episode34 隣に立つ者

「よろしくっ!」


 ポイッと友美に放り投げられた舞菜はさておき僕は黒騎士と再び対峙する。

 鎧の両横腹は仲間が決死の覚悟で与えた攻撃でヒビが入っていた。狙いはそこだ。幾ら鎧の強度が高かろうと一度ヒビが入ればそこを起点に広がりを見せるだろう。

 二人が作ってくれた楔を叩く。

 僕は右から黒騎士の左脇を狙うのを視た為それに対抗しようと切っ先を向けるが、拮抗するかに見えた剣は霧となって消え空振りとなってしまう。

 戸惑う黒騎士。

 己が視たのは幻だったのか……と考える暇は僕の真の狙いを隠し通せた証だ。

 左脇を狙ったのはブラフ。

 本命は………。

 友美が与えたヒビがある右脇腹のほう。

 相手の視界を誤認させる『水鏡』で右手に剣を持っているが如く見せかけ本物は左手にある。

 皆が手繰り寄せた想いが結実した。

 黒騎士の鎧が砕け、その下にある素顔が顕になる。

 

「“疾風怒涛”」


 突発的な強風が吹き荒び皆飛ばされる。

 中心に現れたのは片方にとっては援軍。もう一方の陣営にとっては最悪の展開だ。

 だがこの展開を当の黒騎士はあまり快く思ってはいなかったが致し方ないのかもしれない。


「ほほぉ〜う、

麒麟きりん何故お主がここに?」

「保険です。この戦いの結末はクロエ様の予知でも分からぬ。ならばこそ貴公をここで喪うわけにはいかないのですよ」

「礼を言いたくはなかったが助かった」

「素直じゃないのね。まぁ彼女の方は任せなさい。あと邪魔者にはご退場願いましょうか」


 麒麟はそう呟くと指パッチンをする。

 友美ら戦闘継続が困難な接続者は退場余儀なく、この巣窟に侵入した時と同じく突然穴が現れ悲鳴とともに彼女らは消えていった。


「皆を何処へやったんですか!」

「安心して下さい姫巫女。もし貴女方もすぐにそちらの世界に送ってあげますので」

「ヤマト、今度は油断しないからアイツの相手は私に任せてくれないかしら」

「分かった。じゃあ背中は任せた」


 僕は全速力で駆け出す。

 黒騎士も同時に動く。

 互いに剣を構えるが、彼らの眼には正面に見据える両者のみ。

 それ以外は全て排除する。

 故に周りに居た麒麟とひのみがどう動いたかなど黒騎士は気にも留めず、僕との死合いを純粋に愉しむべくひた走る。

 蚊帳の外に置かれた麒麟とひのみだったが、二人共考えているところは同じ。

 を。

 を。

 サポートし勝利へ導く為に。

 各々の考えが交錯するなかでヤマトと黒騎士がぶつかった。

 両者の激しい剣劇は火花を散らし、お互いに一歩も怯むことなく撃ち合う。

 今注意すべきは暗黒物質による奇襲。

 この距離で剣を交えれば自身すら『断絶』の能力が生みだす世界を削り取る力に呑み込まれるからだろうか。その力を発動させない。

 だが距離を離されれば『断絶』を使うか?

 いやまて。

 なら奴は何故近づいた……。

 答えはシンプル。黒騎士は剣と剣がぶつかる純粋な戦を望み『断絶』は不必要だと判断したためだと、何度も撃ち合う中でようやく実感した。

 軽々と大剣を振り回す黒騎士のパワーは凄まじいものがあるも『神楽』解放時の初動では確かに押し勝った筈なのに、この短期間で徐々に修正し既に力は拮抗しつつある。


「どういう事だ。まだお前は全力を出していなかったということなのか?」

「騙す形になってしまい済まないな。だが許してくれ。人間はあまりにも脆い。本来の力だとすぐに終わるので制限リミッターを己がに施していた。だがはその枷を破壊してくれた」

「つまり纏っていた鎧こそがお前の力を封じ込めていた重荷だと言うこと…」

「然り。では続きと参ろうか大空ヤマト!」


 黒騎士が地面に手をやると隆起し盛り上がり、円形状の舞台が瞬時に出来上がる。

 鎧が剥がれた黒騎士は目に見えて身軽に大剣を持ち上げ構えた。


「“黒鞭”」


 これまで全てを呑み込む“断空斬”であれば目にする機会があったが、それとは明らかに違う。

 回避する?

 脳裏に考えが過るも直感がそれを拒否した。

 それは何故か。つい先刻黒騎士の戦い方は『断空』を使うつもりがないのだと判断したばかりにも関わらず今似た技を使う。

 だが明確に違うのであれば、受けて立つ道を選ぶしかない。

 敢えて言おう。“断空斬”は決して打ち破れない技ではない。

 その攻略法を示したのは、足立駿。

 そしてその事がきっかけとなり黒騎士に名を覚えられたのである。

 防ぐ術は簡単。全てを呑み込むのであれば、それを上回る質量で魔気の壁を作る。

 言えば簡単なことだがそれがこれまで出来ておらず絶対に無理だと切り捨てられていたが、その不可能を可能にした。

 けれどその際、駿は限界を超えた力を使った代償に命は風前の灯となる。

 不幸なことにその活躍が黒騎士に認められ『槍斧』先代接続者は亡くなってしまう。

 これまでの僕でも“断空斬”を凌ぐだけの魔気の壁は無理なためやらなかったが、『神楽』解放中の今ならわけない。

 魔気を前面に集中させ壁を作る。

 予想通り防げ……、壁を伝わり重さが伸し掛かる。弾かれた“黒鞭”は真っ二つに割れ横切っていき力を失うように消えていく。

 直感で避けなかったヤマトの判断は正しい。

 “黒鞭”とは黒騎士の溢れる魔気の結晶体である暗黒物質を纏わせた『断空』の性質を持つ斬撃であり誘導が可能。つまり真っ向から立ち向かうのではなく、避ける選択をすればヤマトに直撃していたことだ。

 

「さぁ、まだまだこれから!」


 多数の“黒鞭”が迫る。

 

「お前だけのお家芸じゃない!」

 

 炎の刃が黒鞭とぶつかる。

 無数の刃が衝突した影響で、辺り一面を爆煙が立ち込めた。

 視界を奪った爆煙の中からヤマトが飛び出る。

 黒騎士が動くも一手遅い。

 『神楽』の刃が黒騎士の肉体に届いた。

 右肩から下半身にかけて斜めに傷跡が生まれ、血が溢れ出る。

 後退りする黒騎士。

 ふらつく胴体を支えるように大剣を地面に突き刺す。

 明らかな隙が生まれる。狙い目はここ。

 どんと力強く床を蹴った。

 ここで黒騎士との因縁に終止符を打とう。

 その一心で奮い立つ。


「なっ!嘘だろっ…」


 あと一歩だった。

 本来当たるはずの剣撃は黒騎士の意地で逃してしまう。

 大剣を踏み台に後方に飛んだ。

 あのふらついた状態でよくぞというよりも驚くべきことは誇りとしている剣を手放す選択。

 

「さらばだ“黒滅”」


 黒騎士最後の大技。

 己の魔気を最大限消費し放つ当たれば即死は免れない魔気の砲撃。

 至近距離すぎてヤマトの立ち位置はどう避けたとしても逃れられない。

 しかも攻撃を仕掛ける刹那。幾ら頭では防御に徹するべきだと警報アラートが流れようとも間に合わない!

 筈だった……。

 

※※※


「うっ……」

 

 まただ。背中に痛みが走る。

 振り向いてもそこには誰も居ない。

 その隙に今度は弓を持つ左腕に切り傷が現れる。

 ひのみの身体には無数の傷があり、その全てが麒麟によるもので見えぬ合間で突然現れては彼女の身体を痛みつけていた。

 再び弓を構える。

 周囲を警戒しても見えない。

 一瞬姿が見えたと思えば次の瞬間には別の場所に現れていて気配を探ろうと集中しても尻尾を掴ませない。

 一時は対策として先の大阪での戦いで敵の行軍を阻ませた矢の弾幕を撃ち続け、自分の身を護る選択をするもそれだと近寄ろうとせず魔気を無駄に消費してしまう。

 時間が経過すればするほどジリ貧で勝ちの目は薄くなっていく。

 しかもいつの間にか、ヤマト達は反り上がっていく大地に抗う事なく空へと上っていった為に状況が掴めず早く彼のもとへ行きたいひのみの身体をここに留めていた。

 誤解のないように言うが、ひのみが動けずにいる現状は麒麟の動きを封じているということ。

 つまりこの戦いを制した者が上の戦況に大きく作用する。


「あぁ~もうどうすれば!」

「所詮人間の目に私の動きを捉えられまい」


 麒麟の言う通り目で追ったところで捉えることは出来ず、闇雲に射るわけではないがそれでも当たらない。

 ならば戦略を変えるまで。

 目で駄目なら魔気の気配を探ってみるも、速すぎて点で所々に残滓として残るのみ……?

 そこに違和感を覚えた。

 強く弓を引き絞る。

 これは賭けだ。もし外せば些細な隙が生まれる。だけど麒麟の速度ならばそれは大きな油断。

 狙う先はここと定め矢を放つ。

 

 一瞬動きが止まる麒麟だったがすかさず姿を眩ませるも、次に現れる場所を知っていれば対応は可能。

 再び弓矢を持ち直し全神経を研ぎ澄ませる。

 次なるは必中の矢。


「射抜け“破魔の矢”」


 ひのみが構えた真正面に麒麟が出現し、意表を突かれた表情を浮かべる。

 

「何故…」

「半ば勘ではあったけど当たったみたいね。私勘違いしていたわ。てっきり速すぎて目が追いきれてないだけだって。ただ魔気の気配を探ると不思議に思ったの……時折魔気の流れと目に映る景色に違和感があった」

「私の秘技を違和感と捉えるか」

「ほんの些細な光明にも思えたそれを私は切り捨てることは出来なかった。私の仲間に貴女の芸当と似た力を持つ者が居たのも気づく要因となったわ」

「橋本岬だな」

「ええ、見事に騙された。貴女のそれは高速で移動なんかではなく、転移による点と点の移動。そこを上手く誤魔化す早業は正直驚いた。けど種が割れれば手段はある。転移する直前私の魔気を流し込めれば、一度だけなら誘導も可能だと思ったの。まぁそれも彼女からそんな話を昔聞いていたおかげだけどね」


 死だけを待つ身の上である麒麟を前にひのみは一方的に喋りかける。

 戦場に敗者は生まれるは必然。

 時間は惜しい。

 ただ、神楽ひのみという人間は麒麟を敬っていた。故に言葉にした。

 伝えるべきことを言い切ると消えゆく麒麟を放置して天上を見上げる。


「何あれ?」


 瞳に映ったのは黒い斬撃。

 一瞬“断空斬”にも見えたが多分違う。

 しかも上から放出される魔気圧プレッシャーはこれまで経験したのを超える。

 急がなくては!

 迫り上がった大地を駆け上がる。

 間に合え。その一心でひのみは走った。

 見えたのは今まさに黒騎士がヤマトに何かしようとしている瞬間。

 

「“破魔の矢”」


 ひのみの放った矢が戦局を決める一手となる。


※※※


「くっ……、誰だ横槍を入れたのは!」


 何処からともなく飛んできた矢が黒騎士に当たり“黒滅”は軌道を変えて僕の横を通り抜ける。

 ありがとう。

 誰が助けてくれたのか。そんなこと声を聞かなくても分かる。

 姿の見えない彼女に心の底から感謝した。


「黒騎士、それがお前の敗因だよ」


 意識の逸れたここが分水嶺。

 

「“カグラ”」

 

 全てを乗せた全身全霊!

 最期の一撃が、黒騎士の肉体に届く。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る