第一章-12 嘲り

 日も暮れ、周囲は既に闇に吞まれている。今日俺と親父が至った結論━━伏兵がいる可能性がある━━については既に小隊の中で共有しておいた。そして、今夜の過ごし方についても。

 俺達はあえて気を抜いた様子を見せる事にしたのだ。大きな声でユルシア侵攻の順調さを誇り、ユルシアは大したことないと煽り、魔法があるから負けないと騒ぐ。俺達の小隊に魔法継承者がいない、という事も忘れずに示唆する。そして、バラバラに眠る。

 全てのお膳立てはこちらで行った。ここまで気を抜き、隙を見せ、煽ったのだ。もし仮に伏兵が存在し、こちらを襲う機を伺っているならばこれ以上ない好機。ここで奇襲が無いならば伏兵などいなかったと結論付けてもいい、そんな隙。

 襲われる前提の夜。確かに俺と親父で発案し、実行している作戦だが、それでも俺の心臓は早鐘を打ち、汗は止まらなかった。

 一歩間違えば小隊全滅は必至。奇襲に備えられる、というアドバンテージは存在するが、それでも地の利、という大きなアドバンテージは敵にある状況。どちらにせよ奇襲されるなら今の状況の方が間違いなく生存率は高い。それでも圧倒的に不利。厭な作戦だな、なんて心の中で独り愚痴を吐く。そんな時。外から物音が聞こえてくる。


来た。間違いない。今日はこの作戦を行う上で外の見張りを外している。故に小隊員は全てテントの中である。即ち外からの足音は敵の足音、という答えを直ぐに弾き出す事が出来る。テント内の他の隊員に合図を送る。少し鼻を鳴らすというシンプルな合図。このテントの中は暗闇で、寝ているという誤解を植え付けるためにも明かりは点けることが出来ない。だから寝てたとしても不自然ではない程度の音を合図にする必要があった。その合図を受けてテントの中の空気が張り詰める。戦争が始まってから緊張は多く経験してきたが、その中でも今回のは特別だ。魔法継承者が不在の上に直接的な生命の危機。緊張の糸が痛いほど張り詰めている。横で人が立ち上がる音がする。親父だろう。何人かが微かに動いた気配がした。俺も見えないながらも親父がいるであろう方向に顔を動かす。出撃の合図。それを待つ。


「行くぞ!迎え撃て!」


 親父が吠える。瞬間。俺達は雪崩の様にテントから外に出る。後ろで光が灯る気配。周囲は暗闇である。故に、この光は俺達の視界も眩ませる。しかし、それは敵も同じである。寧ろ、俺達とは違い真正面からその光を浴びる事で俺達よりも網膜に深刻な影響を与える。




「でもさ、奇襲に備えるって言ったってどうするんだ?」

「簡単だ。夜に隙を見せて襲わせる。そこを返り討ちにすればいい」

「いや、親父は簡単に言うけどさ…。ここら辺一帯は街頭もない真暗闇だぞ?地の利が敵にある以上それは難しいんじゃないか?」

「なあ、イアン。お前はアウトリカのルボン周辺の地理は完全に把握しているか?」

「…いや、完璧じゃないな。それがどうした?」

「それは敵も同じだろう、という事さ。俺達よりも地の利があるのは間違いない。しかし、完璧ではない。その上で奇襲をかけるとしたら夜が効率的だ。ならばどうする?」

「どうするって言ったって…」

「答えは簡単だ。暗闇でも目が見える様にするだけだ。暗視ゴーグルなんかを使ってな」

「そんなもの使われたら勝ち目無いじゃないか」

「いや、そこを逆手に取る。暗視ゴーグルはな、闇には強いけど光には弱いんだよ」

「…ああ、なるほど。でもそれは敵が暗視ゴーグルの類を装備している前提だろ?もしそんなもの使ってなかったら?」

「関係ないだろう。どちらにしろ暗闇で強烈な光を正面から浴びれば目なんて使い物にならなくなるさ」

「それ俺達も同じじゃないか…?」

「俺達の背後から光を出すに決まっているだろう。多少は支障が出るかもしれないが正面から受けるよりはかなり軽減される筈さ」




 昼に親父と交わした会話。それを思い出さずにはいられない。目視可能な敵は二十人程。その全てが目に暗視ゴーグルと思われる物を装備していた。そして、突如雪崩出てきた俺達に気を取られこちらを向き、そのまま光の餌食になった。

 そこからは早かった。俺達が最早動く事の出来ない敵を縛り上げ、一か所に纏めるのに時間はかからない。

 纏め上げる作業が一段落したら再度警戒。周囲にまだ敵が残っており、かつその数が多いなら今の状況を変える為にも襲い掛かってくる事は十分に考えられる。しかし、一時間経っても敵の物音はしなかった。


「各員、警戒を解いて問題ないぞ!」


 親父の声がする。それと共に空気が変わる。地面にへたり込む者、近くに居る人とハイタッチをして喜びを露わにする者。その態度は様々だったが、今この場に緊張の文字は無く、皆安堵と歓喜に包まれていた。魔法継承者がいなくても自分達はユルシアに対抗する事が出来る。奇襲を退けることが出来る。その事実が嬉しくて。俺も気が付いたら両の手を月に目掛けて突き上げていた。


「各員、今日は休め。俺が見張りを行う。安心して寝てくれ」


 親父がそう告げると隊員は口々に見張りを変わると申し出る。自分達を勝利に導いた小隊長を寝させないなんて自分が許せない、と。恐らくそれ以外に今の興奮状態では寝付けない、というのもあるとは思うが。


「いや、そう言われてもな…。俺は小隊長だ。お前達の命を守り抜く必要があるんだ。それに今捕えた奴等の監視もある。お前達に負担をかける訳には…」

「親父、いいんじゃないか?隊員は皆、俺も含め親父には感謝してるんだ。このまま進軍してたら俺達に待っていたのは死だっただろう。それを未然に防ぎ、敵を捕らえられたんだ。そんな親父に対する感謝を無下にするのも隊長として良くないだろう?」

「…そうか?そういう事なら…まあ、いいか。本当はお前達には負担をかけたくないんだがな」

「まあ気にするなよ。それとも俺達の見張りや監視は信用できないか?」

「いや、そんな事はない。…まあ、そうだな。今回はお前達に任せる事にする。何か怪しい物音を聞いたらすぐに俺に伝えろ。寝てたら叩き起こして構わない。あと、そこに転がしてある奴等が自殺しない様にしてくれ。貴重な捕虜だ。情報も聞き出せずに死なれちゃ勿体ないからな。猿轡でも噛ませておけ。あとは、そうだな。無理だけは絶対にしないでくれ。各自で休憩はしっかり取ってくれ」


 そう言うと親父は「あとは任せた」と手を上げテントの中に戻っていく。それを見送り、残った隊員でローテーションを決め、順番に見張りと捕虜の監視を行う事にした。小隊の空気は明るく、自信に満ちていた。それは俺も同じであり、自分の中に自信が湧いているのを感じることが出来た。

だが、気になる点はあって。何故か捕虜の目まで若干笑っている様に感じられたのは俺の気持ちが昂っていたからなのだろうか…。




 翌朝。俺達はローテーションを無理のない範囲で組んでいたこともあり、普段よりも短い睡眠時間であったが、それでも疲れは感じず、寧ろ晴れやかな気持ちで朝食を食べていた。今日は捕虜から情報を聞き出す、と親父が先程言っていたから今日は進軍はしないのだろう。だからこそより気持ちに余裕があった。


「よし、皆食べ終わったな?今から捕虜への尋問を開始する。周囲の警戒を任せた隊員達はそちらに向かってくれ。残りは俺と来てくれ」


 親父が立ちあがりそう発すると隊員は各自動き出す。俺は警戒ではなく尋問の方に向かった。捕虜達が何をするか分からない、という理由で当然こちらにも人員を割く必要があったのだ。

 そのまま捕虜達を纏めている地点に向かう。そして猿轡を外す。その一連の動きの中で確信した。「触るんじゃねえ」と嫌がる素振りは見せるが、やはり捕虜達は笑っている。厭な予感がする。何かを企んでいる様な。そんな感覚になる。


「お前達の命は俺達の手の中にある。それは理解しているな?お前達が正直に答えるなら殺しはしない。アウトリカに送り、奴隷という立場にはなるが生き延びる事を保障しよう。だから俺達の質問には正直に答えろ」

「…はは、ははは、はははははははは!」


 親父がそう言った瞬間。捕虜達は一斉に笑い始める。それはまるで嘲笑。嘲りの大合唱。不気味でしかない。こいつらが何に笑っているのかが理解出来ない。


「何を笑っている!今すぐにやめろ!」

「おいおい、聞いたか?奴隷にする、だってよ!」

「自分が奴隷の癖に冗談だろ!」

「所詮ただの犯罪者の集団の癖に何気取ってるんだって話だよな!」

「何を言っている!やめろ!」

「お前達は所詮その程度なんだよ!」

「奴隷同士で殺しあうのが関の山の癖にな!」

「お前達如きが俺達ユルシアに勝てる訳なんてないんだよ!」

「せいぜい同レベルの奴等で乳繰り合ってな!」

「お前達は忘れてる様だから特別に教えてやるよ!お前達は俺達ユルシア人の下で馬みたいに死ぬまで働かされるのがお似合いの劣等人種なんだよ!」

「じゃあな!あばよ!劣等共!」


その瞬間。目の前でモノが爆ぜた。襲い掛かる轟音。巻き上がる土煙。

目の前に残るのはヒトだったモノの一部。

一斉に大きな衝撃が襲ったことが分かる地面のクレーター。

そして脳裏にこびりつく捕虜達の嘲笑。

目の前にいた捕虜達は一人残らず。

こちらを莫迦にした笑顔を顔に張り付けたまま。

隠し持っていた爆弾でモノに成り果てていた。

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