第一章-11 血の繋がり

 この街が緋に包まれてから一週間。ほぼ全ての建物が黒色に姿を変えている以外はまるで何事もなかったかのようにこの街はここに存在していて。ただ、空気には怨念が詰まっているかのように感じて。そんな所に俺達は拠点を築いていた。

 あれから俺達105隊は小隊に分かれて周囲の偵察を中心に活動した。曰く、大昔の地図なら残っているが現在の地理は分からないから慎重に動く必要がある、らしい。その小隊ではターサと俺は別々になり、俺は親父を小隊長とした隊に振り分けられていた。今日もその活動の一環で街から北西方向に向かっていた。


「なあ、親父。今まで一週間まるでユルシアの街も軍も見かけてないけどこれっておかしくないか?」

「ん?…ああ、まあ、こんなもんなんじゃないか?街が無いのは少し驚いたが」

「…?どういう事だ?」

「そうだな…。実はユルシアにも魔法に関する資料はあるはずなんだ。だからこそ、向こうから動くに動きにくいのだろう。俺達はまだヘンリエットの第Ⅶ魔法とレーシュの第ⅩⅠⅩ魔法しか見せてない。第Ⅷ魔法や第ⅩⅤ魔法、第ⅩⅥ魔法辺りの事を考えたら迂闊に攻められないさ。まあ、メリアに向かってる隊ももう魔法使って上陸してるだろうしもしユルシアとメリアで情報が共有されたらある程度作戦は練れるだろうけどな。それまでは手出しなんかされないさ」

「…まだそんなに凄い魔法が残ってるって事かよ…。じゃあ、街が無いのに驚いたってのは?」

「いや、俺達が今拠点を置いてるあの街、カボットって言うんだけどな。カボット自体はアウトリカが持ってる大昔の地図にも書いてあるんだ。ただ、分かる通りカボットはユルシアの南東の端っこにあってな。大昔の地図だと周りに街は無かったんだ」

「なら街が無いのは別に普通なんじゃないのか?」

「隣町が遠すぎるんだよ。アウトリカが持っている地図は大昔って言っても約二百年前の代物だ。二百年の間、カボットを交通の便が不便なまま置いておくか?壁が海岸沿いにあったとは言えど貴重な海岸沿いの街だ。周囲に街の一つや二つくらいは出来てると考えてたんだけどな」


 …確かにそれは不思議な話だ。今俺達は少しずつ拠点の中心から離れ、安全圏を広げているが、それで一週間も街が見つからない程だ。それはまるでカボットが他の街から隔離されているかの様に。思えば、カボットの街の人々は街が灼熱に包まれている間にも逃げ出そうとはしていなかった。全ての住民が立ち向かってきたのだ。それはカボットから逃げても逃げきれない、と言う事が分かっていたからだ、と仮定すれば納得が出来る。まあ、それにしてもそんな不便な所に住んでいたのは不思議だが。


 …待てよ?何か違和感がある。ここまでの思考が恰も誘導されているかの様な違和感。


「なあ、親父。もしカボットへの上陸が不可能だと判断したら他に上陸の当てはあったのか?」

「いや、無いな。アウトリカの持っている情報で一番上陸が安全に行えそうだったのがカボットだし、それ以外はほぼ不可能だろう、という結論になっていた。だからこそレーシュをこちらに呼んで無理矢理上陸したのさ。それがどうした?」

「いや、少し待ってくれ…」


 つまり、アウトリカは最初からカボット以外に攻める事は無かった。その判断は持っている地図から得た結論。しかし、もし仮にユルシアがその地図がどのような地図か知っていたら?いや、知らない訳が無いだろう。何せ自分の国の地図なのだ。ならば…。ユルシアはアウトリカが攻めてくるならカボット、という結論を得る事が出来たのではないか?そう考えたら全てが納得できてしまうのではないか?

 カボットの地理。逃げ出さない住人。そしてまるで全てを拒絶するかの様な巨大な壁。それら全てが繋がってしまうのではないか?

 …しかし、考えれば考えるほど有り得ない、と否定したい気持ちが俺の中で大きくなる。だって、攻められるのがカボットだって予想してたと言う事は。カボットの周りに街を作らず、逃げ出せない様にしていたと言う事は。つまり、カボットの街は最初から囮で。カボットの住人達は全て何時か犠牲にされ見捨てられる事が確定していた。ユルシアはカボットの住人の命を切り捨てる事を是とする作戦を何年も前から立てていたという事だ。…許せない。確かに、その命の火を消したのは俺達アウトリカだ。だが、それでも。多くの自国民の命が散らされることを前提とした作戦なんて非人道的が過ぎる。カボットに住んでいた人達に同情すら覚えてしまう。…そんな事を思う資格なんてないのは分かっているが。

 まあ、とりあえず今思いついた事は親父に伝えるべきだろう。これを俺の妄想と切り捨ててくれるならそれはそれで有難い。


「なあ、親父。今考えてたんだけど━━」




「━━って訳であんまり信じたくないけどカボットは囮だったんじゃないかなって」

「…そうか。確かにそれは一考の価値がありそうだ。…そうか、逃げていかなかったんだな、カボットの人達は」

「なんだ?親父も見ただろ?」

「いや、俺はあの時他にやる事があってな。街の中の状況までは見れてなかったんだ」

「…そうなのか?まあ、誰も逃げていこうとはしてなかったな。全員立ち向かってきたよ」

「…そうか」


 親父はそう言ってなんだか少し悲しそうな顔をする。


「なんとも、悲しい物だな。逃げられない街に閉じ込められて。国からは助けてもらえず。ただ俺達に蹂躙されるだけ、か。俺達にそんな事を思う資格はないのかもしれないが、同情するな」


 思わず少し驚いた。俺と全く同じ感想じゃないか。こんな事で実感するのも癪だが、やはり親子なんだな、なんて事を感じてしまう。


「それで?もし仮にカボットが囮だったとして、だ。ユルシアはどう動くと考える?」

「…ユルシアはここまでの犠牲を払って俺達をカボットに上陸させた。そして今、俺達がこうやって偵察を行っている事も予想できるだろう。なら、罠を張る、なんてのは簡単なんじゃないか?」

「…間違いないな。俺達はここまで来るのに一週間もかけている。それだけあれば罠を張るなんて造作もないだろう。それに、どこの小隊に魔法継承者がいないのか探るのも」

「…ああ、つまり」

「俺達の小隊は狙われる可能性大って事だな」

「親父!今すぐ引いた方がいいんじゃないか?」

「いや、それは愚策だな。今から引き返しても安全な地点に到着する頃には深夜だ。暗闇の中で俺達とユルシアの兵。どっちの方が有利に立ち回れると思う?」

「それは…間違いなくユルシア側だな」

「そういう事だ。それに今から不自然に引き返すのは勿体ないと思わないか?」

「ここまで来たのに、って事か?そんな事言ってる場合じゃないだろ?」

「いや違う。俺達が罠の可能性に気付いた、とユルシア側に悟られる事がさ。今俺達は馬鹿みたいに敵の思惑通りに進軍している。それを見たユルシアの兵は油断するのさ。『ああ、こいつらは俺達の掌の上だ』ってね」

「…ああ、なるほど」

「俺達が罠の可能性に気付いたなんてご丁寧に敵に知らせる必要なんて皆無さ。寧ろ、俺達は気付いていて敵は気付いていない。このアドバンテージを活かさない手はない。罠があるって分かってるならどこにあるのかを気にして進めばいい。それを返り討ちにしていこうじゃないか」

「…まあ、このまま戻ってもどこかしらで襲われるだけってのは理解できるからいいんだけどさ」

「ああ、これから注意しながら進まなくてはな!」

「…親父、そういう細かいの苦手だろ…」

「そんなの俺の分までイアンが働けばいいだろう!期待しているぞ!息子よ!」

「はあ…」


 思わず溜息が出る。横で大口を開けて笑っている親父の姿を見て、ついさっき親子なんだな、なんて思った事をもう後悔し始めている自分がいる。


「まあ、親父と組む時点で分かってたけどさ…」


親父と組んだのが俺で良かった、と心の底から思う。

もしターサだったら心労で倒れてただろう。

それに、後悔はしているけどなんだかんだ親子なのだ。

俺の考えも分かってくれるし、親父の考えもなんとなく分かる。

それはとても心強くて。

まあ、親父の為に頑張るか…、と。

諦めに近い感情で親父の方を見つめるのだった。

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