episode19 破滅へのノクターン

「というわけ理解できた?」

「まぁなんとなくは……」


 ここまでの経緯を教えてもらったけど、僕にとっては物語の中の世界。

 自分の為にどれだけの人が命を賭けてくれたのか知らされても、いまいちピンと来ない。彼らが求める僕への理想像が高すぎる。

 ヒノミと出会って勇気を貰えた。

 どこかの誰かを守れるだけの力を手に入れた。

 少し前までの僕とは思えず柄にもないことだとは十分理解しているつもりだ。

 それでも僕は変わっていく。

 あの時、ヒノミとの邂逅が僕の運命を大きく覆したそう思っていた。

 なのに…。なのに…。

 本当は違った。

 僕が背負っているのは人類の命運。希望として大勢の人の想いを一心に抱えこむ存在だということ。

 それが今の僕が決心するより遥かに前から決まっていたなんて。


「けど僕はあなた方が求める本来あるべき大空ヤマトじゃない!」


 折角、僕のために状況を説明してくれた霜山さんについ本音をぶつけてしまった。

 だってそうだろ。

 皆が求めていた者は、記憶を失う前の僕だ。

 それは話を聞いていれば分かることだし、何より僕を視る彼らの目が物語っていた。

 ここで述べる彼らとは、さっき助けてくれた本物の足立友美らではなく、僕を呼び戻す為転移装置を起動させる為の準備等を担った技術班のことを指す。

 

「バカねあなた」

「ヒノミ」


 神楽ひのみは知っていた。

 仮想世界でヤマトと接触し過ごした一時の思い出。その中で実際に触れあったからこそ気付かされたこと。

 それは…。

 大空ヤマトの本質は変わっていない。

 巫女としての役割を放棄してしまいそうになり投げやりになりかけた己を鼓舞し励まし寄り添ってくれた彼と同じ。

 たとえ一時的、もしくは永久的に記憶が戻らなかったとしても共に過ごし神楽ひのみが愛した彼そのものだ。

 ただ……。

 どうしても耐え難いことが一つ。


「ヒノミ。じゃなくて

「???」

「酷いです霜山さん……。本当は私の口から名前伝えたかったのに」

「うぅ…なんかごめんなさいね」

「こっちこそすみません。どうやら思った以上に堪えているみたいなんで、つい八つ当たりっぽくなってしまいました」


 ぷく~と頬を膨らまし起こる仕草でこっちを見る彼女。

 俺は彼女をのだ。

 霜山さんの話の中でヒノミのことにも少しだけ触れていた。

 巫女がどんな立場なのかはさっぱり分からないままだ。

 けれど僕は誤認していたらしい。

 仮想世界にて接続兵器=ヒノミという認識を植え付けられ(主にひのみ自身の自己紹介のせいによるものだが)今に至るまで全く気付かなかった。

 そっか。彼女は僕と同じ人間なんだ。

 故に彼女本来の姿は接続兵器ヒノミではなく、人間神楽ひのみということ。


「ごめん、ひのみ」


 初めて笑った彼女を見た。

 だって今までの彼女は僕と何故か少しだけ距離を取るようにどこか冷たく、本音を洩らせば若干人間味に欠けていたみたいだった。

 なのに今は違う。

 僕に名前を呼ばれ笑う表情は明るかった。


「霜山さん、話は終わったみたいだしそろそろ撤退指示を」

「あっ、足立さん!」

「何よ?」

「いやお礼を言わなきゃならないと思って。霜山さんに話は聞かせて貰いました。僕を助けて頂きありがとうございます」


 苦汁を飲んだあとのように少し顔を引き攣る友美に違和感を覚える。

 同じ外見でも中身は僕があの世界であった彼女とは全く違うんだな。

 

「別に。私は自分の目で確かめたいことがあっただけなんだから」

「ふ〜んツレナイなぁー」

「びっくりしたぁ〜。もぅ!橋本さん、私の耳元で突然喋り出さないでよ。驚くでしょ」

「フッフッフッ狙ってのことなのでお構いなく。しかし霜山さんこれ以上長いするのも危険ですし、そろそろ撤退しましょうよ」

「それもそうね。筧くん他の皆にもヤマトくんを無事救出出来たことの報告宜しく!」

「合点!」


 オペレーターの筧が、この作戦に参加してくれた同士に向け通信機器を動かす。

 大空ヤマトの救出。

 作戦の成功を祝す報告になるはずだった…。なのに。


「き…きこ…え………るか。応答して…くれ」


 最初こそノイズ混じりの音声だったが、次第にクリアになるにつれ、不安を覚える音が通信機器を通じて僕らに伝わる。

 向こう側から聞こえるのは人の叫び声。

 明らかに不穏な空気漂うもので、筧さんも切羽詰まるように矢継ぎ早に連絡を取ろうと声を振り絞り問う。


「ようやく繋がったようだな」

「蓮どうした?」

「奴ら急に活発になりやがった。おそらく他も同様だ。気をつけろ罠にかかったのはどうやら俺たちの方だったみたいだ……」


 そこでようやく繋がった通信は途絶えた。

 友の名を叫ぶ涼介の声は向こう側には届かなかった。


「ねぇ、岬ねぇちゃん。いつまでアレ閉じないでいるの?」


 静まり返る現場。

 ふと柚子の目に入ったのは、さっきおにぃを連れ戻すのに一役買った転移装置だった。

 自分の勘違いだったか。

 岬が転移装置の門を閉じるのを確実に目撃したはずなのに、未だ開いていることを気にして彼女に問い質す。

 瞬間岬は一気に表情が青ざめ武器を手にする。咄嗟の行動は周りを刺激させるのに一役買い、僕は柚子を背中に隠した。

 コトン。

 コトン。

 コトン……。

 無音と化した静寂の空間に響き渡る足音。

 音を発する元凶たる女は転移装置を通りこちらの世界に顕界した。


「外界との連絡が途絶えている間にこちら側にやって来たので警戒はしていたが、まんまと一杯食わされたみたいね」


 そこに現れた彼女と目が合う。僕が今朝別れを告げた側の霜山さんだと確信した。

 

「どうやってこっち側に来れたかはこの際関係ない。私を含めこの場に何人の接続者コネクターが居るのか理解している?」

「流石の貴女でも驚いたみたいね。なにせ貴女独自の転移を逆流して我々が来るのは予め想定していたはず。故に対抗策を講じていたにも関わらず私がやって来れた事実に」


 霜山もどきの言っていたことは岬にとって事実であり、何重にもセキュリティを施し任意の者以外の転移装置の使用を不可すべく準備していたために驚愕を拭い去れなかった。

 けれど疑似接続兵器を扱える涼介を含めればこの場に接続者は四人。

 多勢に無勢とはこのことであり、こちら側が有利に見える。


「私を攻撃しても無駄よ」

「それはやってみなきゃ解らないでしょ!」


 足立が跳ぶ。

 手には槍斧相棒を持ち、単身乗り込んできた敵を駆逐すべく勇む。

 一振り、二振り。何度も槍斧で身体を斬り裂こうと追撃したが全く効果がなかった。

 振り下ろされた刃は、確実に届いていたはずだった。

 なのに霧が霧散するイメージに近しいだろうか。

 完全に霜山もどきをすり抜け空を斬る。

 緊張感が高まる。

 足立は後退を余儀なく。先んじた彼女に続くように銃を携帯した一部の者たちが取り囲む。

 不敵にも笑う姿が映りこむ。


「そういうこと…」

「危険です霜山さん」

「安心しなさい。アレは幻よ」


 周りの静止を無視し、自身のマガイモノの前に立つ霜山さん。

 両者の対峙を誰も望まない。好奇心故に近づいた霜山さんを足立が離しにかかるがやんわりと断った。

 そしてニコリと微笑みかける。

 

「これは恐らくです。その性質故に物理現象を通さない結界の隙をついてこちら側にやってきた。そうでしょ?」

「ごめいとう。よく解りましたね」

「可能性は一つずつ潰していけば行き当たるわよこんな結論。ただ、この可能性を考慮出来なかったのだけは悔しいけどね」

「大空ヤマトを解放されたのはこちらの落ち度です。それについては人類に称賛の声をかけましょう。ただそれだけ。


 パチンっと指を鳴らす。

 敵に動きに対し警戒していた皆は身構えると周囲の者達全てが目撃できる大型スクリーン映像が映し出された。

 そこには二つの戦場で戦う仲間の苦戦する姿があった。

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