様に小隊全員が敬礼をする。

 それを見た国王は満足気に頷くと、親父に目線を向ける。それを受けた親父も頷き、深い礼をする。その親父の礼を確認した国王はそのままテントの中に戻っていく。

 確かに混乱を収める為に態々国王が来る必要は無かったのかもしれない。しかし、国王が直々に言葉を告げる事でこの小隊は明らかに自信に満ち、前向きになった。そういった意味では国王がここに来た意味はあったのかも知れない。そんな事を、俺は考えていた。

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