episode20 兄と妹

 第二フェイズ、大空ヤマト奪還の為の楔。

 作戦の要となる神楽ひのみが仮想世界へと潜航する少し前。

 場所は京都。悪魔ウォンデッドの大規模拠点の一つ。

 その地点が一望できる丘の上に羽柴蓮は仲間の一人である後藤寺夏恋と共に立ち、これから自分達が攻める悪魔の巣を眺めていた。


「持ち回りとはいえ、まさかこの目でアレを間近にする日が来るとはね…」


 流石の夏恋でも不安になってしまう。

 日本でも二番目の大きさを誇る巣窟らの周囲には悪魔が群がっており、その大規模さはこれまで目にしたことがなかった。


「いやはやこれと戦ってたと思うと大阪の接続者は骨が折れるだろうなぁー」

「駿さんのことか?」


 夏恋は会ったことがない足立友美のことを指していたのだが、蓮の認識は違った。

 足立駿。

 友美の兄であり、接続兵器ハルバードの先代所有者にして『大阪の陣』と呼ばれる『東京第二次大戦』の引き金となった前哨戦にて、死んだ一人の男の名前である。

 とはいえ前哨戦となった『大阪の陣』は、決して人類が望んで起きた戦い等ではなく。突如京都方面からこれまでに類をみない悪魔の大軍が押し寄せてきたことがあり、これを『大阪の陣』と呼称する。

 何故悪魔がそんな行動に及んだのか未だ解明はされていない。

 けれどその結果、日本の未来は左右されたといえる分水嶺に否応なく立たされた。

 そんな戦いに蓮は救援として馳せ参じそこで目にした。

 駿との戦闘を。

 

「ふん!にも劣らぬ猛者よ。名を何と言う?」


 ツワモノの立ち振る舞い。

 恐々としたドス黒い声だけで、思わず後退しそうになるのを数少ないオリジナル接続者コネクターとしての意地が許さず踏み止まらせた。

 

「足立駿」

「覚えておこう」


 確かにそれまでは拮抗していた。

 けれど現実は違う。黒騎士は本気を出していなかったに過ぎなかった。

 ギアが一段回上がる。

 勝負はあっという間に決着。

 黒騎士愛用の黒剣の前に駿は敗北し、建物の外壁にめり込む。

 そして力尽きた一人の接続者コネクターは、抵抗力著しく自由落下し身体はうつ伏せとなり動かなくなった。

 戦場における一幕の終端。しかし同じ戦場における別の戦いは違った。

 故に悪魔は大打撃を受け撤退を余儀なくされた。

 それはひとえに主人公ヒーローの活躍があったからであるが、今は割愛すべき物語であろう。

 黒騎士対足立駿の戦闘は、黒騎士の勝利に終わり敗北した死体は何も語ることなく、彼に寄り添う独りの少女は号泣している姿を蓮は視ていた。

 そして少女は今。

 短期間で兄にも負けない接続者となっている。


「いや、友ちゃんだよ」


 蓮の質問に彼女は首を横に振り否定して、脳裏に浮かんだ友の名前を呼んだ。

 夏恋と友美は知己の仲だった。

 オリジナルの接続兵器の後継者候補として幼き頃より日々鍛錬を共にしお互いを知っていた。

 しかしながら結局二人は後継者にはなれず、一方は兄がもう片方はライバルにその力は託される結果となった。

 

「そういや聞いてなかったけどどうして友ちゃんの東京行きOKしたの?」

「そりゃあアイツが行きたいって頼み込んできたからしたかなくに決まって……」

「決まってるわけはないよね!」


 食い気味にツッコミを入れる。

 バレていた。


※※※


 三日前。

 作戦前、大阪組との連携について内容を詰めるため一足早く蓮は大阪の地を訪れていた。

 そこで友美と会った彼は呼び止められる。


「話って何だ?」

「お願いがあるの。今回の作戦貴方に任せることは出来ないかしら」

「任せるって一番槍をか。なら俺様が引き受ける気だったが」

「まっ、普通そう捉えても可笑しくないわよね。私が任せたいのは、京都攻め全てよ」

「おいおい、何の冗談だよそれ」


 言葉に詰まった。

 流石の蓮ですら、友美の力無しで挑むとなれば難易度は段違いに跳ね上がり、一歩間違えれば作戦が成立すら危うくしかねない提案に戸惑いの色は隠せないでいた。

 普段の彼女であれば、冗談でもまずこんなことは言わない。

 気を紛らわす為この土壇場で巫山戯て言ったとは到底思えない真剣な眼差しが、嘘偽りなく話している彼女を物語っている。

 沈黙を破ったのは友美の方だった。


「場所を変えても?」


 その問いに蓮は黙って頷き大阪地下都市のとある場所へと赴く。

 無機質で殺風景な空間。

 そこに佇む黒い壁画。初めて大阪地下都市を訪れた蓮もこの黒壁の役割は十分理解していると思った。

 だって、が彼の地にもあ

る故に。

 友美は黙ったまま墓石に近寄り、一番新しく彫られた名前に触れる。

 先の戦いにて亡くなった兄の名を。

 悪魔との戦いによって死者を正式に弔うことは叶わずいつしか各地下都市では似たように墓石が建てられそこに戦死者の名を刻まれるようになった。


「兄様が最期に言ってたの」

「最期……、」


 思い出されるのは大阪の陣で、駿が黒騎士に敗れ去ったあとすかさず彼のもとに走ったのは妹である友美であった。


「自分が破れても必ず彼なら日本を悪魔の手から取り戻してくれる。出来るならお前にはその支えになってほしいってね」

「最期に残す言葉がそれかよって思わずにはいられなかったわ」


 語らいには涙ぐみ少し荒ぶる感情が表に出てきていた。

 

「その彼って……」


 この場で指す彼が一体誰なのか、話の流れから蓮には予想が叶う。

 そして答えるように友美は頷く。


「今回私達が救い出そうとしている大空ヤマトその人よ」

「そういうことか」

「私、彼とは面識ないのよ。でも兄様は違う。一度何処かの戦場で会ったことがあるらしく、自分たちのように者でもない彼があそこまで誰かの為に戦う。その素晴らしさを私に説うてたわ」


 友美は駿から託された接続兵器をすぐに自分のものとして扱えたが、奇しくも「東京第二次大戦」には参加が叶わず出逢えなかった。

 けれど機会さえ訪れれば兄様が語る彼を背中を預ける相手……そして本当に人々が希望として称える主人公足り得る人物なのか己の瞳で判断ジャッジしてやろうと思っていたが、それは彼の死によって永久に訪れないものとばかり思えていた。

 そこに降って降りた大空ヤマト奪還作戦。

 友美からすれば兄の遺言を果たすか否かを確認するため東京行きを願い出たかったのである。

 友美より想いを聞かされた蓮もまた決断した。

 そして時は今へと至り作戦は結構される。

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