episode23 始まりの樹の下で

 とある戦場にて。

 悪魔の軍勢を退かせた人類が歓喜の宴に興じる最中、彼女だけは唯一少し離れた小丘に残されていた桜木に寄り添っていた。

 隔絶された世界の中。植物さえあまり見受けられないこの地にて、既に桜は散り戦いの影響か枝も所々折れて無惨にもポツンと取り残された桜木に身を委ねる姿がどこか儚くも美しく映る。


 “どうしたひのみ?”

 “この勝利を私は素直に喜べないの”


 接続兵器『封印の鞘』の担い手にして、巫女である彼女は戦場の厳しさを実感していた。

 此度の戦いにおいて人類は勝利を掴んだが、一方で喪われた命の数は計り知れない。

 それ故に彼女は泣いていた。

 きっと散っていった名前も知らない仲間達のことを想っていたのだろう……。

 でもそれは彼女だけが抱く気持ちではない。


 “僕もだよ”

 “ヤマトも?”

 “当たり前だろ!?こちとらほんの少し前までただの高校生だったんだぞ。なのに今では先陣を切り戦い隣では昨日知り合ったばかりの人が死んでいく。そんな今をどうして喜べるんだよ”

 “そうだよね……それに………ごめんね巻き込んじゃって”


 ひのみはこれから彼女に伝えようとしていた大切な言葉を遮ると申し訳なさそうにそっと呟く。

 違う。

 これでは僕は戦いに巻き込まれた現状への恨みをぶつけているみたいじゃないか!

 自分の言動を振り返ればほんの少し前の自分を殴りたくなってしまう。

 そんな己の不甲斐なさをグッと堪え。


 “そんな顔しないで。それに何か勘違いしてるようだから言っておくけど、僕は巻き込まれたとはこれっぽちも思ってなんかいないよ。寧ろあの時君が居なければ妹を守れなかった”

 “あの時って博多での出来事?”

 “そっ、僕はあの時望んだよ柚子を護りたいって。きっとそれに神炎は応えてくれたんだ”

 “だからひのみが謝る必要なんてない!これは僕が選んだ道だ。それに………”

 “それに……何?”


 少しだけ小っ恥ずかしかったけど口に出さずにはいられなかった。

 

 “世界を救う、のために。”

 “なにバカ言ってんのよヤマト”

 “だって僕は主人公だ。主人公ヒーローに二言はない”

 “主人公って何言い出して”

 “元気出たみたいだね”

 “なんだただの冗談か、もぉびっくりさせないでよ”

 “冗談じゃない、僕はもう誰も悲しませない”

 

 それは決意であると同時に悲しむ何処かの誰かを見捨てたくないそれは僕の本心そのものだった。

 たとえそれが夢物語だと誰かに背中を指さされ笑われようとこの決意だけは覆すことは絶対にないと誓う。

 のだが……この話には続きがあった。

 というのも、実は接続者コネクターに此度の戦いの礼を言おうと近づいていた一人の軍人が偶然盗み聞きし、仲間にすぐさまこの語らいを口伝しようと瞬く間に去っていった為に聞き逃しこれが広まることは無かったという裏話があるもそれを知るのは、その場に居た二人を除いては誰も居ない。


 “とカッコつけて言ったみたいだけど、良かったのしちゃって?”

 “さぁ〜ね次第じゃないかな。それに多少大袈裟ぽく言ってみたけど本質は同じだよ。僕の手の届く範囲だけでも護る!”

 “ふ〜ん手の届く範囲ね……。じゃ、貴方のいう手の届く距離ってどのくらいなの?”

 “そんなの決まってる!”


 空を仰ぐ。

 硝煙で濁っていた曇り空はいつの間にか晴れており、鮮やかな青空が広がっていた。

 まるで天が人々の勝利を祝福しているようだ。ただそれだけではない。

 人類の夜明け。

 反撃への希望を灯す主人公ヒーローの登場を世界が歓迎しているように…。

 しかし、そんなこと等つゆ知らず僕はひのみに笑いかける。

 純粋な想いを以て。

 

 “当然、僕が行ける所全てだ”

 

 呆れを通り越してひのみは腹を抱えて笑った。

 行ける所全てとは言い換えればつまるところ小さなコミュニティに限らず、大空を飛ぶ鳥が如くその場に留まることを知らず何処へだって行く。

 

 “呆れた……。それってつまり”


 大袈裟に言ったと彼は言っていたが、大真面目じゃんとツッコミを入れようと思ったがここでそれを指摘するのも無粋だなと途中まで言葉にしたところでやっぱり言うのを止めにした。

 ちなみに余談であるが、届く範囲を広げるため幾度となく協力を頼まれその度に扱き使われた一人の接続者が居たらしい。

 その橋本岬にとってはこの場での会話こそ己と大空ヤマトをこれまで以上に強く結びつける境界点ターニングポイントとなったのであった。

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