第一章-10 瞳の奥で
どれくらいの間そうしていたのか分からない。俺は自分の中の罪の意識が。やり場のない感情が。そう言った全てのモノが泪を流していれば一緒に流れ出ていくような気がして。泪を止めることが出来なかった。
「さ、イアン。105隊の所に行きましょ。多分もう皆集まってるわ」
「あ、ああ…」
俺が落ち着くのを待ってくれていたんだろう。ターサが俺を促す。でも、俺が立ち上がる時に差し伸べてくれたその右手。それを掴むことは出来なかった。
そのまま街の中心部に向かう。そこには105隊と104隊がそれぞれ別の場所で集まっているのが見えた。そして、そこまで歩いている時に気付いてしまった。もう既に街から熱が消えている。思えば、この街に突入する前。あの壁を溶かした時も炎は唐突に消えた。炎を温度や位置、規模を問わずに発生させ、消すことが出来る。あくまで想像だが、104隊の隊長━確かレーシュと呼ばれていた━はそう言った魔法の継承者なのだろう。今なら親父がヘンリエット隊長よりも上と言っていたその評価が正しいことが分かる。基本的に動物は炎を相手にしては何もできない。対象が何であろうと関係なくその生命を奪う炎を操るのは隊長より確実に上だ。加えて。隊長はその魔法の性質上兵器や武器と言ったものを周囲に用意する必要がある。しかし、この炎を操る魔法は恐らくそう言った準備を必要としないのだ。
そんな事を考えていたら隊員が集まっている所に辿り着く。
「105隊ターサ、只今戻りました!」
「105隊イアン、只今戻りました」
隊長の前に行き、帰還を報告する。
「ああ、やっと戻ったか。お前達で最後だ。…怪我は?」
「イアン、ターサ。両名無事です!」
「ああ、それは良かった。それに比べて…」
隊長が人がより多く集まっている所に目をやる。
「相手が一般人だからって油断した腑抜けも多くてな…。これからが思いやられる。今回で凝りてくれれば良いのだがな」
その隊長の視線の先。そこには数名の怪我人が寝かされていた。その中に見覚えのある顔を見つけて血の気が引く。
「まあ、一旦はここを拠点として活動する。その間私達105隊はこの街付近の地形把握を行っていく事になる。今日はしっかり休むと良い。質問はあるか?」
「地形把握、というのも隊全体で行うのですか?」
「いや、それでは多少目立ちすぎるからな。小隊に分けて行う事になる。その小隊に関しては明日以降伝える」
「分かりました。有難うございます。…イアンは?」
「いや、俺は今の事が聞けたら十分です」
「そうか。それでは」
そう言って隊長は歩き去っていく。それを見届けてすぐ、俺は怪我人達の所へ早足で向かう。
「おい、リース!大丈夫か!?」
「…ああ、イアンか。僕は大丈夫だよ」
「でも!右腕が!」
そこに横になっているのはリース。そのリースの右腕には包帯が隙間なく巻かれている。そして。その包帯に今も尚現在進行形で広がっていく紅の染みが怪我の凄惨さを物語っている。
「いや、相手が子供って気付いたら、ね。躊躇っちゃったみたいだ。でも問題ないよ。どうやらこの怪我も魔法で治してくれるらしい。だから心配要らないさ」
「そんな事言ったって…」
「いや、本当に大丈夫なんだ。確かに腕は痛むさ。…でもね?僕はこんな痛みを与えた塵に対する怒りの方が大きいんだ。ああ、本当に痛い。だからこそ、この痛みを僕は力に変えられる気がするよ。次は絶対に躊躇わない。容赦なんてしないさ。だから安心してよ」
そう言って笑う。…いや、無理矢理笑顔の形にしている。口元は確かに笑顔の形だ。それでも。その目は決して笑っていなくて。その真っ黒な瞳の奥底に何か澱みの様な。泥濘の様な物が感じられて俺は口を閉ざしてしまう。
「と、言うかさ。イアン」
「…ん?なんだ?」
「イアンこそ血塗れじゃないか。君も怪我してるんじゃいないかい?」
「…いや、俺のこれは全部俺の血じゃないんだ」
「…へぇ!じゃあイアンはあの塵を沢山処分したんだね!羨ましいや!」
「…ああ、そうだな。それじゃ、俺はちょっと105隊の方に戻るから。安静にして、しっかり休めよ?」
「ああ、有難うイアン。それじゃ」
そのまま足早に元居た場所に戻る。そこにはまだターサが残ってくれていた。…正直助かる。
「イアン、リースの様子はどうだった?」
「怪我自体は治せるみたいだ。ただ…」
「ただ?」
「なんか様子が変でな…。まるで別人みたいだった。ユルシア人の事を塵って言ってたし…」
「ああ…」
「…なんだよターサ。その、やっぱり、みたいな反応は」
「…リースって基本的には大人しいけど負けず嫌いっていうか…、なんかやられたらやりかえす、って言うの?そんな性格じゃない」
「ああ、そういえば…」
皆でタロットカードで遊んだ時も負けっぱなしは厭だ、とかそんな事を言ってたっけ。それでもさっきのは異常な気がするが。
「その性格が怪我した事でちょっと強く出ちゃったんじゃない?人間って追いつめられると性格が極端になったりするものだし。多分そういう事でちょっと過激になってるんじゃないかしら?」
「うーん…。そういうものなのかな…」
「それに、リースの家って元々奴隷じゃない?だから自分を傷付ける人に対しては強気に出る。そうしないと今までやってこれなかったんでしょうね。それが顕在化したっていうのもあると思うわ」
「…待て。その奴隷云々って言うのは初耳だぞ」
するとターサが焦った表情になる。
「…ああ、イアンは知らなかったのね。まあ、私は偶然聞いただけだから他の人には言ってなかったのかも知れないわね。ごめんなさい。今のは忘れて」
「あ、ああ。」
「…まあ、そういう訳でリースが怪我したら荒れちゃうって言うのはまあ分かるのよ。だから別に驚く事でもないわ」
「…そういうもんか…」
「そういう事。ほら、私達も早く休みましょ」
ほらほら、とターサは背中を押す。押されるがままに歩くが、その途中でもう一度後ろを振り返る。
リースの姿はやっぱり痛々しくて。
それで出自や性格を考えると先程のは本当に一時的なものなんだろうな、と。
そうやって無理矢理自分を納得させる。
それでも。
あの昏く、澱んだ目は。
俺の記憶から消える事は無いんだろうな、なんて。
そう思わせるのには十分な物だった。
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