episode33 託された希望

「ねぇねぇ、お母さん!」

「どうしたのともちゃん?」

「なんだか今日あちこち騒がしいけど、どうかしたの?」

「さぁ?なんでかしらね。でもねきっと…」


 大人達は自衛隊が忙しなく働く理由を知っていた。

 本日この時地下都市を守っていた大部分の戦力がこの地を離れ、自分たちの未来のために現在戦場に赴いていることを。

 絶望の中にも希望はある。

 公には発表されていないが大人は知っていた。

 先の戦いにて大空ヤマトが死んだ事実を…。

 暗い表情を表には出さない。自分たちの為に戦ってくれている自衛隊と接続者達を追い込ませたくない為に。

 しかし今はそんな大人たちの間でまことしやかに流れる噂。

 主人公ヒーローは帰ってきた。


「彼らならやってくれるわ」


 託された願い。

 人々の希望は大空ヤマトに集約される。


※※※


 ひのみの死は僕の奥底から怒りの炎を湧き上がられる。

 

「貴様ぁーーーー!」


 我を忘れ突っ込む。

 意識が黒騎士だけに向かう。

 必ず殺す!

 しかし僕の一太刀は思いも依らぬモノに防がれる。

 僕と黒騎士の間に突き刺さる槍斧。

 すぐに誰がそれをこの場に放り投げたのか分かる。

 戦場だというのに彼女は槍斧の後に降り立つと黒騎士を背後に抱えるも一切動じること無く真っ直ぐ駆け寄り目も合わさぬうちに、拳が一発腹部に突き刺さった。

 次に胸ぐらを掴めばひょいっっと後ろに飛ばされる。

 

「なにやってんのアンタ?みっともない姿見せんじゃないわよ」

「折角の好機だというのに水を差されるとは余程先に殺されたいようだな」

「本当はこっちこそ、アンタと勝負して兄様の仇を討ちたいところだけど今日ばかりは彼に譲ることにするわ」

「何を世迷い言を…。その男は既に」

「既に自暴自棄で黒騎士に勝ちの目はないっていいてぇのか?」

「ほほ~う蓮、大阪での戦い以来の再会しかもこれはまたオモシロイ面子だな。この俺と渡り合える猛者が全て勢揃いとは圧巻だな。?」


 吹っ飛ばされた僕を尻目に足立さんは、振り返り黒騎士と対峙する。

 彼女にとっては自身の兄を殺した憎き相手。

 ただ今だけは、後ろに控える男のために時間を稼ぐ。

 対峙して分かる事実。

 おそらく命を賭せば勝てずとも引き分けに持ち込むことは出来るかも知れないが、それは今やるべき事ではない。

 それに…。

 足立さんの周りに顔を向ければ頼るべき仲間がここには居る。


「でも、不思議ね。結びつきは強い筈なのにどうしてこうに鈍感なのか」

「えっ足立さん何を言って」 


 呆れた顔で理由のわからないことを言うから僕は尋ねるも知らん顔で無視された。

 黒騎士と対峙する彼女は笑う。


「さぁ~、蓮の代わりに言うけどお前に教えるわけないでしょ。まっ少しの間だけこっちに付き合ってもらうわよ」


 黒騎士の前に立ちはだかる六人。

 地下より這い出る悪魔の群れを薙ぎ払い深部へと辿り着く。

 そして彼らが時間稼ぎをする間、彼女は己のやるべきことを遂行するためヤマトのもとへ近づいていった。

 夢でも見ているのかという表情に現実を突きつける為、足のつま先でえいっと軽く小突く。

 

「どうして?」

「理由はこれよ」


 死んだはずのひのみが掲げたのは、限られた数しか存在しない岬の転移玉。


「ヤマトには内緒にしていたんだけど、一応皆持ってたの。何かあった時ように……あっでも誤解しないでね。別に仲間外れにしたかったわけじゃないから!この戦いに皆の想いが託されてるからってもし本当に危険な状況に陥った時引き際を誤らないようにって内緒にしていたの」

「そっか……、良かった」

「ほらっ立って!」


 ひのみの肩を借り立ち上がる。

 実際に肌に触れ合い彼女がここに居る証明を僕に情報として伝わった。

 

「ねぇ気づいてる?」

「気づいてるって何を」

「人々の祈り」


 直接頭に語りかけるも敢えて無視していた言葉に耳を向ける。


「頑張っておにぃ」


 それは戦場に居ないはずの柚子の声。

 そして……。


「何としてもこれ以上戦線を拡大させるな!」

「ですが、司令。各戦場より援軍要請が入ってます」

「エリアBに展開中の接続者部隊に伝達。半分をエリアDで戦闘中の秋葉班の応援に行かせて持ち堪えさせろ!他班にはなんとか現状戦力で対応するよう伝達!」


 今回の作戦の全権を任された神楽は以前娘から誕生日プレゼントに貰った腕時計に目をやる。

 作戦が開始してから約四時間が経過。

 この作戦の要を握る主力部隊が出てからだと一時間近くが経っている。

 しかし肝心の門の封印に成功したとの一報はまだなく、徐々に悪魔の物量に部隊は押され始めていた。

 ゆえに脳裏には敗北の二文字が掠るも腕時計を掴み決意を固め直す。

 

「ひのみ…、そしてヤマトくん。不甲斐ない大人達で申し訳ない。だが必ず君等ならやり遂げてくれると信じている!」


 司令部より命令を受けた内容を通信員がBエリアを担当する接続者部隊長の夏恋に報告する。


「ちょっ、いくらウチの隊が優秀とはいえその命令は無茶よ!貸しなさい直接司令部とやり取りするわ」

「待て夏恋。君が話したところで喧嘩になるだけだ俺が代わりに話すよ。司令部、涼介です。向こうの状況を教えてください」


 同じ隊に分けられた涼介が司令部に問い合わせ二、三言葉を交し具体的な折衷案を出す。


「よしっ、溝口さんと波多野さんの二小隊に加え俺の小隊をエリアDに派遣する。俺の小隊に関しては溝口さんの指揮下に入って行動してくれ」

「承知した。だが何故某の小隊に涼介殿の小隊を加えるので?」

「どうやら大型クラスの出現で向こうの疑似接続者がほぼ出張り、小型の対処が追いつかないとの事だったので少しの間向こうに増援が行って欲しいんです。それには数が必要でしょ?俺まで抜けちゃうとこっちがヤバそうなんで残ります」


 溝口と波多野は涼介の指示に従い、自らの小隊を引き連れ戦場を移動する。

 その後も戦闘は続く。


「ねぇ、正直アンタこのままの勢いで戦闘を継続するんであれば何時まで保つ?」


 背中を隣り合わせた二人。

 互いに見知った顔の間柄ゆえに同じ隊に配属される。


「そんなの考えてねぇ〜よ」

「マジで言ってるの!?」

「本気だよ。だってアイツはきっと俺達より大勢の想いを背負って闘っているはずだ。それに俺だってアイツに命預けてるんだ!弱音吐けねーよ」

「そっかそれもそうね。蓮だって頑張ってるよね」

「たりめ〜だ。アイツらは負ける筈がない!」


 戦場で戦う者の声。

 そんな彼らを支える人々の声。

 そしてたくさんの未来を願い、希望を祈る声が僕の身体に流れ込んでくる。


「さっきは逃げてもいいって言ったけど、私の知る大空ヤマトは人々の想いを胸に応えようと努力する。そして最後には成し遂げるでしょ」


 差し出された手を掴み起き上がる。

 バカだな……僕は…。

 解放してから聞こえていた声に傾ける。

 そうだ。皆が僕らに期待している。ならばこそこの命尽きるその瞬間まで足掻け。

 自暴自棄になるな!

 僕の隣に立つ彼女に恥じぬ為に。


※※※


「“暗黒物質・周針”」


 取り囲み六人の接続者が一斉に飛びかかると黒騎士は彼を中心にあらゆる方向に死の棘を張り巡らす。

 だがそれよりも速く懐に入りさえすれば問題はない。

 直線上の位置にいた友樹と明日香が互いに頷き明日香はいきなり聖者の盾を思いっきり黒騎士へぶん投げた。

 同時に魔境で模倣した聖者の盾を友樹も投げる。

 咄嗟に行動を変えた二人の意図を瞬時に理解した蓮は張り巡らされた死の棘の隙間を縫うように硬質化させた神糸で攻撃を仕掛けた。

 対応に迫られた黒騎士は盾の投擲より蓮の神糸を警戒するが、それこそ狙い通り。


「“対象転移”」


 死の棘を掻い潜った二つの盾は黒騎士が産み出した結界の外側にいた二人を内側へと招き入れる楔となり、岬の対象同士を入れ替える転移技で友美と舞菜が来たる。

 彼女らはこの一撃に全てを賭ける。


「“鳳凰猛火オーバードライブ・黒炎飛翔”」

「“雷装無双オーバードライブ・一閃轟雷”」


 氷拳を屠った舞菜の今使える最大の一撃。

 そして雷装無双による効果で通常時の彼女であれば難しい領域に至る。

 業火獣イフリートに一撃を与えた力を無駄にせず、槍斧ハルバードに雷を凝縮させて放つ。

 接続者コネクターの中でも前衛アタッカーを任された二人。

 けれど黒騎士はそれすらも…。


「中々興味深い連携だった。即席とはいえより賜った俺の鎧を砕くとは恐れ入る。しかしだ、どうやら限界を迎えたのは先にそちら側のほうだな」


 黒騎士の指摘は間違ってなかった。

 六人は湧き出る悪魔を薙ぎ倒しながら進む。

 冥界門の近くは時間の流れが他と少し異なる。異世界とこちらの世界の衝突による影響だが、そんなこと知る由もない。

 つまるところヤマトとひのみの間では皆と離れ離れになってからそう時間は経ってないが、友美達の視点では相当の時間が過ぎているのである。


「“乱斬撃”」

 

 大剣を定めることなく当たり散らす。

 間合いの内側でとっくに魔気切れを起こしていた二人は為すすべもなく攻撃を受ける事になり本来であればそれを避ける為岬がフォローに入るところだが、“周針”で張られた結界は矛先を変え外側にいた四人を猛襲しており無理だった…。

 逃れられないソレを前に皆が死期を悟りつつも、ある予感めいた希望を知っていた。

 暗黒物質の針と対称に襲い来る光の矢に阻まれる。

 そして舞菜はキョトンとした顔で左脇に担がれ黒騎士の攻撃を防ぎ、友美を守るようにして正面に立つヤマトがそこにいた。

 

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る