第一章-4 一人目の継承者

 105隊のバスは数台あり、その中でも俺の親父、シフルとターサの父親、イスタウの乗り込んだバスに俺とターサは乗り込んだ。万が一緊急事態が発生しても指示を仰ぎやすいというのもあるし、何より軍人として先輩であり、よく知る二人が近くに居ると言う事が心強かったからである。ターサの隣に座るとイスタウさんが話しかけてきた。


「ターサ、イアン。二人とも所属初日に大変な事になったな」

「…いいのよお父さん。私は軍人になるって決めたその日にこんな事が起きるのも覚悟してたもの」

「僕もですイスタウさん。覚悟は出来てます。国を守る覚悟も。ターサを守る覚悟も」

「…イアンも言うようになったな。まあ、作戦が始まったら俺もシフルも二人を気にしながら動くことは難しいだろうし今はイアンに任せる事にするよ」

「おいイスタウ。そんなこいつにプレッシャーかけるなよ?緊張で動けなくなる未来が見えちまう。こいつは昔から臆病なんだから」

「大丈夫ですよ、シフルさん。もしイアンが固まっていても私がなんとかしますから」

「おお、ターサは頼もしいな」

「おいシフル。ターサは向こう見ずな所があるんだ…。あまり持ち上げないでくれよ…」

「なんだよ、自分の娘が信用できないのか?」

「それはお互い様だろう」

「まあそれもそうか」


 親父とイスタウさんも幼馴染の関係だ。これから戦地に向かうっていうのに今までと全く変わらない二人を見て軍に入る前の日常を錯覚する。でもここで昔の思い出に浸っていてはいけない。折角の覚悟が揺らいでしまう。そんな気がした。だからこそ昔と同じ様に会話をしたい自分を抑えこんで気になったことを質問する。


「さっきの話し方だと親父とイスタウさんはもう作戦の内容を知ってるんですか?」

「ああ、そうだな。俺も仮にも軍の所属歴は長いからな。把握はしてるさ息子よ」

「どんな作戦なんだ?」

「それはこの後このバスに乗る隊長に直接聞いた方が早いだろうな」

「ああ、俺やイスタウの説明だけでは信じられない可能性があるかもしれないからね」

「…どういうことですか?」

「おっと、俺達は他のバスに移動して作戦の説明をしなくちゃいけないんだ。お話はここまでだな」

「…お父さん達はこのバスで移動するんじゃないの?」

「違うさ。俺達は二人でこのバスに乗ればターサとイアンの二人もこのバスに乗ると思ってここに居ただけさ。それじゃあドニーでまた会おう」


 そう言うと二人はバスを降り、他のバスに移動していく。なんだか行動を読まれていた事が若干悔しい。


「…やっぱり親には敵わないわね」

「…ああ、悔しいけど」


 どうやらターサも同じ気持ちだったようで苦笑を浮かべている。それを見て深く息を吐く。その時、バスに最後の一人が乗り込み、バスの扉が閉じた。それはまるで今までの平穏な日常から締め出されてしまったような気もして。少し胸がざわついた。でも息を深く吸いなおす事で心を落ち着ける。そして最後に乗り込んだ人物を眺める。見間違えることはない。長い深紅の髪を後ろで一本に縛った女性。ヘンリエット隊長だ。

 隊長はバスにいる全員の顔を見渡す。途中で俺とターサの方を見た瞬間に少し目線が止まるがそれも一瞬ですぐに全員の顔を見終わるとバスの運転手に何か伝えている。そして再び隊長がこちらを向いた瞬間、バスは軍本部に別れを告げた。




 バスが動き始めると同時に隊長はこちらから視線を外し、外を眺めながら胸ポケットを弄る。そして慣れた動作で煙草を出すと火を点け、目を閉じた。俺はそんな隊長の姿を眺める事にした。俺達は戦地に赴くのだ。そのため隊員の大多数は身を武装している。俺も当然それに倣っている。新兵講習の初日に有事の際はこれを身に着けるようにと言われた鎧。まあ、鎧と言っても軽鎧というのだろうか?そこまで身体の動きを制限するものでもないので少しでも身を守れるなら、と言う事で着用に抵抗はなかった。しかし、隊長は全く武装していない。軍服のままである。隊長ともなると後ろで見てるだけなんだろうか。だから鎧も必要ないと言う事なのだろうか。と若干だが隊長への不信感が募る。そんな時、隊長は煙草を吸い終わり、身に着けた手袋に煙草を押し付けて火を消すと三度こちらを見る。


「それではこれから我々105隊のドニー到着後の作戦について説明する」


 車内の空気が張り詰めるのを感じた。先程親父達が作戦を知っていると言っていたからかなりの人が知っているのかと思っていたがそうでもない様だ。


「我々は所謂斥候の役割だ。ユルシアに向かう船団の先陣を任されている。その後ユルシアに上陸したら海岸拠点の維持、そして時を見て新規拠点の開拓だ。恐らく多くのユルシア軍と交戦する事になるだろう。だが、それだけだ。失敗など有り得ない簡単な作戦だ。全てのユルシア軍を蹴散らそうじゃないか」


 簡単そうに、つまらなさそうに隊長はそう述べた。瞬間車内の空気が変わる。それは緊張感とは程遠く、寧ろ安心しているかの様な雰囲気すら感じた。…理解が出来ない。間違いなく危険な作戦だ。それなのにこの安堵した空気はなんなのだろうか。


「質問してもよろしいでしょうか!」

「許可する」

「今聞いた内容だと恐らく軍の中でも危険な作戦であるように感じます!それを簡単だ、とおっしゃったという事はもしかして私がまだ知らされていない作戦等あるのでしょうか?」


 俺は思わず立ち上がりそんな事を口走っていた。それを聞いて隊長は不思議な顔をし、そして一人納得した顔になる。


「…クク、そうか、君は今日付けで入隊したからだな?この短時間では聞く時間がなかったか。それも仕方ないな」

「…失礼します!何のことか分かりかねます!」

「…簡単な話だ。私は魔法継承者なんだよ。第Ⅶ魔法<戦車《チャリオット》>の継承者なのさ。それで説明は十分だろう」


 そう言うと隊長は再び窓の外に視線を移し、言うべき事は全て伝えた、という態度でまた煙草を取り出し火を灯す。その姿を見て、俺も仕方なく座り直す。


「なあ、ターサ。第Ⅶ魔法ってなんだか分かるか?」

「…知らないわ。講習では魔法の存在しか教えてくれなかったもの」

「でも、この車内の空気…。まるで絶対の信頼を感じるな。安堵すらも感じられるぞ」

「そうね…。でもそれだけ魔法は凄いものって事なんじゃないかしら。…とりあえず私は信じる事にするわ」

「ああ…、そうだな…」


 釈然としないがここで隊長は信じられません!なんて叫んでも無駄なのは分かる。しかし魔法が存在すると言う事。そしてその継承者が目の前に存在するという事実が俺の頭を混乱させる。

 確かに講習で「魔法は存在する」と言う事は聞いていた。しかし、その存在を心の奥底では信じていなかった。何しろ御伽噺の中の存在なのである。そんなものを急に信用しろと言われても難しい。それに。第Ⅶ魔法とは果たしてどのような魔法なのか。それが全く分からない。だからこそ他の隊員が安心していても自分は全く心が休まらない。

加えて自分達105隊の任務は明らかに危険なものだった。アウトリカの先陣。つまり最も的になる存在である。それを任せられているのだ。また、仮に無傷で上陸できたとしてもその後は新規拠点の開拓だ。つまり、敵の国土の中を進み、拠点になり得る場所を選定し、そこを制圧すると言う事。間違いなくユルシアが抵抗する事は予想可能であるし、現地の農民なんかも抵抗するだろう。命がいくつあっても足りない。そんな任務に感じてしまう。イスタウさんが言っていた「作戦が始まったら二人を気にかけてられないかもしれない」という言葉はその通りだった。果たして俺は生きて国に帰れるのだろうか。ターサを守り切れるのだろうか。そんな弱気が頭を浸食してくる。

ふと、横を見た。ターサは信用するとは言っていたがどう感じているのかもう一度聞きたくなったのだ。

そのターサは外の住宅街を眺めていて。こちらに手を振ってくる子供達に笑顔で手を振り返していた。窓に映る不安そうな顔をしている俺とは全然違う。絶対に生きて帰る。絶対に国は侵させない。そんな決意を感じる笑顔。子供達を勇気付ける笑顔。そんな顔が窓に反射して俺にも見える。

 …思わず、見とれてしまった。横でクヨクヨと思い悩んでいた俺とは違う。覚悟を決めたばかりなのにそんな覚悟が作戦を聞いた瞬間に瓦解してしまった弱い俺とは違う。強い意志を秘めたそんな笑顔。それを見て俺もしっかりしなければ、と思い直す。何を弱気になっているんだ。いかに危険な作戦だろうと俺がすることは変わらない。絶対に死なない。絶対に国を守る。絶対にターサを守る。それだけだ。魔法なんて関係ない。俺が守り抜く。それでいいんだ。

 そうやって決意を固め直すとターサが窓に反射する俺の顔に気付く。


「どうしたの?」

「いや、頑張ろうってね。そう思っただけだ」

「…何を今更言ってるのよ」


そう言うとターサはやれやれ、とばかりに首を振りまた窓の外に視線を移す。

ああ、本当に今更だ。

ターサはずっと前に覚悟が出来ていたのだろう。

強い心を持っていた。

俺は言葉ばかりで心は弱いままだった。

多分これからも弱くなってしまう。

それは自分の事だからよく分かる。

でも、それでも。

多分だけど、今のターサの笑顔を思い出せば。

弱い俺なんてすぐにいなくなる、そんな気がして。

このターサの笑顔をずっと覚えていよう、なんて。

そんな事を考えていた。

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