episode25 駆ける稲妻
転移玉を自衛隊員に渡し粋がって前線に飛び出る刹那ふと頭に過ったのは、正直大口を叩きすぎた自分への猛省だった。
あれだけの軍勢を前に残りの魔気残量だと少し心許ない。
既にここまで来るのに半分以上の魔気を消費しており、しかもさっきバカデカイ氷塊をぶっ壊す為に大技使っちゃたし…。
とくれば省エネで上手く立ち回りたいが難しい。
ならば敵を撤退させる為にまず狙うべき相手は決まっていた。
「つぅ〜わけでその首貰ったぁ〜〜」
友美の場合通常接続時は蒼白オーラを纏うが、ギアを上げれば黄金色に変化する。
普通の人間の目には留まらぬ速さで悪魔の群れに突っ込む疾走っぷりを魅せた。
しかもキッチリと自分の前に立ち塞がった悪魔の命は全て狩り尽くして進む。
標的である
あと少し、あと少しだと言うのに。
そこに割って入る影。
寸でのところで介入してきたヒト型が振るう得物だったが遅い。その速さで攻撃を仕掛けてくるも、私の力を前にすればなんとか躱しそのままの勢いを殺すことなくダメージを名持ちに与えられるはずだった。
なのに、躱した方向目掛けて切り返し放たれる二撃目に転じその速度が一撃目を優に超える速度で、一撃目を横に躱し状態滞空状態の今のままだと当初目標としていた名持ちへの攻撃がままならないどころか、ヘタすれば致命傷に為りかねない一撃をこの身に受けることになると直感が働く。
紙一重の距離。
くぅ………ならば目標変更。
多少強引にでも回避行動に出ようと、無理矢理身体を捻り、槍斧の頭身である先端を重力に身を委ねるようにして地面へと落下させる。
自然と友美の身体が行き着く先も変化し、頭から落ちていき上下逆さまの姿勢になるその間僅か一秒にも満たない時間。
次に右脚に魔気を集中。
折角の攻撃を駄目にしたお返しに私の蹴りをお見舞いしてやろうとするも、今度は向こうが脱兎の如く逃げた。
嘘っ避けられた。
友美にとって速さは最も自信のある分野だった。彼女にとって速さという分野においては右に出るものは居ないと自他ともに認められていた。
故に確実に決めに行った蹴りで取り逃がしたとなれば驚くのも無理はない。
「あら、残念。折角の奇襲上手くいかなかったようね」
「お膳立て頂いたにも関わらず忸怩ってしまい申し訳ありません」
「いいのよ。お姫様の頼みですし、確率的には五分五分といったそうだったし妾はどっちの結果に転んでも良かったわ」
名持ち「氷の魔女」と会話する正体に私は半分目を疑った。
確かに黒騎士が大空ヤマトを囲う檻の中で見張っていたことを考慮すればその可能性も十分ありえたが、まさか本当にこうして対面して実感した。
友美の前に瓜二つの己が居た。
「先刻ぶりね私!借りを返しに来たわ」
戦場で時折り確認されていたが、まさか奴そのものだったとは。
てっきりあの空間だけの紛い物とばかり思っていたのに、私自身を
二対の槍斧がぶつかり合う。
まるで鏡に映る己自身と対峙するように何度も何度も攻撃を弾かれる。
ただ、それは相手にも言えることで時間だけが経過しているようだ。
その流れが変わった。
少しずつだが、撃ち合っているなかで押され始める。けど負けた訳では無い。
残り僅かの魔気を振り絞り最後の加速を見せつけてやる。鍔迫り合いの様相示したにも関わらず、友美は後方にジャンプして退く。
幻覚人間は友美を追撃することはせず警戒して顔を顰める。
黄金のオーラがより一層の輝きを示し煌めきを放つ。
こちらの意図を察したのか向こうもまるで鏡に映る対称であるかのように同じポーズをし武器を構え力を溜める。
その姿に内心では、この技までも敵は模倣出来るのかと思いつつも、負けるわけにはいかないと強い決意を胸にし、両者同時に駆け出す。
「ぐはっ………」
両者が衝突するまでといった刹那の出来事。見えない壁が友美の進撃を阻み、ぶつかった衝撃が全身に激痛となって襲い掛かる。
膝をつき倒れる友美。
なんとか槍斧を支えに立ち上がろうと力むなかで左手が見えない冷たい何かに触れた。
そこでようやく理解が追いついた。
眼の前に映るのは己自身だということに。
氷壁が消え、反射して映っていた彼女の姿も消えると奥から幻覚人間とその背後にはおそらくあの氷壁を創り出した元凶である魔女が不敵に笑いながら姿を見せた。
「借りを返すなんて言っておきながら、協力するなんてまんまと騙されたわ」
「ごめんね〜ワ、タ、シ…。でも許してねここであんたを必ず排除しろって命令なの」
「妾としてもこのような役割ごめんじゃが致し方ない。狐につままれたと思いながら後悔して死ぬがよい」
「それはお断りしようかな」
「あれれぇ〜、もしかして貴女一人でこの状況から逆転でも出来ると思ってるの」
「愚問ね。だれが私一人と言った?」
「“紅蓮回廊”」
豪炎の渦が地面すれすれを這い友美に当たらないような角度から来襲する。
不意に受けた攻撃を前に氷壁を張り抵抗をしようとするが、間に合わずしかし展開中だった障害のおかげか軌道が少し逸れた渦は氷の魔女の左腕を燃やす。
苦痛に悶え叫ぶ魔女を前に、友美が待っていた少女が現れた。
「砦にいねぇと思えばここにいたっすか!」
肩で息を吐きながら全速力で駆けてきたであろう少女・鶴見舞菜は威勢良く対象である氷の魔女を指差しながら叫んだ。
こうして戦場に本来北海道地下都市を守護する接続者が到着した。
ただそれも束の間、蕾が開くように腕を広げ炎の壁が舞菜の頭を起点に彼女らを包み込むように半球上に覆っていく。
「岬っ、準備オーケーっす」
「えっ何するつもりなの」
「安心して下さいっす。
爆音と共に空気が揺れた。
似た現象がほんの少し前起こったばかりだったので前触れもなく岬が事を起こしていれば、きっと自衛隊員は顔を強張らせもう駄目だと諦めの境地に達する者も現れたかも知れないがそうはならず。
逆に今度は悪魔側が絶望を知る。
友美は揺れの正体を探り空を見上げれば、それが何だったのかを知ることとなる。
「アハハ…、本当に大丈夫なの?」
「はいっす。たぶん受け止められるはず」
「はずって何よはずって!そこはしっかりしなさいよ〜」
少し覇気弱めに項垂れる舞菜を前に友美は心配になり、半ば八つ当たりだと知りつつも掴んだ彼女の肩を縦に揺さぶって不安をぶつけた。
彼女らのやり取りも致し方ない。
なにせ眼に映ったのは上空を埋め尽くし隙間を与えないほど無数に敷き詰められたミサイル群。それが今にも振り落とされそうとなればパニクるのも無理はなかった。
瞬く間にミサイルが降下を始めた。
※※※
「収まった?」
「みたいっすね」
怒涛の爆音ラッシュが続いていたがようやく音も途絶えたので、舞菜が“鳳凰の盾”を解除するとまだ黒煙が漂い周囲が見えない。
「たくぅなんて無茶をするの橋本さんは!?」
「自分に言われても困るっす」
「でもそれを知っていたなら止めようとするはずじゃない」
「こらこら後輩を虐めるのでありません」
第三者の声と共に友美は脳天にチョップを喰らい頭を押さえる。
友美を苛立たせた原因がなんの悪びれもなくそこに立っていた。
「いつの間に」
「それはほら貴女が隊長さんに渡した転移玉を今舞菜ちゃんが持っているので」
「そっ、成る程ね。でもねぇ〜流石にさっきのは無茶し過ぎよ!もし地下にまで影響があればどうしてたのよ」
「それはほらっ!ミサイルの威力調節して地下には影響が出ないようにしたし、自衛隊長に許可貰ったので遠慮なく…?あの軍勢を前に出し惜しみは無理だよ」
答えにはなってないのだが、岬の意見も一理あるとの結論に至る。
現にまだ黒煙が完全に晴れたわけではないものの周囲に響いていた悪魔の叫び声等は聞こえなくなった為、岬の選択を頭ごなしに否定出来なかった。
「それにアレ使おうとしてたでしょ?ここに来るまでにどんだけの魔気を使ったのか知らないけど、相当ピンチだと思ったからにはやるしかないと思ったわけ感謝して欲しいところね」
「そっかそれは悪かったわね」
「違うっすよこういう時使う言葉は!」
「ありがとね」
舞菜がメッと可愛らしく友美に口を挟み、それもそうよねと思い直せば助けてくれた岬の顔を見て一言感謝の意を込めて礼を言った。
「ご歓談中のところ申し訳ないけど、そろそろ良いかしら」
背筋を凍らせる魔女の声が三人の耳元に入った。
選択を誤る。一斉に声がする方角を振り向くも、今すぐやるべき行いは別。
すぐに防御姿勢を取るべきだった。
全身が肌寒い。諸悪の根源であり三人の動きを封じた氷を前に術者である魔女は幻覚人間と共に晴れた黒煙の中から姿を現す。
「舞菜殿、先刻はご挨拶叶わず残念でしたわね。貴女がここに居るということは
「仇も何も吹っ掛けて来たのはそっちだろ!ウチの両親だって……」
「あら?ご両親亡くなってたのね。てっきりその下に居ると思ってたましたわ。今日は貴女の裏を掻いて嫌がらせするつもりだったのになんだつまらない」
「つまらない、つまらないって聞き捨てならないっすねぇ。人の命をなんだと思って!」
「さぁ〜地を這う虫けらかしら」
「許さないっす。決して」
舞菜の周りの炎が猛火となり天空へと広がり、足元の氷が溶けていく。
怒りに身を任せた炎は真横に友美と岬が居るにも関わらず燃焼し続け「熱い、熱い」と口を揃えて言うも聞く耳を持たない。
猛火が直に肌に触れるまで迫る。オーラで幾分か防げるが、もしも舞菜がこのまま暴走を続ければこちらの身すら危ういだろう。
仲間から身を守らなければいけない事態に二人は視線を交わし会話した。
正確には会話と言えたかどうかはさておき、互いの意図だけは伝わり合う。
身体が動けるようになり次第、舞菜には申し訳ないが彼女には意識を失ってもらおう。
ジリ貧の友美とまだ余力を残しているとはいえここに至るまで何度も大規模な転移をしてきた岬。
本音を漏らせば舞菜が欠けることは痛手だがここで暴走されても邪魔でしかない。
そう結論付け頷くのだが。
「勝手に決めつけるのは酷いっすよ先輩方」
猛火という現象が脳内にて勝手に変換された結果見た目の情報だけで熱いと錯覚していたに過ぎず、実際は氷は溶けるが人に害なす火ではなく寧ろその逆。
枯渇しかけていた魔気を鳳凰の癒しの炎が回復させ、暴走状態かに見えた舞菜の行動は至って冷静な判断の上でのものだった。
「第二ラウンドの始まりっすよ!」
三対ニ。数的優位に一応立っているものの形勢は正直微妙。何故ならば対峙して間もないとはいえ向こうの底は計りかねる上に、多少は舞菜のおかげで回復したが全快とはいかない。
可能な限り長期戦を避け短期決戦を挑む。
その意気で三人は敵に挑もうとしたのだが…。
『あ、あ、マイクテスト。マイクテスト〜〜〜、人類の方聴こえてますか~~』
「何この声?直接脳に響いている感じ?」
「あらっワタシ、この声の正体が気になるみたいね」
『私、これ以上各地での小規模の戦闘は不毛だと思うの。そこで貴方方のもとに彼も戻ってきた事だし一週間後、東京で皆様をお待ちしております。ただもしもこの決戦を邪魔して皆様参加されないようでしたら私キレてしまうかも。というわけで本日は悪魔の軍勢には退くよう指示を出すので、皆様一週間後楽しみにしていますね』
一方的なまでの内容。しかも話者を視認することが出来なかったが明らかに幼子の声に、果たして悪魔が従うのか甚だ疑問だが勇む舞菜の身体を抑え反応を伺う。
「お姫様の命令となれば致し方なしね。それでは舞菜、また会いましょ」
「つまりどういうことっすかこれ……?」
さっぱり分からない舞菜が交互に友美と岬の顔を見て答えを求めてくるものの沈黙を貫いたあと岬は一呼吸置いて清々しいまでの笑顔で。
「やった〜〜久々に休めるぞ〜」
場に似つかわしくないがある意味的を得たものであった。
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