第一章-6 それはまるで芸術の様に

 アウトリカを出発して三日目の早朝。まどろみの中にいた俺は警告音で急に現実に引き戻される。前もって教えられていた。この警告音が鳴るというのはどういう事なのか。急ぎ着替え、甲板に出る。


「急いで持ち場に就け!ユルシアの船団とまもなく接触する!」


 そこでは親父が指揮を執っていた。前以て決められていた持ち場、甲板右前方の艦対艦ミサイルの下へと向かう。自分の仕事は次弾を用意する事だ。このミサイルはそこまで連射するものではないと思ったがそう仕事を言い渡されたので従う事にした。ターサは船内に積んである弾をスムーズに甲板に運ぶ仕事を任されていた。大変そうな仕事だな、と仕事が決まった時には少し同情なんかもした。

 そんな事を考えていると、同じミサイルを担当している一人が前方を見て叫んだ。


「見えました!ユルシア船団です!」


 俺もそちらに目をやる。そしてそのまま固まってしまった。見えるのは黒の塊。俺の想像を遥かに超える大きさの船団。20を軽く超える船団が見えてしまった。対する105隊の船は一隻。もはや対抗するのすら難しいであろう敵の戦力を見て絶望する。

 ふと周りを見る。近くに居る隊員の顔はみな絶望など微塵も感じさせないものだった。理解が出来ない。あの船団に僅か一隻で太刀打ち出来る訳が…。

 そう考えていると隊長が甲板の真ん中にゆっくりと歩いてきた。


「それで?シフル。敵の船団と言うのは見えてるアレで全部か?」

「いや、ヘンリエット。レーダーで確認した限り潜水艇もいるな」

「そうか。ならその位置も確認できるようにしてくれ」

「ああ、それならこれで確認できる」


 そう言うと親父は小型のモニター付きの機械を隊長に渡し、


「なんだ、この程度か。…まあ、私の魔法を新入りに見せるには丁度いい前座だな」

「まあ、軽く捻ってくれ」


なんて会話をしている。信じられない。あの量を見てこの程度?隊長には何が見えているのか疑問に思わざるを得ない。すると、隊長は俺の方を向く。


「イアン、よく見ておけ。これが私の魔法だ。そして安心すると良い」


 そのまま前に向き直る。


「黄金の冠よ、黄金の甲冑よ。我が手足と為れ。

我が進む道を遮る事は許さず。

我の後ろには道が出来る。

全てを燃やし尽くせ。

悉く全て破壊し尽くせ。

第Ⅶ魔法<戦車チャリオット>」


 隊長の口から紡がれる言葉。全てを蹂躙し尽くす決意を秘めた悪魔の詩。その旋律が完成したその刹那。目の前にある艦対艦ミサイルが触っていないのに旋回し始める。そして。触れていないのにミサイルが射出される。しかもそれは俺の目の前のミサイルだけではない。船の甲板に設置された全五基のミサイル。その全てが射出される。射出された五発のミサイルは空中で不思議な弾道を描きながら敵船団に向かっていく。それはまるで意思を持った生き物の様で。俺はふと、獲物を捕まえる鷹みたいだな、なんて感想を抱いてしまった。隊長の方に目をやるとつまらなさそうに片手を動かしている。それはこのミサイルを動かしているのだと、すぐに理解出来た。

 その姿はまるで指揮者。口から発せられた破壊の調べから始まる協奏曲。敵に絶望を運ぶ死の協和音。

 その破壊的でありながら、美しい指揮に見とれていると轟音が俺の耳に届いた。轟音は計六回。それに続き連続して小さな爆音が響く。前を見ると放たれた五発のミサイルは敵船団の五隻に的中していた。的確にエンジン部を破壊し、敵船に確実な死を与えていた。そしてもう一発は海の中から。轟音と共に海からは水の柱が上がり、その所々に鉄の塊が見える。


「次弾装填、急げ!」


 親父の声で我に返る。ターサ達の班によって甲板にはミサイルが準備されている。それを一つ同じ班の隊員と協力してミサイルの下へ運び、装填する。全てのミサイルが装填されたのを隊長が見届けると、右手を怠そうに挙げる。その瞬間、再びミサイルが射出される。目の前にいる御馳走に飛びつくように。我先にとミサイルが船団に飛び込んで行く。その動きには無駄が無く。ミサイルに食い潰された船の残骸のみが残り、それもすぐに海の中に吸収されていく。


死の旋律を奏でる事数回。破壊のコンサートは105隊の歓喜の声によって閉幕を迎える。目の前に確かに存在していた黒い船団は跡形も無く。たった一隻の取りこぼしもなく全て海の腹の中に吸収されていた。隊長は手を挙げて隊員の声に答える。それはまるで大喝采に答える指揮者そのものであった。そのまま隊長はこちらに目を向ける。


「分かったか?これが私の魔法、<戦車>だ。全ての兵器、武器を私の意のままに操る事を可能とする。これで我々が負けないという私の発言を信じる気になっただろう?」


 俺はそれに頷く事しか出来ない。目の前で行われた破壊的でありながら美しい舞台が俺の思考力を一時的に奪う。そんな俺を見て満足したのか隊長は船の中に戻っていく。それに倣い隊員も皆船の中へ向かい始める。


「どうだ?驚いたか?あれがヘンリエットの魔法だ」

「…なあ、親父。俺が見てたのは夢じゃないんだよな?」

「ああ、紛れもなく現実だ。最初は驚くよなあ」

「隊長みたいなのがまだアウトリカ軍にいるって事か…?」

「そうだな。まあここまでの魔法はあと二人って所かな」

「…絶対に俺達は負けない。それが理解できた。魔法があって負ける未来が見えない」

「そういうこった。だから安心して作戦に集中しろよ」


 親父の言葉に力強く頷く。最早不安は何処にもない。俺の態度から親父も俺の不安が消えた事を理解したのだろう。船の中に向かい始める。しかし、すぐに足を止め俺の方に振り返り、


「ああ、そういえばだな。さっき言った二人だが。その二人の魔法はヘンリエットのより更に凄いぞ?」


なんて信じられない事を思い出したように俺に伝えた。




 一度船団を撃破したその翌日。俺は甲板でターサと話していた。


「そういえばターサは隊長の魔法は見てたのか?」

「ええ、ミサイルを甲板に運ぶときに少しだけね。…とても信じられないけど」

「ああ、本当だ。あれを見たら負ける、なんて事は有り得ないような気がするな」

「ちょっとイアン?シフルさんにも言われたでしょ?万が一は起こり得るんだから気を抜いちゃ駄目よ。それにもしかしたら魔法はユルシアやメリアにも存在するかもしれないんだから」

「うん、ターサの言う通りだよ。気を抜いちゃいけないよイアン」

「イスタウさん!…そうですね、気が緩んでいました。気を付けます」

「そうだね、気を抜いちゃいけない。でも、だ。ターサ、ユルシアとメリアは魔法を持ってないよ。それは保証するさ」

「お父さん、なんで言い切れるの?有り得ない話ではないでしょ?」

「理由に関しては規則でね、教えられないんだ。それでも有り得ないから安心していいよ」

「さっきお父さんも言ってたじゃない。気を抜いちゃいけないって。警戒するべきじゃないかしら」

「…はは、そうだね。確かに気は抜いちゃ駄目だな。でももしユルシアにも魔法の継承者がいるなら継承者無しであれだけの船団を寄越した事が不思議じゃないかい?ユルシアだってリソースは無限じゃないんだ。あれだけの船団を用意して勝てる策を用意してませんでした、という訳はないだろう?」

「それはそうだけど…」

「…ターサ、分かった。俺は警戒する事にするよ。それならターサも安心だろ?1人も警戒していない様なら奇襲だって受けやすくなるからな」

「…ありがとう、イアン。うん、警戒してね」

「…杞憂なんだがな。まあ、確かに警戒に越したことはないか。ターサ、イアン。2人はもしユルシアに魔法継承者がいたときは頼りにする事にするよ」


 そう言うとイスタウさんは甲板にいる他の隊員に声をかけに行く。


「全く。気を抜くなって言っておきながら自分達も気を抜いてるじゃない」

「まあまあ、イスタウさんも確信があるみたいだったしね。でも俺はターサの言う通り警戒する事にするからさ。それで今は納得してくれないか?」

「…分かったわ。ねえ、イアン。絶対に警戒し続けてね?」

「…おう、もちろんだ」


何故かそう言ってくるターサの目は酷く不安気で。

まるでユルシアに魔法継承者がいると確信しているみたいで。

俺の事を本気で案じている事が伝わってきて。

ターサの不安を取り除く為にも警戒はし続けようと。

俺にそう誓わせるのには十分だった。


そして。

それと同時に思い出すのはドニーに向かう途中に見たユメ。

その中で響いた旋律は。

隊長の口から紡がれたモノとは違ったが。

それでも破壊的な響きは同じ気がして。

あんなユメの通りになるとはとても考えたくはないが。

それでも。

もしかしたら本当にユルシアにも魔法継承者がいるのかもなあ、なんて。

そんな気持ちに俺もなるのだった。

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