第一章-1 何度でもこんな日を
「なあ、俺はソードのカードは持ってないが、どうすりゃいいんだ?」
「あぁ、大アルカナは持ってるか?」
「持ってるぞ」
俺は軍宿舎の一室で同期達とタロットカードで遊んでいた。しかし、今までカードゲームという物に触れた事が無かったので、教えてもらいながら進めている。
「それなら大アルカナを出さなきゃいけないんだ。大アルカナにも強さがあるから気をつけてね?」
こんな風に教えてくれる黒の短髪で眼鏡をかけている青年はリース。博識で面倒見もいい性格だ。
「じゃあ…これでいいか」
「おいおいイアン!それ世界だぞ!強いカードだしとっておいた方が良かったんじゃないのか?」
なんて声をかけてくる赤髪で前髪を上げた髪型をしているのはミゲル。兎に角明るい奴で、ムードメーカーみたいな一面がある。
「おいおい、そういうのは先に教えてくれよ…」
「まあまあ、いいじゃないか。イアンが世界で来るなら俺はこれだな」
「おいおいアル!何も愚者をここで出さなくてもいいだろ!」
愚者と呼ばれたカードを出した茶の短髪で筋肉質な大きな体をしているのがアレフガルド。どうやら彼が出した愚者と言うのは大アルカナの中でも一番強いらしい。豪快というか雑というか…。とにかく彼はそんな性格だ。だが今集まっているのはアレフガルドの部屋であり、皆を集めたのもアレフガルドである。出会って数日だが、アレフガルドにリーダーシップのようなものを感じる。
「まぁ、タロットカードの基本はこんな感じかな。イアン、分かったかい?」
「ああ、有難うリース。だいぶ理解できたと思う。にしてもアレフガルドはカードゲームが上手なのか?」
一回試しにやってみたところアレフガルドが圧勝していた。
「いやいや、偶然さ。偶々俺の所にいい札が揃ってただけだ。」
「そうだぜイアン!俺は地元では負けなしだったんだからな!」
「いやミゲルは三位じゃないか…。というかイアン」
「なんだ?」
「アレフガルドって呼ぶのはやめてくれ。俺はその名前は長ったるいし好きじゃないんだ。アルって呼んでくれた方が嬉しい」
「すまんな…。今後はアルって呼ばせてもらうよ。」
「ほら、イアンもルールは分かったって言ってるしもう一回するよ?僕だって負けっぱなしは嫌だからね。」
なんて言いながらリースはもうカードをシャッフルし、配り始めている。
「もうルールは分かったからな。次は負けないよ」
「次は俺が一位だ!俺のカード捌きを見ておいてくれよイアン!」
「おいおい…言った傍からカード落としてるぞ…」
そうやってしばらくタロットカードで遊んでいると、急にミゲルが口を開く。
「それにしても今日の最後の講習は少し驚いたよな」
「ああ、それは俺もだ。魔法が実在するなんて信じられないよなぁ…。御伽噺だとばかり思ってたよ。リースは物知りだし知ってたのかもしれないけど」
「いや、僕もイアンと同じで初耳だったよ。というか僕も御伽噺だと思ってたさ。アルはどうだい?」
「…俺も知らなかったさ。というか未だに信じられていない」
「気持ちは分かるな」
俺達は一月前に軍に所属した所謂新兵だ。新兵を急に仕事に就かせる訳にもいかないので一月をかけて様々な事を教えられた。軍宿舎のルールや身体の鍛え方、軍事用語の説明や作戦中の動き方、そして銃の撃ち方などだ。そしてその教育期間の最終日である今日、魔法についての講義があったのだ。
魔法、というのは誰でも聞きなじみのあるものではある。それはこのアウトリカという国では一番有名な御伽噺に出てくるからだ。ある時神様が突然現れ、人々に二十二の魔法を授ける。その魔法を駆使し、力を合わせる事でアウトリカという国は完成した。今もその魔法の力でこの国は平穏に守られている、という物。
「魔法なんて見たこと無いし、この科学が発展した世界じゃ魔法なんて急に言われてもね…」
「でも歴代の国王陛下や女王陛下も全員魔法継承者だ、なんて聞いたら疑う訳にもいかんしなぁ…」
「それに魔法継承者が一人まだ見つかってないらしいしね。二百年探し続けても見つからないって言ってたけど…」
俺とアルとリースで話しているとミゲルがまた口を開く。
「一人足りないのは知らないけどよ。もしかしたら自分の家がその魔法継承者の一族なんじゃないかって俺は少しワクワクしたぜ?」
「…ミゲル、いくつか質問してもいいかい?」
「なんだよリース。なんでも聞いてくれ?」
「ご両親は今どこにいるんだい?」
「俺の地元にいるぜ?」
「お仕事は?」
「畑いじりだな。俺はそれが嫌で軍に来たんだ」
「じゃあ可能性として残るのは見つかってない魔法の継承者って所かな」
「…そうなのか?っつか俺の両親がどこで何してるかなんて聞いて何になるんだよリース!」
「魔法継承者は軍で働くことになっているのは知っているかい?」
「…いや、初耳だ」
「…もしかしてなんだけどさ。君は講義中に寝てたんじゃないかい?」
「あー…暇でな。…もしかして今の話って講義でされてたのか?」
「…なんかもう僕は頭が痛いよ」
「ミゲル、お前まさか他の講義でも寝てたんじゃないだろうな?」
「そ、そんな訳ないだろアル!なあイアン!見ててくれてたよな?」
「知らないよそんなの…」
「ま、まぁそんなことよりもさ!」
俺含む三人から冷たい視線を浴びてミゲルは少し焦ったのか話題を転換しようとする。
「この宿舎って夜間外出厳禁だろ?」
「露骨な話題逸らしだね…」
「どうやら抜け出せる抜け道があるっぽいんだよな!」
「おいミゲル。まさか軍宿舎のルールをもう破ったのか…?」
「違うぞアル!ほら、俺の部屋って窓から広場が見渡せるだろ?昨日寝付けなくて外眺めてたらコソコソと広場を歩く人影が偶然見えたんだよ!」
「本当にそうなら抜け道があるのかもしれないね」
「だろ?イアンは話が分かる奴だと思ってたぜ!」
「まぁ多分、寝ぼけてただけ。最悪夢だと思うけどね」
「あぁ、俺もそう思う」
「僕もだ」
「おいおい!いくらなんでも信用なさすぎないか?」
なんて事を騒ぎながらカードゲームをしていると…
「ちょっと!アンタ達煩いわよ!今何時だと思ってるの!」
そんな声が扉の方から聞こえてきた。扉の方に目を抜けるとそこには綺麗な金髪のショートカットで、これまた綺麗な碧眼をした女性が腰に手を当て、私は今怒っていますよー、なんていうのが分かりやすい態度で仁王立ちしていた。俺の幼馴染のターサだ。
「すまないな。ミゲルがぎゃーぎゃー煩くて」
「イアン!?俺を売るのか!?」
「もうこんな時間なんだからミゲルを大人しくさせなさい?寝れないじゃない」
「ああ、それはごめん。気が付いてなかった」
「あのー、もしかして俺の事犬かなにかと勘違いしてませんかー?」
軍宿舎では歳が同じメンバーは近くの部屋で固められる。ミゲルの声が煩くて寝れない、というターサの主張はとても正当なものだった。だから素直に謝ることにした。するとターサの後ろからもう一人が顔を出す。
「ターサ、何を騒いでるの…?」
「あ、ごめんなさいラフィー。起こしちゃった?」
「ううん。ミゲル君の声がするなーってぼーっとしてたらターサの声も聞こえてきたから何事だろうと思って…」
「ミゲルが煩かったから文句言いに来たのよ」
ラフィーと呼ばれた女の子も同期だ。茶色の長い髪を横で縛った髪型だ。ああいうのはサイドテールって言うんだろうか。
また、ミゲルと同郷である。俺とターサの関係と同じでどうやらミゲルとラフィーも幼馴染らしい。
俺、リース、ミゲル、アル、ターサ、ラフィー。この六人が同期の中でも歳が同じメンバーである。
「ラフィー、助けてくれ…。こいつら俺の事人として扱ってくれないんだ…」
「ミゲル君は声が大きいから…。仕方ないんじゃないかな…?」
「ラフィー…」
「もう少し静かに、ね?」
頼りのラフィーにも声が大きいことを指摘されミゲルは少し項垂れている。一月過ごして分かったがミゲルはラフィーの事が好きなんじゃないだろうか。だからこそターサに文句を言われた時よりも緩い言い方にも関わらず反省の色は今の方が強い。
「まあ落ち込むなってミゲル」
「アルの言う通りだよ。それに僕たちも煩かったし反省しているさ。」
だからこそ。こうやってアルとリースの二人はミゲルのフォローに回ったりしている。それは俺も同じであり…。
「ああ、そうだぜミゲル。今から静かにしよう」
なんて声をかけ、カードに手を伸ばすと。
「イアン…?もしかしてまだ続ける気なのかしら…?」
なんて。すこし不味い声色でターサが口を開く。
「ターサ…?」
「イアンは今何時だと思ってるのかしら?明日から正式に軍に加入するのよ?それなのに夜更かしを続ける気なのかしら?」
「ご、ごめんターサ…。もう寝る事にするから!」
「そうよね?もちろんそうするわよね?」
「はい!寝させていただきます!」
「まったく…。明日何があるのかなんて分からないんだからしっかり休んだ方がいいのよ」
「そんな変わる事は無いと思うけどなぁ…」
「もしかしたら明日戦争が始まるとかあるかもしれないじゃない」
「そんな馬鹿な…」
なぁ?という風に三人を見る。
「まあ、戦争が急に始まるなんて僕は無いと思うけどね」
「ああ、もう二百年以上もアウトリカでは戦争は起きてないんだぜ?それにアウトリカは島国だしユルシアとメリアは遠く海の果てにあるって話だ。そう簡単に戦争なんて…」
リースとミゲルの二人は肯定してくれる。それなのに。
「しかし戦争の可能性があるからこそ軍は存在するんだろうな。何もないことが好ましいとはいえ俺達は明日から正式に軍の一員だ。何があっても対応できるようにしないとな。」
なんて。アルだけは神妙な顔つきで頷いている。
「ほら、アルもこう言ってるじゃない。だからもう寝るわよ」
「ターサちゃん…。私も戦争はあんまり起きないと思うけど…」
「ラフィー。こうでも言わないとこの馬鹿達は寝ないのよ」
「そこまで言わなくても普通に言ってくれれば寝るって…」
苦笑しながら手に持っていたカードをアルに返す。流石にこの後もカードを続ける気は更々なかった。
「それでいいのよイアン。こうでも言わないとまたすっごい夜更かしするのは知ってるんだからね」
「またって…。俺はそんなに夜更かししたことないのターサは知ってるだろう…」
「…釘を刺しただけよ。ただの言葉の綾だから寝てくれるなら気にしなくていいわ」
「はいはい。さ、部屋に戻るか」
「そうだね。僕も戻ることにするよ」
「これから俺のカード捌きを見せるところだったのに残念だぜ…」
そんな風に皆立ち上がる。
「騒いで悪かったな、ターサ、ラフィー。それじゃおやすみ」
「まあ、分かればいいのよ。おやすみ」
「おやすみなさいイアン君」
なんて俺は二人に声をかけてから部屋を出る。リースも似たように声をかけて部屋を出る。ミゲルは…。
「煩くて悪いな。ラフィー、迷惑だったか…?」
「ううん、大丈夫だよ。ちょっと気になるくらいだったから」
「…それは良かった。安心したぜ。そういえばさっき話してたんだけど抜け道がな…」
そんな風にラフィーと会話していた。一月の間二人でこんな会話してるのを何回も見れば誰でも察する訳で。そして別に邪魔をしたい、なんて無粋な人もいないので俺たちはそそくさと自室に戻ることになる。
そこで俺はターサがとても穏やかな顔で二人を眺めていることに気付いてしまった。
その横顔はとても慈しみがあって、優しくて。その上、とても綺麗で。
心臓が勝手に早足になるのを感じていた。でも、それはターサには見つかりたくない。
俺はターサの事を意識していると我ながら感じている。だからこそ、自分が軍を目指す、と告げた後にターサも軍を志望してくれた時はすごく嬉しかった。だが、俺はターサにまだ気持ちを気付かれたくはない。今の様な気軽に話せる幼馴染という関係。それが壊れてしまう事が怖いのだ。それに、俺はまだ軍に入りたての新兵で。まだ、ターサを幸せに出来る様な器を持っているとも思えない。
ターサが二人を眺めるのを止め、自室に戻ろうと振り返ろうとしているのを感じた瞬間。俺は逃げるように自室へと入っていった。
自室に入り扉を閉める。机と椅子、本棚にベッドがあるだけの質素な部屋。それでも一月も生活してれば愛着は湧く。ふと外を見ると遥か彼方まで見渡せそうなほど空気が澄み切っていて。
「昨日はあんなに雨が降ってたのに今日は静かなんだな」
なんて独り言を言ってしまう。今日は涼しくて、夜空が綺麗で。寝るとは言ったけど、すこし夜風を楽しみたい、なんてことを考えていた。机の前にある椅子を窓際まで持っていき、窓を開け、窓枠に腕を乗せその上に頭を乗せる。もしかしたらミゲルが話していた人影が本当に見えるかもな、なんて思いながら外を眺める。
すーっと通り抜ける様な夜風が本当に気持ちいい。今日の夜はとても落ち着いていて。また明日もいつも通り平和なアウトリカなんだろうな、なんてぼーっと考えたりした。
そのまま上を見ると。とてもとても綺麗な月が優しく光り輝いていて。まだ一月しか経っていないのに。軍での生活がとてもかけがえのないモノなんじゃないかって。
そんな風に思えていた。
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