episode24 北海道戦線

「で、勇んで来たわりにはどうゆうこと?」


 てへへと間抜けそうに視線を泳がし逃げようとする舞菜の首もとの襟を掴み上げ、怒り滲ませる表情で優しく微笑みかける。

 仲間の窮地を救うため友美と岬が転移の門をくぐり馳せ参じたというのに、出会したその場には何処から持ってきたのか。

 カーペットを敷き呑気にお茶会ティータイムに興じていたのだ。

 彼女の背後にはおそらくこの地を統べる悪魔ウォンデッドの首魁と思しき死体が転がっている。


「ど、どうゆうことと言われても、通信が取れなくなるや護衛騎士ガーディアンが現れたからそれと対峙。無事勝利を収めたっす!それからは雑魚の掃討。そんで終わったから少し休憩中っすよ」

「成る程じゃあ貴女達のほうは平気みたいね」

「平気とは???てか、作戦の方はどうなったんすか!」


 何故友美達が現れたかよりも東京チームの成功の心配をする舞菜に、何も説明していなかったことを思い出した友美はひとまず周囲の安全も確保出来ているようだし、これまでの経緯を簡潔に話すことにした。


「そうっすか、そりゃ〜大変でしたね」

「他人事のように……、でも流石ね舞菜。単独で名持ちネームドをやっつけるなんて」

「……………………?」

「……………………?」

「アレ?ウチは名持ちなんて倒してないっす」

「へっ????だってさっき」


 首を傾げる舞菜に対して困惑する友美。

 てっきり舞菜が倒した護衛騎士がこの地を統べる名持ちだと友美は勝手に勘違いしていたわけで、この認識の齟齬が大きな問題を孕んでるのだが、そんな事を舞菜が知るわけはなく……。

 能天気にも困惑する友美を前に、爆笑する舞菜の頭を一発だけ殴り考える。

 つまり、全力を以て大阪に戦力を集中させ、それ以外の地域に関してはこちらに勝ちを譲るつもりなの?

 ここで話は少しだけ遡るのだが、どうして救援先が二班だけで済んだのかについて説明しなければならない。

 そもそも東京への陽動の為、戦力を割いた地域は、悪魔の巣窟ネストがある福岡、大阪、北海道の三箇所。

 救援先を考えた際、罠にかかったと言葉を最後に通信が途絶えた大阪が最優先との判断を下した。

 次に北海道に連絡を取るも連絡がつかず。 

 ただ福岡とは連絡が取れ「他の箇所と違いこっちにはオリジナル接続者コネクター居るのよ。大人二人があんたらに甘えられるわけないでしょ」と頼もしい檄を貰ったために、行く候補地が割り振られたのであった。

 そんな経緯のため、連絡が取れず状況が一切不明で突発的なことにも対応するため友美らがやって来て、問題が解決次第急ぎ大阪に合流するつもりで計画を立てた。


「まっ、なにより無事だったみたいで良かった。じゃあ岬、私達も大阪へ行きましょうか」

「行く前にすんません。通信機余ってたら一つ貰えないっすか。自分らの駄目にしちゃって」

「な〜んだそれで通信が出来なかったのね。はいこれどうぞ!」


 友美は懐に持っていた通信機を一つ舞菜に放り投げ岬が転移の門を形成するのを待っているとふと疑問が湧く。

 

「でも不思議ね。一度来たことある場所にしか繋げられないって聞いていたのに、ピンポイントで来るってどうやったの?」

「これよ」

「何この水晶玉?」


 人が通れるサイズの転移の門を形成する片手間岬は人の手が入る大きさの穴を別に作りその中から、蒼白の直径一センチにも満たない水晶玉を取り出し疑問符を浮かべていた彼女に手渡す。


「それが、転移玉」

「あぁ〜これが噂の転移玉って、本当にあったのね!!!私にはくれないもんだからてっきり本当はないものだと思ってたのに…」

「そっか貴女には渡してなかったものね」

「ええだから実物を見るのはこれが初めてだわ」


 岬が友美に渡していなかったのには幾つか理由がある。

 転移玉さえあればそこを起点として転移の門を開くことが可能となり、行った所のない場所には転移出来ないという制限を解消されることに一役立つ。

 ただ難点としては時たま転移地点がズレて微妙な場所に出てしまうこともある。

 その万が一のせいで、ヤマトらが転移した先が空の上だったのだが今は知る由もなく後ほど涼介が文句を言って口論となる未来が訪れることを彼女はまだ知らなかった。


「あっ、行く前に良かったらこれどうぞ!」


 部隊の一人が二本の飲料水ボトルを渡してきた。


「ありがとうございます」

「でもどうして通信機が壊れるなんて…」


 連絡手段を駄目にするとは一体何があったのかと単純な疑問を友美が聞くもすぐに後悔した。

 何故かと言えば遠目に見えた舞菜が通信不良なのか未だ連絡が繋がっていないっぽく、昔ながらに通信機を何度も叩き直ったか確認しているようだった。

 

「ハハッ、あんな調子でやってますけど舞菜ちゃんが壊したわけじゃないですよ〜。急にこの建物内で吹雪いて、そんときにイカれちまって。奴さんも視界不良だろうにどうしてあんな真似をしたのか…」

「それっていつのタイミングなの?」

「確か護衛騎士を時だったかな?だよなぁ〜皆」

「ああ確か舞菜ちゃんが勝ったぁ〜って喜んでたし敵もほぼ殲滅してた時で面食らってこっちも驚いたよ」


 何か引っ掛かる。

 名持ちが居なかったのは、大阪に戦力を集中させる為としても納得がいく。

 けどならばどうして敵は、鶴見さんらを足止めするような真似を……?移動手段である接続兵器は橋本さんの転移の門だけなのを知ってる筈なのに。

 嫌な予感がした。


「橋本さんっ!転移の門を札幌地下都市に繋いで早くっ!!」

「えっどうして急に」

「いいから早くお願いするっす!!」

「ごめん。急いでるところ悪いけど無理なの」

「どうしてっすか」

「だって私北海道に来たのこれが初めてなのよ」

「そんな……このままだと皆が」


 鬼気迫る舞菜の眼差しに申し訳なさそうに視線を逸らすしかなかった。

 暗い空気が漂う。誰も哀しみに暮れる舞菜に話しかける事が出来ずにいた。

 すると舞菜の肩をポンと叩き彼女が振り向いた先には槍斧を携える友美の姿があった。


「ねぇここから札幌までどのくらい」

「無茶だここからどんなに急いだとしてもヘリで約一時間はかかる!」

「それぐらいなら問題ないわ」


 もしかして走っていく気なのではと思った隊員が止めに入るが構うことなく、友美は準備運動をしている。

 

「ごめん、これそのまま借りるわ」


 手には先程岬から受け取った転移玉をチラつかせてみせた。


「ちょ、本気…!」

「本気も本気、マジ本気」

「分かった。ただ、向こうがどういう状況ぐらいは」

「きっとこの地のは札幌に居るそうでしょ?」


 どうしてそれを?と問わんばかりの表情に、友美の嫌な予感は的中したと我ながらに文句の一つも言いたい所だがそれは後回し。

 土地勘のない友美だったがだいたいの方角さえ分かればあとは魔気の濃い場所を目指すだけ。

 

「よし任せな」


※※※


「隊長っ!舞菜嬢と連絡着いたが、嬢ちゃん今函館に居るって」

「はぁ!?居ねぇと思ったらどうしてそんなとこに」

「さぁ歯切れが悪かったがそれよりあと少しだけ持ち堪えてくれって」

「持ち堪えろって……」


 後方には地下都市シェルターへと至る一本道が伸びているが、それよりも今は目前に迫りつつある悪魔の大軍についてだ。

 北海道地下都市の守護を任された自衛隊の部隊長は、敵の接近を確認するやすぐに地下都市に居る筈の接続者達との連携のために連絡を取ろうとするも何故か不在という事実に驚愕しながら対応に迫られていた。

 そして待ち望んていた鶴見舞菜からの報は、予想通りのもので想定していた最悪を現実のものとなる。

 チクショ〜。函館からヘリで約一時間。その間持ち堪えろって、少しじゃね〜ぞ。

 だけどやるしかないか…。

 縋る部下を前に部隊長は覚悟を決める。


「射程に入り次第迎撃行動に移る。野郎共、嬢ちゃんらが来るまでなんとしても持ち堪えさせろ。でなきゃ〜守るべき家族は死ぬと思え」

 

※※※


 戦闘開始から十分経過。

 なんとか首の皮一枚繋がって戦線が維持出来るかという感じだ。

 これまでの戦いで接続者の助けが如何に有り難かったか思い知らされる。

 だが余談も許さないのも事実。現に部隊長は奇跡とも呼ぶべき現状を前に遠くに佇む名持ちの挙動に注視していた。

 

「隊長っ動いた!」


 監視を頼んでいた部下からの報告に対し即座に無線を飛ばし警戒を呼び掛けた。

 次の瞬間目視では捉えきれない大きさの氷塊が頭上に現れ上空に静止した。

 隊員たちが持つ銃火器だと全く効果はなく、まるで鉄塊に豆鉄砲をぶつけている感覚のように思える。

 その中で瞬時に防衛部隊が持つ最大火力であるミサイル兵器の使用に踏み切ったが結果は……失敗に終わった。

 接地面の氷が多少砕けただけで、氷塊はほぼ無傷に近しい。

 ゆっくりと氷塊は動き始め加速度的にスピードを増しながら落下を始める。

 現状打破出来なければ自衛隊は壊滅。しかも憶測だがあの氷塊が地面に衝突すれば地下都市への被害は免れないことは明白だ。

 悪魔の大軍は後方に退き様子を伺うのみに徹する。

 なにか手段は残されていないのか…。

 隊長は思考を巡らすが打つ手はない。

 もう駄目だと半ば諦めそうになったその時、氷が砕けるような音がしたかと思えば突然突風が吹き荒れ冷気を直に感じだ。

 そして氷塊を見るや真っ二つに割れ、女性の叫び声が何処からともなく聞こえるや次々と細分化されていく。

 皆が何事かと考える暇を与えることなく、細かく割れたとはいえ一つ一つの大きさは人間を潰すには十分過ぎる氷塊の更に上空。晴れ晴れとした天気模様が一変暗雲が立ち込め無数に降り注ぐ雷鳴が氷塊を完全にチリと化していく。


「ふぅ〜ギリギリ間に合ったみたいね」

「お前さんがどうしてここに!?」

「それはどうでもいいからこれ渡すね」

「んっ、てこれ転移玉じゃねぇか」

「つぅわけで連絡取って早く鶴見さんら呼び戻して頂戴ね。でないと手柄全部掻っ攫うから」


 救援要請はまだ出していないはず。それなのに本来居ることが絶対にない接続者の登場は一番のサプライズとなったのは誰の目にも明らかであった。

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