屑と鉄

ヘイ

第1話 瓦礫の山の勇者

 日常が崩壊する。

 ガラガラと崩れていく。

 窓の外の怪物、灰色の髪の少年はスマートフォンに目が釘付けだ。

 

「おい! 皆んな非難しろ!」

 

 騒がしい。

 壊されるなら、壊されて仕舞えばいい。こんな腐った世界。

 

「何が……現実見ろだよ」

 

 子供の夢は否定されるべきか。

 夢を見るくらいは自由だ。だから、今日の面談が最悪だったと彼は内心で毒を吐く。

 教師が嫌いだ。

 結局は自分の為でしか物事を考えないから。クラスメイトが嫌いだ。誰かを貶めて、笑っているから。

 だから。

 今、この世界が嫌いだ。

 世界が壊れていく音。

 風景。

 

「おい! 灰原はいばら!」

「…………」

 

 すぐ横に立つ教師をチラリと見るが、すぐに視線を逸らした。何かが見たくて開いたわけでもないスマートフォンの画面。

 

「おい!」

「…………」

 

 無視。

 彼の言う事を聞くのは嫌だった。そんな気分ではなかった。ただの意地。馬鹿な事をするなと言われて仕舞えば、反論の余地もない。

 校舎が一際強く揺れた。

 

「〜っ! 勝手にしろ! 死んでも私のせいにするなよ!」

 

 ほら、やっぱり。

 なんて言って笑うのは性格が悪いのか。

 彼の頑固さに折れたのか、それとも外に迫る命を脅かす恐怖に負けたのか。恐らくは後者だ。

 何気なく見た、窓の外。

 空は染まり、地は赤く燃える。

 山の様に巨大な蜥蜴が不気味に世界を這い回る。

 

「……そっか」

 

 世界が今日終わる。

 そう言われたなら信じる。

 窓の向こうには怪物が居て、自衛隊のヘリも飛んでいる。夢ではない。

 現実だ。

 体育館に向けて巨大な牙を持つ二足歩行のゴリラの様な怪物が突進を繰り返している。

 

「皆んな」

 

 こんなに上手く回らない世界なら。

 こんなに優しくない世界なら。

 

「死ねば────」

 

 グラリと世界が揺れた。

 ゴリラ型の怪物の突進によって校舎を支える部分が折れてしまったのか。地に足がつかない。

 

「……ああ、最悪だ。何もない」

 

 自分は何者にもなれなかった。

 死ぬ前に、自分だけは自分を確かな存在だと言いたかったのに。そんな証拠すら掴めないなんて、最悪だ。

 瓦礫と共に落ちて行く。

 ゴミ屑の様に。

 ここで灰原カイトの人生は終わる。モノクロームに意識は染まって終わる。

 これが彼の目に映る完成形。

 

『命の無駄遣いは辞めろ。この建造物内部に於ける唯一の生存者』

 

 死。

 その筈が、唐突に否定される。

 目の前にコロコロと球体の金属が転がってくる。

 

『吾輩はフェルム。この星はこれより魔王サルサトンの手により崩壊を迎える』

 

 なら、それで良いだろう。

 カイトが諦めた様に声を出そうとするが空気が漏れるばかりだ。

 

『────筈だった。だが、そうはならない。吾輩が此処に居るのはサルサトンを殺す為だ』

 

 随分と勝手な物言いだ。

 

「…………」

 

 ただ興味もない。

 サルサトンが何者なのか。フェルムがどうしてソイツを殺したいのか。カイトには一切関係のない話だ。

 

『さて、吾輩の目的はサルサトンを殺す事だが、人類の保存もまた必要な事だ』

 

 好きにしたら良い。

 カイトは目の前の球体を睨みつける。

 

『と言うわけで、貴様の身体を借りよう』

「な……に、をっ……!」

『吾輩は対魔王用に生み出された機械兵器。……だが、吾輩だけでは殻にしかならん』

 

 それを動かす人間が居なければ、話にならないと言う事だ。

 どこか偉そうに語る球体が、瓦礫の外にいる怪物をどうにか出来るとも思えない。

 

『ただ、協力的ではない人間に操作されるのは吾輩も非効率だと考える』

 

 だから。

 

『貴様には我が一部になって貰おう。貴様に脳に成れと言うわけではない。脳の役割を果たす機構として存在するだけで良い』

 

 そんな物に彼でなければならない理由はない。現在、この球体が居るここでただ偶然生き残っただけのカイトが、この鉄の言いなりになる価値が見当たらない。

 

「お、れは……」

 

 ボロボロの右腕をフェルムに伸ばす。

 ただの鉄が笑った様な気がした。

 

『契約成り────ッ!? な、何をする! クズめ!!』

 

 ただ、予想外のカイトの行動に取り乱した様な反応を見せる。

 

「誰かの為に……は、なら、ない。誰のために、も……生き……い。だぁ、ら、お前……の考えた……通りに、も……やらない」

 

 自分は人間だ。

 考える葦だ。

 誰かの思い通り、誰かが敷いたレールの上を歩く事など認めない。それでは今までと同じ否定される灰原カイトでしかない。

 何者でもない灰原カイトになるには。

 自分の手で、自分を灰原カイトと定義するには。この鉄を利用する自分という特別になる。そうすればきっと、自分は自分なのだと灰原カイトの中で認められる様な気がして。

 

「おれ、は……俺に、なる」

 

 正しい意味で。

 

「お前……を、つかっ……て!」

『────それが、それが! 貴様の答えか! 良いだろう! ならば精々、吾輩を失望させるな!』

 

 ドロリと球体は溶け出し、カイトの身体を包み込み、馴染み、ズタズタの身体を補強する。

 

『さあ、灰原カイト。これがフェルム・プグナフォルマ吾輩の戦闘形態だだ』

 

 巨大な人形ひとがた

 山の様な大きさの蜥蜴にも負けない巨大な身体。全身は白銀、肩は尖り全身を見ても刃の様に鋭利なフォルムをしている。

 カイトの身体には蜘蛛の糸が張り巡らされたかの様に銀が伸びる。

 目が黄色に発光した。

 

「…………俺は」

 

 戦う理由などたった一つ。

 あまりにも身勝手で醜い、人の欲。

 

「俺になる為に、お前を利用する」

『ああ。だから』

 

 魔王を殺せ。

 それが今のカイトの存在する理由だ。

 

「Grrr…………?」

 

 突如として現れた白銀の巨人にゴリラの怪物も気がついたのか唸り声を上げながら振り向き、四つ足で走り出す。

 

「うらぁああああっ!!!」

 

 問答無用に化け物の胸に拳を叩き込む。

 

『イクステンド』

 

 同時にフェルムが宣言すると拳から爪の様な物が伸び怪物の胸に裂傷を負わせる。

 

「GAAaaaaaaaッッッ!!!!」

 

 痛みからか雄叫びを上げ、獰猛な表情を更に歪ませフェルムを睨む。

 

『補助はする。好きに身体を動かせ』

「ああ」

 

 ゴリラの大ぶりな横薙ぎを身体を屈めて避け、右拳をアッパーの要領で当てる。

 

『イクステンド』

 

 再び、拳から鋭利な刃物の様な物が伸びる。続け様にかち上げたガラ空きの身体に向けてミドルキックを入れる。

 

「ふっ!」

『ペネトラーレ』

 

 足裏から剣が伸びゴリラの腹をブチ破る。背後には盛大に血が飛び散ったのか、瓦礫の山に赤色が掛かる。

 

「これで……終いだ」

 

 既に怪物は白目を剥いている。

 その肩に右足を乗せる。

 

『ペネトラーレ』

 

 フェルムが宣言した瞬間に再び、剣の様な物が踵から伸び、紙を割くようにゴリラの身体を斜めに切り裂いた。

 

『……どうやら吾輩は貴様を舐めていたようだ。魔王を殺すにはお前以外にない』

「……そうか」

 

 口の悪い鉄。

 醜い人間の、何処までも英雄らしくない戦いの幕開けだ。

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