第一章-17 空腹の代償

 テントの外に出ると既にターサの姿は無く、隊長とエリザベートさんしか居ない。予め分かっていた事ではあるがそこに一抹の寂しさを感じてしまう。可能ならば傍にいて支えたかったし支えて欲しかった、なんて少し弱気な自分が顔を覗かせる。ただ、これも今の状況を考えれば当然の事である。戦争が終わったら色々伝えたい事があるな、なんて考えてしまう。


「陛下―、もう準備はいいですか?行きますよー?」

「うむ。エリザベート、頼む」


 俺がそんな感傷に浸っているとエリザベートさんが国王に話しかける。俺が粗相のないように、なんて四苦八苦しながら会話していたのにエリザベートさんはそんな事お構いなしである。こんな風に話せたら楽だったのにな、なんて思うが恐らく俺は一生こんな風に接する事は出来ないだろう。こうやって国王と会話出来るのも生まれ持った性格と胆の太さ故だろう。


「じゃあ行くからね。イアンももう少しこっちに寄ってー」

「あ、はい。分かりました」


 俺が近付いたのを確認するとエリザベートさんは満足気に頷き


「それじゃ行くからねー」


 まただ。空気が変わる。目付きが変わる。今までの和やかな雰囲気はもうどこにもない。


「これより行うは奇蹟の顕現。

我が生み出すのは無限の力。

我が宿すのは永劫の可能性

今宵限定の奇蹟の宴。

さあさご堪能あれ。

成功が約束された万能の力。

第Ⅰ魔法<魔術師マジシャン>」


 詠唱が唱えられる。隊長の詠唱とは違った覚悟を感じる詠唱。隊長の詠唱は全てを破壊し尽くす覚悟が感じられる詠唱だった。しかしエリザベートさんの詠唱は違う。絶対に成し遂げるという強い意志。失敗は許されないという不退転の覚悟。そう言ったものが含まれている。

 その刹那。時間が。空間が。光が。音が。俺の周りから掻き消えていくのを感じる。広がるのは無限の闇。でも、寂しさや怖さなんて感じなくて。暖かさだけを享受できる。そんな闇。この中に居れば全てを受け入れて貰えそうだな、なんて考えたその瞬間。

 俺が立っているのは、今朝俺が出発した地点。昨夜、俺達が決死の覚悟で潜んでいた場所。小隊のテントの中であった。


「はい、着いたよー」


 エリザベートさんがそう言って軽く息を吐く。


「イアン。早速で悪いがシフルを呼んできてくれないか?」

「は、はい!分かりました」


 そんなエリザベートさんを横目で見ながら隊長は俺に親父を呼んでくれ、と頼んでくる。テントの中でこの三人に囲まれたままでは正直息が詰まって仕方がない。そう考えていた俺にとってこの頼みは渡りに船だ。すぐさま了承しテントの外に転がり出る。

 …ふと、違和感を覚える。俺が今朝ここを発った時には確かに混乱していた小隊が、今ではかなり落ち着いている様に感じる。やはり、国王を態々呼んでまでどうにかするべき混乱ではなかったのではないか、という疑問が生じる。だが、もう呼んでしまったのだ。国王はここにいる。親父を呼んで来いと言われたし、そもそもこうなったのも親父が人を呼ぶ必要がある、なんて言いだしたのが原因だ。親父に後はなんとかして貰おう、なんて考えながら周囲をぐるりと見渡す。

 親父は直ぐに見つかった。昼飯をとんでもない笑顔で食べている。俺が今までカボットで苦労していたのになんだこの笑顔は。なんとなくではない。完全に腹が立った。


「…おい親父。隊長とエリザベートさんともう一人がテントの中に来てるぞ」

「ん?おお、イアン、戻ったのか。ご苦労さん」

「なに笑顔で飯食ってんだよ…」

「いやあ、小隊の皆を元気付けてたら腹が減ってな!」


 大口を開けて親父が笑う。危ない。もう少しで殴る所だった。


「で?もう一人って誰が来たんだ?」


 そう聞く親父の耳元に口を寄せる。流石にここに国王が来たなんて大声で言う訳にもいかない。それに親父を驚かせてやりたいという軽い復讐心のようなものもある。


「国王陛下だよ」

「…ああ、そうか」


 だっていうのに。親父は何事もなかったのかのような顔をして最後の一口を平らげている。


「…驚かないんだな」

「ん?…ああ、まあ来るとしたらその人しか有り得ないかな、なんて思ってたしな」

「分かってて俺をカボットに行かせたのか?」

「いい経験になっただろ?」

「…いいから早く行ってこい。俺はここで昼飯食べてていいよな?」

「ああ、大丈夫だ。…ああ、テントの中には誰も入らない様に伝言しておいてくれ」


 そう言うと親父は立ち上がりテントの方へ向かう。一方の俺は親父への怒りとかそう言ったものがなんだかもう全部どうでもよくなってしまい、今までの緊張から来る空腹感を癒せればそれでいいや、なんて少し投げやりな気持ちになってしまっていた。


「…はあ。分かってるなら前以て少しくらい教えろよクソ親父…」


 この愚痴は誰にも届く事はない。それでも一応は言っておく。これでもう親父への苛立ちを無かった事にする。


「さ、食うか…」


 そのまま昼飯を受け取りに行く。もう慣れたが戦地にいる以上質素な物だ。それでも飢える事は無いし、食事が出来るだけ有難い。

 ふと、この食事はもしかしてエリザベートさんが運んでいるのでは?と思い至る。小隊の運ぶ荷物は限りなく少ない。今までは移動が多いし荷物が多くても仕方ないな、程度にしか考えていなかった。だが、今思えば明らかに食事の類を運んでいる物量ではない。


「便利屋みたいにこき使われてるわ」


 エリザベートさんの発言を思い出す。もし仮に本当に食料を適宜運んでいるのであればそれは確かに激務だろう。これ以上仕事が増えるのが嫌だ、と言っていたエリザベートさんの気持ちも良く分かる。


「エリザベートさん、有難うございます」


 気付けば俺はエリザベートさんへの感謝の気持ちを口にしてしまっていた。

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