第一章-14 三個目の魔法

 親父とそんな会話をしているとテントの中から物音が聞こえてくる。このテントの中は先程親父が入る前は誰もいなかったし、親父が出てきた後は誰も入っていない。瞬間移動が出来る、という前情報もあるし、恐らくその魔法継承者が今このテントの中に来たのだろう、という予想は出来る。


「ああ、来たみたいだな」


 親父はそう言うとテントの中に入っていく。どうするか一瞬考え、俺も親父に倣いテントの中に足を踏み入れる。すると、そこには小柄な女性が立っていた。黒髪で毛先は金。その毛先は綺麗にウェーブしている。


「紹介しよう。この人は第Ⅰ魔法の継承者。エリザベートだ」

「よろしくねー。で?シフル?この人は?」

「俺の息子、イアンだ。今回奇襲を防げたのはこいつの働きが大きかったんだぞ?」

「あー、はいはい。息子自慢は後で聞くね」


 そういうとエリザベートさんはこちらに向き直る。


「改めて自己紹介するね。私はエリザベート。第Ⅰ魔法の継承者よ。便利だからって言う理由でまるで便利屋みたいな感じでひたすらにこき使われてるわ。戦争が始まってからずっと仕事しっぱなしでね。そろそろ休みが欲しいって上に直訴してやろうかと思ってるのよね」

「は、はあ…。えっと、イアンって言います。シフル小隊長の息子です」

「固くならなくていいよー。そういうの面倒臭いし。で?この子をカボットまで運べばいいの?」

「ああ、その上でもしかしたら更に色々動いて貰う事になるかもしれんが、まあそれはそれだな。とりあえず一回カボットに運んでくれ」

「え、更に仕事増えるかもなの?嫌なんですけどー」

「まあそう言うなって…。頼りっきりなのは悪いがエリザベートが唯一の頼りなんだからさ」

「ま、戦争するって言い始めた時点でこうなる事は予想できたけどねー…。にしても辛すぎるわ…」

「ははは…」


 俺は乾いた笑いを出す事しか出来ない。親父も似た様な顔をしているから恐らく考えている事は同じだろう。


「ま、いいわ。とりあえずちゃっちゃと運んじゃうね。んじゃシフル。息子さん借りてくね」

「ああ、頼んだ。…イアン。頼んだぞ」

「何が起こったのかはしっかり伝えてくるさ。…ところで誰を呼んでくる事になるんだ?」

「それはもうこちらで手配してあるから心配するな。エリザベートが何とかしてくれるさ」

「何とかするって言うには重大すぎるんだけどねー。まあいいわ。さ、行くわよ」

「じゃあ俺は外で待ってるからな」


 そう言うと親父はテントから出ていく。今テントの中には俺とエリザベートさんの二人しかいない。


「しっかし今年の新人達は優秀ねー」

「…?どういう事ですか?」

「シフルの話だと貴方が奇襲に気付いたって事じゃない?でも貴方の他にも昨日の段階で奇襲に気付いていた新人がいたのよ。シフルの隊が危ない、今晩にでも襲われるかもって言ってきてね。流石にその日の内に襲われる事も無いだろうし日が昇ったら見に行くからーって言ってたのよね。そしたら今朝シフルから奇襲してきた敵兵を捕虜にしたって連絡が来るものだから吃驚しちゃったのよねー」

「その新人って…?」

「その子もカボットに呼んであるから直ぐに会えるわ。じゃあ、少しの間黙っててね?」


 その発言と共にエリザベートさんの雰囲気が変わる。今まで纏っていた緩い空気感が無くなり、テントの中を張り詰めた空気が満たしていく。


「これより行うは奇蹟の顕現。

我が生み出すのは無限の力。

我が宿すのは永劫の可能性

今宵限定の奇蹟の宴。

さあさご堪能あれ。

成功が約束された万能の力。

第Ⅰ魔法<魔術師マジシャン>」


 詠唱が終わったその瞬間、俺の目の前から光が消える。音が消える。時間が消える。空間が消える。

まるで何もない真暗闇に放り出されたかのよう。しかし、それでも不思議と暖かい感覚がして。まるで黄金に輝く太陽の下にいるかの様な感覚。

テントの中に居たのに不思議だな。なんてそんな事を考えたその刹那。

目の前にカボットの街並みが現れた。




カボットの街並みは相変わらずだった。一週間が経過した今でもまだ空気は澱み、まるで怨念がそこに留まり続けているかの様な錯覚さえ覚える。先程まで包まれていた暖かい感覚とは真逆の感覚。その差だけで俺は少し身震いしてしまった。


「さ、着いたよ。ヘンリエットの所に行こうか。…って大丈夫かい?」


 横を見るとエリザベートさんが何事もなかったかの様に立っている。エリザベートさんが使用した魔法なのだから当然だし、先程の話からしてもエリザベートさんはこの魔法を何回も使っているのだろう。しかし、俺は魔法の力をこの身体で経験するのは初めてだ。


「す、すいません。ちょと魔法が凄すぎて放心してました…。」

「ああ、そういう事。なにか不手際でもあったのかと思ったよ。もう一人の新人は大丈夫だったから君も大丈夫だと思ってたけど初めての魔法だとそうなるよね。私も最初そうだったよ。ちょっとだけ待つから深呼吸しな?」

「ありがとうございます。…もう大丈夫です」


 俺は手早く深呼吸をして呼吸を整える。なんか前にも深呼吸しろって言われた事があった様な気がして少し苦笑い。俺って落ち着けなさ過ぎるんじゃないだろうか?


「何笑ってるんだい?」

「いや、前にも他の人から深呼吸を促された事があったなって思い出しただけです」

「ふーん…。まあいいさ。じゃあ行くよ」


 そう言うとエリザベートさんは前に歩き出す。俺もそれに倣い後ろを追う。エリザベートさんの行く先を見ると、そこには前は無かった大きなテントが出来ていた。恐らくそこに隊長がいるのだろう。


「ヘンリエットー?新人君を連れて来たぞ」

「ああ、エリザベートか。助かった。じゃあそのままこれを持ってルボンに向かってくれ」

「おいおい、休む時間もくれないのかよー」

「いいから早く行くんだ」


 テントに入り、エリザベートさんが俺を連れて来た旨を伝えるとそのまま次の仕事を言い渡されている。なるほど。休みなしと言うのは本当らしい。まあ、この魔法は便利が過ぎるから多用したくなる気持ちも分かる。そんな事を考えていると俺にも声がかかった。


「さて、イアン。お前の小隊に何があったのか話して貰うぞ」

「は、はい!先ずは━━」


「━━と、言う訳で奇襲は未然に防ぎました。しかし、小隊の混乱は甚だしい、という状況です!」

「なるほど、よく分かった。うむ、大体シフルの言っていた通りだな。そして、お前の危惧した通りだったな」


 そう言うと隊長は後ろを振り返る。そこには。俺も良く見慣れた金色の髪の毛。心配そうに俺を見つめる綺麗な蒼の目。幼馴染のターサの姿があった。

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