episode22 主人公の帰還

「いずれ大空ヤマトを奪還すべく動くことは。故に策を張り巡らされたんです」

「私の顔で自慢気に語らないでくれるかしら。けど、予想出来ていたにも関わらず防げなかったとは愚かね」

「あらっ、失礼。でもこの顔お気に入りなのよね〜〜。うん。貴女の意見には同感。全力を以て大空ヤマトの奪還を阻止すべく動いていたワタシにとっては上手く出し抜かれたみたいで癪に障るわ」


 ようやく蓮からの通信の意味が真実味を帯びて伝わる映像を前に意気揚々と語る霜山もどきは、表情を手で覆い隠し次の瞬間別人へとすり替わっていた。

 名持ちネームド、麒麟。

 記憶の欠落が見られるらしい僕は正直覚えていないが…。

 霜山さんと麒麟が言葉の応酬をするのを尻目に簡単に説明してくれた。

 悪魔ウォンデッドの中でも言語を介し雑兵であるスクロールらを指揮する幹部クラスの実力を持つ彼らを人は名持ちネームドと呼び、その個体もまた自ら名乗りを挙げて人類に戦いを挑む為それぞれに呼称があるらしい。

 霜山と麒麟の言葉の応酬を前にふと転移装置へと近寄る橋本の姿が視界に入る。

 するとなにやらコソコソと周辺の機器をイジっているではないか。

 危ないっ!と叫びそうになると僕と目が合った彼女はニコリと笑い人差し指を立て静かにとジェスチャーで応える。

 たとえ思念体だとしても下手に刺激すれば何が起きるか分からない為にひやひやと肝を冷やさせるもお構いなしに彼女は作業を続けていた。

 

「ふぅ〜終わった終わった」

「貴様何を…」


 ようやく気付いた麒麟が橋本へと手を伸ばす刹那、残滓は揺らめき次の瞬間にはその場には誰も居なくなっていた。


「で、次はどうします?」

「次って岬今何をやったの?」

「え〜とぉ単純な話麒麟が結界の弱点を突いて来たのなら、それを補うべく結界を強化しました!」

「凄っ、私のお姉ちゃんは……。おにぃ良かったね」


 何が良かったのかさっぱりだったが、にこやかな柚子の笑顔に僕も嬉しくなる。

 けど一人だけ顔が険しい者が居た。


「ちょっと話があるんだけど」

「ごめん…私はないので」

「こらっ!逃げるな岬さんっ〜〜〜〜」

「ヤダぁぁ〜〜〜〜〜絶対怒ってるでしょ私のこと殴るって分かりきってる相手に近づく愚行するわけない。うん、絶対ない!」

「いやいやいきなり殴るわけないでしょ」

「本当?」

「本当本当。私神楽ひのみは嘘付かない」


 怯えるハムスターを宥めるように一歩ずつ近寄っていくひのみ。

 対して橋本は涙目でコソッと誰にも聞かれないように耳元で何かを話す。

 

「成る程成る程、成敗っ!」


 話し合われた内容は全く分からなかったが、次の時にはひのみの強拳が炸裂して橋本の頭部を狙っていた。


「こらこら落ち着きなって神楽」

「落ち着きなって足立さん、岬さんの所業を聞いてもなお庇う姿つまりは私の敵ってことですね」

「どうしたらそう話が飛躍するか説明して欲しいけど今は割愛しましょうか」


 ひのみの振り下ろさせた拳を受け止めた足立に文句を言いつつも次第に冷静さを取り戻したところで今後について霜山、神村を交えて議論が交わされる。

 ちなみに僕は除け者とはさてその輪には加わらずに柚子から向こう側でどう過ごしていたのか質問攻めにあっていた。

 これまでの日々。

 柚子に語る中で僕自身改めて見つめ返せば今まで普通に過ごしてきた日常が一変してからまだ一週間すら立ってない事実にぶち当たる。

 いや正確に言えば悪魔ウォンデッドに囚われる前のことを換算に入れてない話だが…。

 

「ふ〜んでも、邂逅一番の神楽さんの言葉が『世界を救うぞ主人公さん』っていうのは何か意外だなぁ〜」

「それをいうなら今のひのみと向こうでのヒノミは全く違うんだけどどっちが素なのやら」

「話を聞く限りはう〜〜んどっちも素なのが正解なのかな。そういう意味ではあれ……?そっちの線も可能性あるの??」

「あるから!だから私のことも神楽さんからひのみお姉ちゃんってあいたっっ!」

「突然消えたと思ったら油断もあったものじゃないわね貴女。はぁ~〜私の知る巫女姿の神楽ひのみはどこへ行ったのかしら」

「私ならここに居るけど?」

「そういう意味じゃないっつう〜の」


 頭を抱え悩める足立さんを前に彼女は意味分からなげに首を傾げる。

 その姿にため息を吐く足立さんであった。


※※※


「じゃあ三班に別れるわよって言っても、班割は歪なんだけどね」

「でも良かったんですか私の力があれば皆さんを安全に送り返せますよ」

「岬ちゃん。今名古屋までの転移門を開けてくれれば私達は無事に帰還出来るわ。ただこの一大事に貴女の魔気を消耗させたくないの分かって頂戴」


 班構成は三つ。

 一班目、今回の大空ヤマト奪還作戦に従事した技術者達や霜山さんの班。こちらは名古屋までの帰還を目的としたもので、来た道を引き返すのみで安全は保証されていないとはいえ比較的問題なく移動する。

 二班目、北海道への救援を目的としたもので行くのは足立と橋本の二名のみ。

 そして僕とひのみに涼介が加わった第三班は、つい先程通信が途絶えた大阪へと向かうよう即座の話し合いの末決まった。


「じゃあ最終確認ね。私と橋本さんは第三班を転移の門ゲーティアで送ったあと別の門で北海道へ向かう分かった?」

「すみません…」

「何かしら?」

「僕も頭数に入ってるのって大丈夫なんですか?」

「分かってると思うけどそれだけ人数が足りないってことよ。じゃあお願い」


 眼の前に人が通れるほどの大きさの転移の門が出現した。


「足立さん」

「あらっ何よひのみ?今更、彼を戦場に向かわせるのに異議でも唱えるつもり」

「う、ううん…違うわ。だけど少しだけ時間をくれないかしら?」

「ふぅ〜分かったわよじゃ、5分だけね」

「ありがとう恩に着るわ」


 踵を返しひのみが僕に近づいてくる。

 何故か?僕の手をひっぱり周囲から距離を取った。


「なんだよいきなり」

「一つ勘違いしてるだろうから教えなきゃと思って」

「勘違い?」

「まっ、あえて勘違いさせていたのだけれど………。よく聞いて理解してほしい。ヤマトが持つ接続兵器について」


※※※


「準備はいいかしら?」

「私は大丈夫です。ヤマトは?」

「僕も問題ない」

「そっ!分かったわ。なら私からアドバイス」

「アドバイス?」

「漢ならど~んと構えてろ!亡くなった兄の口癖」

「お兄さんの……」

「そう悲観することはないわよ主人公!兄は死んだけど、彼の意志は私が受け継いだもの」


 瞳に映り込む眼差しは力強く真っ直ぐど~んと構えていて彼女の心情が垣間見えたようであった。

 僕は不意に周囲に目が行く。

 既に第一班はこの場を去り残されたのはこれから戦場へと向かう僕ら五人だけ。

 他の三人も足立の言葉に耳を傾けそれぞれ思い思いに反応していた。

 三人とも悲観していない。

 その言葉がしっくりと胸の内に納まった気がする。

 それにひのみが語ったあの言葉。

主人公ヒーローはいつだって遅れて登場するものよ」

 自分にやれるだけのことはやってやる。

 その想いを再度自身の中で確認し僕は転移門を潜った。

 抜けた先は上空。

 どうしてだろうか……。

 登場は空からとでも相場が決まっているのかと疑わざるを得ない移動に苦言を呈したいが今はそんなのは後回しだ。

 一緒に転移門を潜り降下している二人も若干の困惑気味だが、直下の光景を目の当たりにすれば気持ちを即座に切り替えていることだろう。

 魔気で視力を強化してギリギリ遠目に見えた光景だとおそらく人間らしき集団が、悪魔の大軍に周りを囲まれ逃げ場を失っていた。


「ヤマト!」

「了解」


 ひのみが僕の名を呼ぶ。

 彼女の意図を察し僕は瞬時に行動に移す。

 ひのみが先刻教えてくれた僕だけの接続兵器。その真価を発揮する時だ。


接続コネクト、『神炎カグラ』」


 刀身が召喚され僕は柄を握る。

 ただこれまでと違いひのみが僕の中に入ることなく接続を成功させた。

 目標は大軍の一箇所に風穴を開け脱出経路を作ること。

 これまで僕が手にしていた刀身は『神炎』の上澄み。の番人の役割を担う巫女が封印していた時の残り火に過ぎなかったらしい。

 故にその力は。


「“一閃・焔”」


 爆炎の刃が戦場を分つ。

 悪魔の群れの一部は焼却し突破口を開くには十分な結果を齎す。

 爆炎による副作用ともいえる上昇気流が僕らの落下速度を失速させる働きを示し、地面に降り立つ。


「涼介成功させたみたいだな」

「これは…これは……、黒騎士殿は失敗したみたいですね」


 両陣営が突然この場に現れた僕らに注目し各々に言葉をかける。

 視線がキツい。

 きっと僕を見ているんだ。

 けれどこんな時僕はどうすれば良いか知っている。それに、も似たように登場し僕と妹に勇気を与えてくれた。

 だから邂逅一番の台詞は決まっていた。

 口を開こうとしたその時、脳が焼けるようなズキズキとしたあの痛みが僕の最も大切な記憶を蘇らせた。


 “そうか、僕は彼女の笑顔を守りたかったんだ”


 そして彼女だけでなく、この戦いを通して出逢った沢山の人々。

 彼ら彼女らの笑顔を守りたい。

 その為に僕は戦いの道を選んだんだ。

 求めていた答えと巡り会えた気がした。

 だからこそ明確な意志を以て宣言する。


「世界を救いに来た!」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る