episode31 最年少の接続者

 地下に落下したはずの舞菜が目を覚ましたのは雪が降り積もる大地の上だった。

 だだっ広い雪原に独り寂しく立つ彼女の前に吹雪ブリザードが吹けば、閉ざされた暗闇の中から魔女が現れると途端に止み、不気味なまでの物静かさが場を包み込む。

 本来こんな見た目の雪を歩けば足で押し潰す瞬間音がフワッ、フワッと優しい音がする筈なのにそんなのは微塵もなし。

 舞菜の歩いた彼方はクッキリとその場が溶け彼女が纏う爆炎のオーラの熱量を計り知れる。

 逆に魔女が歩けば留まっていた雪が意思を持ちぶつからないように退く。

 炎と氷。

 相性的には舞菜の方が有利なのだが、幾度戦おうとのらりくらり魔女に逃げ回れ決着がつくことはこれまで訪れなかった。

 ただそれも過去の話。

 ここには二人しか居ない。

 悪魔側は各接続者にぶつける相手を先に決めていた。因縁めいた縁をこの短期間で培った友美と幻覚人間の戦いが良い例だ。

 しかし、舞菜と氷の魔女がぶつかれば十中八九勝ちの目は人間側に軍配が上がるそう予言が出た為にクロエは忌避感を顕にするも。


「本当に良いのね『氷の魔女』」

「お姫様、私が決めたことです。今更変更を申し出る気も起きませぬ。但し頂いた称号は返還させて頂きたいと思います」

「ぬぅ……誠か?」

「ええ、申し訳ありませんが彼女との戦いではどうしてもが疼くんですよ」

「そうかでは致し方ないな」


※※※


「“氷結ツララ”」

「“焔渦”」


 高速の弾丸のようなツララが魔女の周りに形成され舞菜目掛け発射されたので、咄嗟の判断で炎の渦を展開。

 ツララは焔渦の中に突っ込むや融解していき当たること水となって地面の雪に染み込んでいく。

 そして焔渦を敢えて解かずそのまま維持させたまま、舞菜は飛び跳ねる。

 

「そうよね。貴方なら防御に使った技をそのまま目眩ましに使って見せるわよね」

「!!!」


 飛び跳ねた先。

 渦の内と外を繋ぐ空に開いた穴で魔女は待ち構えていた。

 これまで十回以上に及ぶ戦闘。

 何れの戦闘でも魔女が自分から前に出ることは皆無に近く、よく逃げ回るためこの距離は何かマズイ。

 これまでの魔女では絶対に有り得ない行動に舞菜が選んだ選択肢は……。

 正拳による一撃。

 勿論ただの正拳突きではなく、『接続兵器・鳳凰の篭手』の力で纏った炎を集中させた攻撃だ。

 経験を基に言うならば間違いなくこの一撃で、致命傷とまではいかないかも知れないが大ダメージを与えることは明白だと断言出来る。

 しかしそれはの話。

 刹那感じたそれは激しい後悔。経験が舞菜の判断を鈍らせてしまった。

 地面に打ち付けられる強い衝撃が、全身を強く痛めつける。

 拳のぶつかり合いの結果、破れたのは舞菜の方であった。

 相性を比べても一方的な勝ちに見えたにも関わらず、魔女は氷を纏った拳で対抗し逆に舞菜を吹っ飛ばす。

 

「もぉ〜油断したっす。まさか氷の魔女が肉弾戦に長けていたとは…」


 音もなく空から敵は舞い降りてきた。

 魔女は嗤っている。

 

「アハハっ、いい気味。どうご感想は?」

「文句を言いたいっすね。ここまで手の内を隠すとは恐ろしい魔女ね」

「ごめんなさないその名は既に返上したわ。今はただの氷拳ファイターよ」


 捉えきれない速さではない。

 踏み出し放たれる一発。きっと避けることは可能だ。

 けど…私の心が赦さない。

 乱打戦が始まる。

 互いの拳で語る協奏曲。

 重たい拳。しかも、氷拳が纏う氷のグローブは見た目以上に硬く強い。

 更に付け足せば勘を取り戻すかのように、一撃、一撃を凌ぐ度にその力、速さ共に上がっていく。

 ウチは必死にそれに喰らいつくのみ。

 でも負けるわけにはいかない!

 舞菜が接続兵器と出逢った経緯は省くも、その手に舞い降りたモノを掴む決断を選択したのは彼女自身に他ならず、大空ヤマト同様鶴見舞菜はたんなる一般人でこんな世界にならねば、日常を謳歌するただの中学生だった。

 類まれな接続兵器との相性の良さで戦闘に参加し活躍していたが、北の大地での孤立した戦場は圧倒的に経験不足。

 故に彼女は真の接続者とは呼べない。

 何故なら……。


「ハァ、、ハァ、ハァ」


 拳がぶつかり合い起こる音が止む。

 次第に連打戦で押し負け始め、既に左の二の腕は何発か喰らい凍傷を引き起こし、気持ち休まるように炎を直接当て回復を試みた。

 

「やはり貴女使でしょ?」


 ビクつく舞菜。

 氷拳に指摘されたのは、『』と呼ばれるオリジナルの接続兵器を使える者のみに与えられた力。

 発動時、その身に黄金の輝きを纏い一定時間力の底上げなどを行う。

 

「………」

「沈黙はイエスと取るわよ」

「それは卑怯っす。ウチまだ使えないって言ったわけじゃ………、今のナシで」

「いやダメでしょ」

「ダメっすかぁ〜〜〜。まっでもなら今その壁を乗り越えれば問題ないっすよね」


 前向きに捉えニコリと笑う。

 

「いつもいつもその笑み。たとえ苦境に立たされようとどうして笑い続けられる?」

「そんな問い、簡単な答えっすよ。辛い時こそ笑え!笑えば今はより良いものへと変わる。それがウチの家訓なので」

「やはり危険ね。死になさい!」


 鶴見舞菜は、まだ絶望していない。

 人類は死を予感した時、嘆き、叫び命を乞う者。意識を放任し迫る死を直視しようとせずに絶望する者。多少意味合いは違うが当てはまるのは負けを認め諦めの境地に至る。

 しかし、その中で極稀に命尽きる最期まで灯火を消すことなく抗う者が居た。

 そんな人間に限って爆発的な力を示す。

 その者らと同じ空気を纏う舞菜を氷拳は最大限警戒した。


「まだっす!」


 防御もままならなくなっていた筈なのに…。

 氷拳の仕留めにかかった一撃が、防がれ押し返され始める。

 氷壁を幾層にも重ねた拳は、舞菜の炎で溶かされようものなら下から次々と新たなものを創り出し跳ね返していた。

 けれど此度は違う。

 氷壁の層を張るよりも疾く溶けていく。

 馬鹿な!

 鶴見舞菜という人間を軽んじていた。

 そう捉えるのが一番適切なのは間違いない。しかし腹心でであった護衛騎士に勝利してもなお覚醒しなかった為に、その可能性は排除してしまっていた。

 寧ろ覚醒する前に殺す。

 このままではいずれ英雄大空ヤマトの匹敵する程に……。故に必ず阻止する。

 そう誓った筈だった。

 なのに結果は。


「氷拳!ウチもまだまだやれるって事を教えてくれて感謝するっす」


 “鳳凰猛火オーバードライブ

 薄っすらと黄金の輝きが身を包んでいた。

 発芽したばかりでまだ完璧な会得とまではいかなかったがこの土壇場で成す。

 焔の炎が煉獄と化す黒炎へと移ろい、鳳凰の翼が生え背中から後押しする。

 拳を覆う幾層の壁は打ち砕かれ勝利は決した。

 黒炎に身を包ませ死を待つだけの刹那。


「……、人間のようにはいかぬか…」


 予言の詳細は敢えて聞く気にはなれず、氷拳は戦いに臨んでいた。

 定められた運命を覆し切れなかったんだと悟り後悔するが、予言の内容は今の状況とは全く違う結末を示唆している。

 クロエは氷拳対鶴見舞菜の戦いを覗いていた。

 その中で運命が変わる。

 一度目は『氷の魔女』としてではなく、『氷拳』として挑む事で鶴見舞菜に傾いていた勝利の天秤は大きく敗北の二文字へと移るも、最後の拳のぶつかる刹那。

 二度目の天秤が傾く音がした。

 詰まる所、氷拳は運命に抗い勝利を掴みかけるも舞菜の想いが凌駕し奇跡を手繰り寄せたという事だ。

 氷拳の心象風景そのものと呼べる大地が瓦解していく。

 咄嗟のことで慌てふためく内に彼女は割れた大地の底へと落ちる。

 何処まで続くのか…、

 短くも、長くも、感じる浮遊感覚。

 鳳凰の羽を使えばさっきまで居た上層に戻れるかも知れないが、彼処に帰れたとして行き場が無ければ戸惑うばかり。

 次の地へ誘われたのならば残りの体力温存を図るまで。

 下から光が見える。

 嘘っ!

 どれだけの数が跋扈しているのか。

 閉鎖空間のせいか巣窟ネストに突入するまでにいた数よりも多くの悪魔が瞳に映ったように錯覚する。

 大群を前に個で挑むのは氷拳と戦った時とは違う力が試され魔気、体力、精神それらが肝心だが独りで突破出来るか多少不安になるも己を鼓舞する。


「いくっすよ~~~」


 鶴見舞菜は笑顔で落下した先、更なる大穴から這い出る悪魔と戦うべく叫んだ。

 ……悪魔の数が多すぎて気づかなかっただけだが、友美達と合流を果たしたのはこの大声のすぐ後のことであった。


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