第一章-16 重圧との闘い
ターサとの会話も一段落し、俺達はテントに戻る事にした。すると、隊長が丁度煙草を吸い終わった所だった様で、火を揉み消している最中だった。
「おや、意外と戻るのが早いな。…イアン、自分を心配してくれていた女を泣かせるのは余り感心しないな」
「隊長!違います!これは私が勝手に…」
「分かっている。冗談だ。真に受けるんじゃない」
にこりともせずにそんな事を言ってくる。こうも真顔だと冗談と言われても信じ難いのだが…。
「そんな事よりも間もなくエリザベートが戻ってくる。良いタイミングだったな。この煙草を吸い終わって戻ってこないなら呼び戻しに行こうと思っていた所だ」
「それは良かったです…」
思わず苦笑。もし仮に少しでも戻るのが遅れていたら泣きそうな俺と泣いているターサを隊長が呼びに来るという冗談でも嫌な状況が完成する所だった。
と、その瞬間。不意に空気が揺れる。突如として現れる存在感。今でこそ「ああ、エリザベートさんが魔法を使って戻ってきたんだな」なんて冷静でいられるけど知らなかったら間違いなく驚いて腰を抜かしていただろう。
ああ、一回経験しておいて良かった、なんて思いながら気配のする方に顔を向ける。そしてそのまま固まってしまう。
「おまたせー。ちゃんと連れて来たよー」
なんて気楽に話しているエリザベートさんのその後ろ。発せられる厳かな空気。見事なまでの美しさ、荘厳さを見せる白髪。果てのない鋭さを見せる眼光。
国王の姿がそこにはあった。
「こ、国王陛下!?」
隊長も顔が引き攣っている。間違いなく国王の出現はイレギュラーである事が理解できる。
「うむ。余の言葉が必要だと、そうエリザベートが言っていたからな。状況も聞いた上で余が必要である、という言葉に間違いはないと判断した。故にここ、カボットに来る事にしたのだ」
「態々このような戦場にお越し頂き、感謝の言葉もありません、陛下。それでは早速では有りますが、ユルシアの奇襲により混乱しているシフルの小隊へと出向き、陛下の言葉を届けて頂けると幸いです」
「構わん。そのために来たからな。して、そこの二人が今回の奇襲を未然に防いだ二人なのか?」
国王の視線がこちらに刺さる。隊長は流石と言うべきかもう驚きを押し殺し、平常通り振舞っているが、俺はそう言う訳にもいかない。今まで写真等で顔を見た事があっても直で国王なんか見た事が無い。ルボンの本拠地で声を聴いたのが人生で最も国王と近付いた瞬間だったのだ。その国王に語り掛けられるなどどうすればいいのか分からなくなる。
「はい、こちらの二人が今回奇襲を事前に察知し、軍の被害を最小限に抑える事に貢献した二人、イアンとターサです」
隊長がそう答える。この後俺はどうすればいい?全く分からない。余計な事を言ってしまうんじゃないか。一瞬の間で思考が出口のない迷宮に入ってしまう。と同時に目が泳ぎそうになる感覚。
「只今ヘンリエット隊長に紹介頂きました。ターサ・オーランです。105隊所属のイスタウ・オーランの娘です」
すると、横でターサが自己紹介をしてそのまま敬礼をしている。流石だ。何をすべきか全くわかっていなかった俺にとっては正に救世主。俺もターサに倣う事にする。
「同じくヘンリエット隊長に紹介頂きましたイアン・アマートネスです。105隊所属のシフル・アマートネスの息子です」
すると国王は満足そうに頷き、
「今回の其方たちの動きは実に見事だったと聞いている。今後もアウトリカ国軍の為。ひいてはアウトリカ国民の為にも継続した貢献をしてくれると嬉しい」
「畏まりました。精一杯の貢献を今後も続けていきたいと考えております」
「…うむ。それで今回奇襲を受け、混乱を招かれたのはシフルの小隊だったな?ではイアン。詳しい状況説明を頼む」
「は、はい!」
やめてくれ。これ以上俺に喋らせないでくれ。そろそろ緊張で心臓が爆発しそうだ。この戦争で緊張にも慣れてきたとは思っているがこの緊張は全くの別物だ。誰か助けてくれ。
「そう言う訳でしたら、陛下。私達は一度テントの外で待機致します。エリザベートにターサを元の小隊に届けて貰う必要がありますので」
「了解した」
誰も助けてくれない様だ。「では」なんて言って隊長とエリザベートさんはもうテントから出ようとしている。
「おい、陛下を呼んで来いなんて言ってないだろう。書状で良かったのだぞ?」
「あれ?そうだっけ?陛下を呼んできて欲しいって言われてた気がしたんだけどなー」
聞こえてるぞその会話。目の前の国王も苦笑してるぞ。それで良いのか継承者。それで良いのか隊長。
「…それでは私も失礼致します」
「うむ、重ねて言うが今回はお前の動きに非常に助けられた。感謝しているぞ」
「有難きお言葉。感謝致します」
ターサもそのまま出て行ってしまう。一瞬目が合ったが、その目はまるで「災難だね、頑張って」と言っている様な哀れみとか励ましとかの感情が籠っている様なそんな気がした。
「…それでは今回の顛末についてお話させて頂きます」
もう俺も腹を括るしかない。頼りに出来る人は皆居なくなり、この場には国王と自分の二人しかいない。あとは精々粗相を極力しない様に祈る事しか俺には出来ない。
「先ず、最初に気が付いたのはカボット周辺の違和感です━━」
「━━と言う訳で、現在私の小隊は混乱甚だしい、という状況です」
やり切った。もう疲労感がこれまでの比じゃない。多分一週間進軍しっぱなしでもこれ程の疲労感を味わう事は出来ないだろう。そんな気持ち。
「成程。良く分かった。…確かにそれは余が出る必要がありそうだ」
国王も満足気だ。無事にやり切ったと言えるだろう。そこで、もしかしたら俺が抱いている疑問も今なら答えて貰えるんじゃないか、と。少し気が大きくなっていた。
「陛下。質問を一つしても宜しいでしょうか」
「許可する。なんだ?」
「この混乱は一時的なものではないかと私は考えています。故に、陛下が態々危険を冒してまで直接言葉を届ける必要はあるのでしょうか」
「…その質問なら、必要がある、という答えになるな。これ以上は伝える事は出来ん。申し訳ないがな」
「…私の質問に答えて頂き、有難うございます。陛下が必要である、と仰るのであればそこに異論は御座いません。新兵の身で過ぎた質問をしたご無礼をお許しください」
「なに、構わない。今回のイアンの働きは素晴らしい物だ。だからこそのこの質問だろう。答えたい気持ちはある。しかし出来ない余を許してくれ」
「滅相もありません」
思わず頭を下げる。陛下が危険を冒すだけの理由はまるで見当がつかなかった。しかし、今回の返答で話す事が出来ない、という情報は得ることが出来た。
つまり、俺達の様な一般兵に話すと問題がある出来事。要は軍の機密と言う事なんじゃないか、と言うのは予想出来る。要は魔法絡みだ。そして、俺は全く魔法について知識が無い。故に。俺がこれ以上聞いても無駄だ、と言うのは理解出来るのだ。だから、俺はここで話を終わりにした。
痛い沈黙が俺と国王の間に流れる。早く隊長達に戻ってきて欲しい。切実に。というか。ターサを小隊に戻すだけにしては時間がかかりすぎなんじゃないのか?そんな気もする。早く戻ってきてくれ。頼む。
そんな俺の想いが通じたのだろうか。テントの入口が開く音がした。
「大変お待たせ致しました、陛下。只今エリザベートがイスタウの小隊から戻ってきたので陛下をシフルの小隊に送りたいと思います。準備は宜しいでしょうか?」
今なら隊長の声すらも天使のラッパに聞こえる。救世主だ。この重苦しい空気は俺には荷が重すぎる。
「余は何時でも構わない。イアンも準備は出来ているか?」
「はい、陛下。直ぐにでも向かえます」
そう返答する俺の声は、この数十分の中で最も軽いものだった。
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