第一章-2 変わりゆく国、変わりゆく日常
翌朝、俺は騒々しい廊下の足音で目が覚める事になる。もしや正式に入隊するその日に寝坊したのか?と焦り時間を確認するがむしろ普段より早いくらいで寝坊などでは決してない。それでも、じゃあ二度寝します。なんて事が許されるような状況ではない事は分かるので着替え、部屋の外に出る。そうすると、自分と同じようにたった今起きたのだろうな、という雰囲気のミゲルと目が合った。
「おはようミゲル。今起きた所かい?」
「ああ、おはようイアン。この騒ぎは一体なんだ?」
「俺にも分からないな…」
なんて話していると続々と同期達が部屋から出てきた。
「おはようございます、イアン、ミゲル。この騒ぎは一体何ですか?」
「おはようリース。悪いが俺達にもさっぱり分からん」
「この足音で目が覚めたんだ。リースも同じか…」
「ふぁ…おはようみんな…」
出てきたラフィーを見て、思わず今日も平常運転の一日なのかと錯覚する。寝起きのラフィーは恰好こそしっかりしているが、なんというか、寝ぼけてぼーっとしている様に余りにも緊張感がなかったのだ。
「お、おはようラフィー。顔とか一回洗ってきたらどうだ…?」
「んー…?ミゲル君がそう言うなら…」
ふぁ…。と欠伸をしながらラフィーはまた部屋に戻る。
「なあミゲル、もしかしてラフィーは朝弱いのか?」
「ああ、たまにいつもより早く起きるとあんな感じなんだ…。一回ちゃんと目が覚めれば平気なんだけどな…」
「慌ててる僕が馬鹿なんじゃないかと錯覚しそうでしたよ…」
そんな会話をしているとラフィーが再び姿を現す。先程までの緩い雰囲気は消え、いつものラフィーがそこにいた。
「ミゲル君。この騒ぎは何?」
「さあ、俺もこの二人もこの騒ぎで目が覚めてな。全く分かってないってのが現状だ」
「そう…」
すると、ターサも出てくる。俺はもしかしたらターサも寝ぼけてるんじゃ…なんて考えてターサの方に目をやるがターサは至って普通であり、むしろ真剣な表情だった。
「おはよう皆。この騒ぎはなんだか分かる?」
「おはようターサ。悪いが俺もミゲルもリースもラフィーもみんなこの騒ぎで目が覚めたんだ」
「そう…」
そう言うとターサは眉を顰める。
「もしかしたら、昨日私が言ったみたいに戦争が始まったのかもね…」
「いやいや、まさかそんな事…」
ないだろう。だってここ二百年以上戦争なんて起きてないんだぜ?そう言おうとした時に下の階からアルが姿を現す。そして。
「…全員起きてるな?一大事だ。今すぐ国王の所に行くぞ。戦争が始まる」
なんて事を、真剣な目をして伝えてくるのだった。
六人で軍宿舎を出て広場に出る。昨日の夜はとても落ち着いていたこの広場も今では人の動きで騒々しい。全ての人の顔が緊張に染まっていて。俺は改めて本当に大変な事が起きてしまったんだと言う事を実感してしまう。
少し広場を進めば王城が見え始め、その前で全ての隊員が整然と並んでいるのが見える。昨日までの講習の通りなら所属隊毎に整列しているのだろう。この場の全員が不安や恐怖、焦燥といった感情を抱いているだろうに整列は綺麗で統率がとれている事に驚愕する。自分達も整列すべきなのだろうが生憎と自分がどこの隊に所属しているのかなど知らない。
どうするんだ?と恐らく先に情報を掴んでいるのであろうアルに目をやる。
「ここですまないが、先程聞いておいた全員分の所属隊を教える。俺から伝える事になってしまって非常に申し訳ないがその所属に従って整列してくれ」
「こんな緊急事態だもの、仕方ないわ」
「ありがとうターサ、そう言ってくれると助かる。皆も知っていると思うが俺達新兵は二人一組で隊に割り振られる。…恐らく今日から辛く長い日々になると予想されるが二人で力を合わせて乗り切ってほしい」
申し訳なさそうな顔をして俺達に話しかける。別にこれから何が起きてもそれはアルの責任じゃないんだからそんなに思いつめなくても、と伝えようとしたがその前にアルは一人ひとりの顔を見ながら所属隊を教え始めている。
「まずはミゲルとラフィーだ。二人は107隊に所属する事になった。二人でそちらへ向かってくれ」
「了解。ラフィー、行こうぜ」
「はーい」
「次にイアンとターサ。二人は105隊だ。105隊には二人の父親がどちらも所属しているしやりやすいだろう。…何かあったら二人、もしくは親子で力を合わせて乗り越えてくれ」
「そんなに心配しなくても大丈夫よ。私がイアンを守るもの」
「それって俺の台詞…」
真面目な顔をしながらそんな事を言うターサに思わずツッコミを入れてしまう。恐らくターサなりにアルを心配して場を和ませようとしたのだろう、と言う事は分かるのでそこまで強く反応する事はしない。
「…っはは、そうだな。ターサがそう言うなら安心だな」
「そういう事。じゃ、行きましょイアン」
「おいおい…。引っ張るなって」
アルは俺達の様子を見て頬を緩ませていた。それを確認してすぐターサは俺の腕を引っ張る。俺を引っ張るその腕は少し震えていて。少し見えたターサの表情は少し不安そうで。
「ターサ、無理はするなよ?いざとなったら俺が助けてやるから」
なんて少しクサいかな、なんて自分でも思うような台詞を吐いてしまう。
「…ありがと、イアンも無理は絶対にしないでね」
そう返してくるターサの腕は依然震えたままだった。
105隊の列に着き、見様見真似で列に加わる。前を見れば親父の姿とターサの父親の姿も見えてそれだけで少し心が落ち着いた。矢張り知っている顔が近くにいるというのは安心できるものである。それはターサも同じだろうと横に並んだターサの方を見ると、まだ震えは止まっていない様だった。それを見て思わず小声で声をかける。
「…おいターサ大丈夫か?」
「…大丈夫よ」
それだけ答えるとターサは深呼吸をしている。これで少しでも落ち着くと良いが…、なんて考えていると目の前の王城の二階部分にあるバルコニー、そこの扉が開く。中から出てきたのはアウトリカに住む者なら誰でも知っている二人。国王と女王であった。また、他にも四人の軍幹部が続いて出てくる。講習で数回見たきりの顔であったが流石に間違える事はない。その中でも軍事組織のトップ、軍事長が前に出る。それだけで広場の空気が張り詰めるのを感じる。
「…長ったらしい前置きは不要だろう。要点のみを話す」
広場で整列している者の表情を見て恐らく軍事長も皆に既に情報がある程度回っていることを察したのだろう。だからこそ簡潔に話すとそう告げた。
「…我々アウトリカ王国は先程、ユルシアとメリアの二国に宣戦布告を行った。それはユルシアとメリアの二国が共謀しアウトリカに対し敵対行動を行っている事が判明した為である。既に内密に行っていた二国への調査船は撃破された。このままではアウトリカ王国の危機に繋がってしまう。それを黙って指を咥えて見ている理由は何処にもない。二国による我が国への敵意は十分に確認出来た現状、攻められるのを待つならばこちらから打って出る方が遥かにアウトリカに有利な状況で戦う事が出来ると判断した。以上が宣戦布告の理由である。今後は軍事部、警察部、司法部、開発部の全ての人員はこの戦争に向けて動いてもらう事になる。以上だ」
…まだ信じる事が出来ない。二百年以上もこんな事はなかったのに。何故それが今日起きてしまうのか。そもそも本当に敵対行動などあったのだろうか?など様々な事を考えてしまう。そんな事を考えていると国王が前に出た。
「今軍事長により伝えられた事は信じ難いかもしれないが全て真実である。余の名をもって保障しよう。そして余はこのアウトリカが蹂躙される未来など望んでいない。全ては国の為。国の未来の為。一度蹂躙された後ではこの国に平和な未来など望めないだろう。愛する国の為、愛する家族の為、愛する者との未来の為に其方等全員の命を国に預けて欲しい」
その言葉を聞いて、俺はターサの方をふと見てしまう。もしこの国が戦火に飲まれてしまったら。俺のこの想いをターサに伝え、二人で幸せな未来を送る事など不可能だろう。二人とも軍に所属している時点で仮に捕えられたら生きて帰る事は難しいであろうし、ターサに関しては女性である。仮に生きて釈放されたとしてその後無事にこの国に帰ってこれる可能性は低いだろう。負ける訳にはいかない。攻め込まれる訳にはいかない。ならばこそ。俺はこの戦争を死ぬ気で勝ち進まなければならないと。そう強く感じた。
ふと国王の方を見ていたターサがこちらに振り返るような気がした。見ていた事が気付かれるのは避けたかった俺は思わず慌てて国王の方を改めて見つめなおす。すると。
「…俺は!命を懸けてでも!この国の為に戦います!」
と。どこからか声が上がった。それに呼応するように周りから声が上がる。どの声も全て同じような内容だった。国の為に命を懸ける。そう言っているのだ。俺も思わず手を強く握りしめる。俺はターサに傷付いて欲しくないと。ターサに想いを伝えて幸せに過ごしたいと。そんな独り善がりでしかないような理由だが、恐らく他の皆も同じだろう。気付けば俺も国の為に命を懸けると叫んでいた。
「皆のその言葉に感謝する。余も死力を尽くす。そしてこの国の勝利をここに約束しよう。…それではこの後の指示は任せた」
そう言うと国王は王城に戻っていった。軍幹部も軍事長を残し他の三人は国王の後に続き王城の中に戻っていく。
「ではこれより皆には動いてもらう。軍事部所属の者は今からドニーに向かい、そこから船でユルシア及びメリアを目指す事になる。ここを解散し次第一度部屋に戻り準備を整えろ。必要なら手紙も書け。一時間後に出発する。次に警察部。警察部には国の防衛を任せる事になる。警察部も軍事部と同じ行動をしてもらう。ドニー到着後はユルシアやメリアには向かわず防衛の為の準備を行ってくれ。詳細は警察長から聞くように。司法部には今後司令部として動いてもらう事になる。臨機応変に動く為にも先ずはここ軍本部で待機して貰う事になる。こちらも詳しい作戦は司法部長に聞くように。そして最後に開発部。君達にはこれからは様々な物を開発して貰う事になる。そのため普段通りの仕事場にこれから向かって欲しい。既に開発部長が向かっている筈だ。以上。今すぐ行動に移してくれ」
それだけ言うと軍事長は王城の中に戻る。それを見届け、綺麗だった整列は崩れ、バラバラになり始める。俺も部屋に戻らないとな、なんて考えて動こうとするがその前にターサの姿が目に入る。先程まで震えていたのにもう決意が固まったような顔をしていて少し安心する。
「ターサ、もう大丈夫か?」
「…うん、大丈夫。もう覚悟は決まったから」
「そうだな。俺も覚悟は出来た。…命を懸けてでも戦う覚悟がね」
「…そうね。ならイアンは私が守るわ。だから絶対に死なせない」
「さっきも言ったけどさ、それ俺の台詞だから…」
「いいの。私が勝手に言ってるだけなんだから」
そんな会話をしていると他の四人も集まってくる。
「おーい、イアン、ターサ!お前達はどこに所属になったんだ?」
「俺達もミゲルと同じ軍事部さ。105隊だよ」
「イアン君も、ターサちゃんも同じ軍事部なんだね…。ちょっと安心かも…」
「そうね…。アル、リースの二人はどうなのかしら?」
「僕達も同じ軍事部だよ。104隊さ」
「どうやら俺達は皆軍事部らしい。…ってこれ先に伝えておけばよかったな」
「あん時は焦ってたからな。気にすんなよアル」
「そうだな、俺も気にしてないさ。それよりも早く部屋に戻ろうか」
そう言って部屋に行こう、と五人を促す。そこでラフィーが口を開く
「ところで…さっき話に出た手紙って、もしかしてなんだけどさ…」
「ああ、そのもしかしてだと思う」
アルが肯定する。俺はあえて考えないようにしていた。…元より俺には必要ないと思っていた。
「…やっぱり、遺書、って事なの…?」
その通りだろう。これから戦場に向かう為に必要な準備など殆どない。それなのに一時間も与えられているのはもしかしたら残されてしまう事になるかもしれない大切な人に遺書を書いておけ、と暗に言われているのに等しい。
ただ、俺の大切な人は。ターサは軍にいる。しかも幸いな事に同じ隊だ。俺が万が一死ぬことがあったとしても最期の言葉は伝えることが出来るだろう。それに、家族に関しても父が同じ隊にいるのだ。家族への手紙は父に任せればいい。故に。俺は何も書かずに出発するつもりでいた。寧ろ何も書かない方が生き残れそうな気も若干する。
「へ?手紙ってそういう事なのか?」
「ミゲル君…」
「ま、俺は死なないし手紙をわざわざ書かなくても平気だからいいか」
なんて一人だけ意味を分かっていない阿呆も一人いた訳だが…。
「まあ、手紙を書くのも書かないのも自由だが早く部屋に戻ろう。ここに留まっていても仕方ないしな」
「アルの言う通りだな。もう殆ど皆戻ってるしな」
アルの言葉を肯定し部屋に向かって歩き出す。そんな俺に続いて他の五人も歩み始める。
…ポツン。
頭に水滴が落ちる。
「雨か…」
足を止めずに上を見ると。
昨日の静かな夜が嘘みたいに空は雲で覆われていて。一面灰色で。
それはまるでいつまでも灰色がそこにいるような気がして。
もしかしてもう二度と蒼い空を見る事は叶わないんじゃないかなんて。
そんな感想を俺に抱かせていた。
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