第一章-9 機械ならどれだけ良かっただろう

 気付いたら、俺は駆け出していた。全てから逃げる様に。こんな事をしたのは自分ではないと駄々をこねる様に。


殺してしまった。

ただの一般人を。

撃ってしまった。

昨日までは平穏に過ごしていたであろうヒトを。

奪ってしまった。

間違いなく訪れる筈だった子供の未来を。


でも、殺さなくちゃ駄目だった?

そうしなくちゃ俺が殺されるから。

殺すのは間違っていなかった?

あのヒト達はアウトリカの敵だ。

なら、俺がやった事は間違いではない?

全てはアウトリカの為だ。

ならばここに居るユルシア人は全て殺していい?

そうだ。それが正しい。

老若男女問わず殺戮の限りを尽くすのが正しい?

…。

勝手に他人の未来を奪う事が正しい?

分からない。わからない。ワカラナイ。分からない…。


「おい、イアン!何走ってんだ?」


ふと聞き慣れた声がして前を見る。

そこにはアルの姿。

心配する様に俺の顔を見ている。


「何処か怪我でもしたのか?血塗れだぞ?」


そのアルの後ろ。

見えてしまった。

ユルシア人の子供。アウトリカの敵がいる。

その敵はアルの背後から襲い掛かろうとしていて。


そこからは早かった。

もう既に六度行われた動きはスムーズで。

七度目ともなれば躊躇いもない。

そんな自分の身体が信じられない。

まるでその為に作られた機械みたいに。

俺の腕は正確に、敵の頭を狙っていて。

確実な死を与えていた。


ドサッ、とモノが地面に落ちるオト。

アルが後ろを振り返る。


「おいおい…。子供じゃないか…。子供まで襲い掛かってくるのか」

「…」


俺は何も言えない。

無言のままモノの方へ歩み寄る。


「にしても凄いな。イアン。もう慣れた手つきじゃないか」


そんな事を言わないでくれ。


「俺も結構探してるんだけどなあ…。ユルシア人なんて見つけられなかったんだ。こんな物陰に隠れてるなら中々見つからない訳だ。早く探してこの街を制圧しなくちゃなあ」

「…まだ、誰も、殺してない、のか…?」

「ああ、イアンに先を越されたみたいだな」


そんな褒める様な口調で話さないでくれ。

そう言おうとして後ろを振り向きかける。


目に入ってしまった。

子供が飛び出してきた建物の中。

そこは、一軒家。

燃え盛るドアの先に、同じように炎に蹂躙されているダイニングがある。

そこに設置された机。周りを囲むのは四つの椅子。

机の上には皿の残骸。食べ物の残骸。

椅子の周辺には黒いモノが三つ。

大小三つのモノはヒトの形をしていて。

其の全てはまるで助けを求めるかの様に。苦しみから逃れるかの様に。

片手が天に向かって伸びていて。

中でも小さい一つはもう片方の腕に動物の形をしたナニカを抱えていて。

俺は、ここで何が起きたのかを理解してしまった。


「…うわ。そういや昼時だったな。飯でも食ってる最中だったんだろうな」


俺の視線に気付いたアルも建物の中を見てそんな事を言う。


「まあ、こんなものを見ていても仕方がない。行くぞ、イアン」

「…なんでそんなに平気なんだ?」

「こんなの覚悟出来てただろ。決意だって固めてきた。そんなの今更じゃないか?」


そうだ。

アルの言う通りだ。

だから、俺のこの気持ちは俺が甘いだけ。

間違っているのは俺。

こんな事、この後沢山起こる。

それが戦争だ。

そう理解し、俺は。


━━俺は、心を殺す事を決めた。


そのままアルと別れ、朱に染まる街の中を彷徨う。

何処に敵が隠れているのかなんて、二回の経験からなんとなく分かる。

だから、俺は。

積極的に敵が潜んでいそうな所へ向かい。


撃った。

性別なんて関係ない。

撃った。

年齢なんて関係ない。

撃った。

全てはアウトリカの勝利の為。

撃った。

敵を残したら何が起きるかなんて分からないから。

撃って、撃って、撃って、撃った。


気付けば俺の全身は紅に染まり。

鉄の嫌な臭いが全身から漂っていて。

それとは関係なく右手からは硝煙の臭いもして。

その右手は衝撃で痺れ続けていて。

耳は何回もの爆発音のせいで使い物にならなくなった。




敵を見つけられなくなってからも彷徨い続け、気付くとターサの姿がそこにはあった。


「…イアン!イアン!もう終わりだって!もう街の制圧は出来たって!」


その頃にはもう耳も音を拾い始めていた。


「もう終わり!だから…。だから早くこっち来て!」

「…」

「生きてて良かった…。イアン?大丈夫?怪我してない?血塗れだよ?」


そんなに優しくしないでくれ。

俺はただの…。


「ねえ、イアン!怪我してるの…?」

「…大丈夫だ」

「良かった…」


俺はただのヒトゴロシなんだ。

だからそんな笑顔を向けないでくれ。


「ねえ、イアン?本当に大丈夫?凄い顔してるよ?」

「…俺は…」

「なに?やっぱり怪我してるの…?」

「俺は…人殺しだ」

「え…?」

「…俺はこんなに沢山の人の命を奪った!沢山の未来を奪った!沢山沢山沢山!何回も何回も何回も!…これも、全部、アウトリカの為になってるんだよな!じゃないと…!」


その瞬間、俺の身体がターサに包まれた。


「…ターサ?」

「…イアンは人殺しなんかじゃない!イアンがそんな人じゃないのは知ってる!幼馴染だもん!…ごめんね。私がもっとちゃんと作戦の通りに出来たら良かったね。…私が何も出来ないでいるうちにイアンに無理させちゃった。ごめんね。ごめんね…」


ターサの声が消えていく。

ターサの身体は震えている。

でも俺にはどうすることも出来ない。

こんな血に汚れた両手じゃターサを抱きしめ返すことも出来ない。


「…でも、私って狡いから。私はイアンが生きててくれて嬉しいって思っちゃうの」

「…ターサ…」

「…それに、私はイアンのそんな顔好きじゃないの。今は難しいかもしれないけど。でも、色々終わったらイアンの笑顔が見たいの。笑顔が一番好きだから。…だから、私で良かったら話くらい聞くから…!だから、だから…!お願い…。そんな思いつめた顔しないで…!」

「お、俺は…。俺は…!」

「大丈夫だから。分かってるから…!何があってもずっと私はイアンの味方だから…!」


身体が言う事を聞かなかった。

俺は地面に膝をつき。

身体を限界まで震わせて。

流れる泪を拭う事もせず。

ひたすらに声にならない声で。

絶望を、悲しみを、遣る瀬無さを。

ただ、叫んでいた。

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