episode30 足立友美vs幻覚人間

 簡潔に述べれば私たちは分断されてしまった。敵にはこちらの動きを予知出来る者が居るのだから当然のことであるが、なんとか中枢である巣窟ネストへの侵入に成功した瞬間、穴が現れ皆分かれて落下していく。


「どこかしら?」

「ここは巣窟地下二層、鏡の間」

 

 辺りをキョロキョロ見渡すと所々に形も不揃いな水晶が並びそこに反射した自分の姿が映し出されている。

 しかし一つだけ自分と同じ見た目にも関わらず動きが違うものがあり、その方角から声が聞こえてくると正体は自ずと分かった。


「良かったこの場で会えて。あんたには借りを返さなきゃと思っていたから」

「ワタシもあの時殺しきれなかったことが不服だったのよね。正々堂々愉しみましょ〜」


 落下時の衝突防止のために一時的に消していた槍斧を再び顕現させ構え直す。

 幻覚人間も私に合わせて武器を出した。

 アイツは正々堂々と口では吐くが、ここは向こう側が用意した戦闘空間であるし、北海道では油断して痛い目にあったばかりに最大警戒を緩めるつもりは毛頭ない。

 先ずは邪魔な水晶を砕く!

 水晶が乱立し反射して映り込み彼方此方に自分の姿がある今の状態は正直鬱陶しさしかない。これも相手が私と同じ姿を取るからだろうが……。

 どうせそれも計算に入れた空間フィールドに何処が正々堂々なんだっ!と即座に心の中で毒づく。

 だけど砕いたそばから次の水晶が突如幾つも出現し視界を遮られれば、最も注意せねばならぬ相手が姿を眩ませた。


「そら、ワタシはここよ!」


 ギリギリ視界の外側から幻覚人間が私を嘲り笑う声は右後方から聞こえた。

 だが真逆の方向に槍斧を突き出す。

 血が垂れ床が赤く染まり、私の靴もとまで延びる。

 手応えありの感触を確かめ深く押し込む。

 どうしてこちらの動きを読む事が出来たと問わんばかりの睨む目つきに、私は答える義理も無ければ敢えて口を噤むことですぐに種明かしをするわけでもなく抵抗を続ける幻覚人間を水晶を背に抑えつけた。

 これでコイツは動けまい。

 ただそれはこの空間のギミックを勝手に分かった気になっていただけの浅い考えによるもので。

 抑えつけに使った水晶は自発的に消えてなくなる。

 するとどうだろうか?支えが無くなり、槍斧に刺さっていた幻覚人間はふわりと天女が舞うみたいに尖端から抜け出し再び姿を眩ます。

 くそっ!どうする?

 おそらく相手は無茶な突撃はもうしないはず。ならばイチかバチか。


「“轟雷”」


 立ち込めた雷雲から降り注ぐ雷が所構わず出る水晶を木っ端微塵に破壊していく。

 やはり予想通り消えればそれに代わるように別の水晶が壁となり眼前を塞ぐもすぐに除去するが、雷撃で粉々となった水晶の破片が空気中に舞う。

 ここからは己との戦いとも呼べる。何故なら“轟雷”を常時発動し続け邪魔な水晶を破壊する為だけの行為は本音を言えば無駄な魔気を垂れ流しているようなものだ。しかももう一つ幻覚人間を探知するための手段が余計に魔気を消費させられる。

 に違和感が走る。

 そこめがけて槍斧を振り下ろすも、今回は攻撃は外れたらしく手応えはなかった。


「成る程ね。そこがアナタの守護領域といったところかしら」


 隠れる場所を失った幻覚人間は堂々と姿を見せるが、足立友美の身体ではなくなっていた。

 緑色の肌。手足から無数の触手が伸び広がり人間であるべき二手二足の姿は完全に失われてしまっていた。

 

「一気にブサイクになったわね」

「全力で相手をすべきだと考えを改めたのよ」


 大波が押し寄せるが如く数多の触手が飛んでくると結界内に入った瞬間変則的に動き全部を目で追えなくなる。

 けれど攻撃の最終目標は私である筈。

 ならば私が取るべき手段は……。

 邪魔なモノを削ぎ落とす。“雷包囲網エレクトリ”。

 私を中心に半径五メートルを微粒の電気が絶え間なく走り続け、それに触れてもチクッと虫に刺された程度の軽い違和感に過ぎない。しかし取り巻く電気に触れればその信号が情報として私に伝達される。

 しかし膨大な質量に対してはあまり役に立ちそうにないため、それを解除する。

 一つ一つに神経を尖らせた所で精神を消耗されるだけ。

 ならば全ての軌道を読むのではなく、来たモノを捌くことに特化すべきだ。

 

「来い!」

「ほざけ!娘!!」


 語気強めに幻覚人間は叫ぶ。

 ふぅ〜。

 大きな息を吐く足立友美。

 あと少しで槍斧の射程圏内に入る。

 全力を出す準備は整った。

 纏うオーラが黄金に輝き始めた。

 得物の間合いに入る。

 個々の触手は速度に多少の差があり、最速の攻撃を槍斧が斬り落とす。

 まず一本。

 ただ止め処なく流れ込む波を斬って、斬って、斬って、斬って、斬り伏せていく。

 私の足元には無数の残骸が転がる。

 傍目にも足場の踏み場がないほどまでに広がりを見せるも私には関係ない。

 なにせ今は向こうが攻で、私は守。

 私は耐え忍び機を待つのみ。

 

「ハァハァ…」

「疲れてきたようだな」

「まだまだ私の力はこんなもんじゃないわよ」

「ふんっ!強がるな。轟雷が止んでおるぞ」


 幻覚人間の指摘通り轟雷は止んでいた。

 しかし相手も小手先の技は必要ないのか水晶の顕現も止まっていた為に、轟雷が役割を終えたという見方も出来た。

 そう都合好く解釈も取れるが順序は逆。

 先に攻撃を終わらせたのは友美の方。幻覚人間はこのまま水晶を出し続ける事も出来たが、このままでは戦局が平行線を辿ると判断し攻め手を変えた。故に水晶が邪魔になり引っ込めたのだ。


「でも代わりにあんたも邪魔な水晶出さなくなったしお互いwin、winってところね」


 幻覚人間は内心嗤った。

 足立友美に化けての戦い。そして水晶を使っての攻めはカモフラージュに過ぎない。

 ここまでの戦い更に加えれば今しがた口にした台詞から刷り込みは完遂したと判断した。

 対象者の力をコピーし瓜二つに化け、獲物を狩る特性を有するのが人類が周知する名持ちネームド・幻覚人間の力とされている。

 しかしそれは敵の手により周到に用意された道程。全ては錯覚、まやかしだ。これまで足立友美が戦っていた相手は幻術が産み出した空想の産物。

 人の認識を騙し、隠れ、殺す。

 それこそ幻覚人間の真髄。

 実は友美が本物だと思い込んでいた者は、その場にはおらず彼女の真上から高みの見物を決め込んでいた。

 天井に張り付き目標を品定めする。

 所詮は人。

 結局は人間が我らに勝つことは出来ないと判断を下し最期を招く一撃を手向ける。

 認識の外側。しかも幾重にもかけた幻術が絶対に幻覚人間の居所を割らせない。

 そこから放たれる光速の波導が襲う。

 このままでは足立友美は知らぬ場所からトドメを刺されるその筈だった……。


「居たわね!」


 天を仰ぐ友美と幻覚人間の目が合う。

 黄金の輝きがよりいっそう煌めく。


「馬鹿な、私の場所を視認した?だが、もう遅い!」

「んなわけ無いでしょ!?」


 光速の波導より疾く駆ける。

 ならば!

 幻覚人間はまやかしで人を騙す。しかしそれだけで実力は姫様から名を与えられるほど世界は甘くはない。


「“千住無双”」


 自由自在に動かせる自身から生える無数の触手。その硬度は鋼鉄を超えそこに速さ加われば生半可なものではない。

 威力は銃弾を簡単に超えるだろう。

 追いつかれれば友美といえど一溜まりもない。

 ……、それは彼女に攻撃が当たればの話。

 これまで目で追うことが出来た彼女の姿が消えた。


「取った!」


 遥か彼方安全な距離を確保していた筈の相手が目と鼻の先まで迫る。

 急ぎ伸ばしきった触手を引き戻そうとするも時すでに遅し。

 

「“天高雷上”」


 突き上げる刃が雷撃を纏い空へと昇るが如く押し上げブースト、階層を分ける壁を砕き幻覚人間を押し潰しながら駆け上がる。

 何故、私の位置を特定できた?

 死の間際脳裏に過ったのはそんな事だった。

 薄れゆく意識の中映るのは付着した水晶が砕けた粉末。

 ???????。

 ピリつく静電気が走る。

 帯電している。

 成る程、そういう事か。

 簡易的な領域をあの場に創り上げ、己にとって優位な場所へと変貌させ、私の場所を突き止めたというわけか。

 幻覚人間の考えは正しかった。

 砕けた水晶に電力を帯電させ、大規模な“雷包囲網エレクトリ”を生み出していたのである。


「なんだ、アンタも小細工をするのね」


 階層を貫き一階へと達する。

 そこで幻覚人間は生命尽きた。

 戦闘を終え上の階層へと変則的な形で戻った友美を待っていたのは…。


「無事だったようね」

「そっちこそ!相当無茶したみたいね」


 打ち捨てれたロケットランチャーの数々。

 そして銃弾、数多の武器の類い。

 それらを消耗させて撃ち殺した悪魔の無数の屍。その奥、暗闇の先に広がる地下へと続く巨大な穴。

 そして螺旋状に下る坂道からは大量の悪魔が押し寄せて来る光景に戦々恐々とするも、周りを見れば一安心した。

 頼もしい面子だ。

 作戦の肝であるヤマトとひのみ。そして最年少の舞菜は不在だったが、残りはここに集まっていた。

 

「状況は?」

「不在の三人は、穴に落ちたまんま行方不明。なんとか這い上がった私達は合流を果たせたけど地下へと続く穴から雪崩れでる大軍が邪魔で目的地へは行けてない」

「ならやることは一つね」

「「押し通る!」」



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