episode05 接続者vs接続者

 どうやらこの建物は構造上地下へと続くように造られているのだろう。

 最初に案内された霜山さんの研究室は地下一階。同じ階層に食堂も完備されていたが、今居るこの場所は更に下の地下三階。

 足立さんの説明ではこの場所は接続者コネクターが訓練を行える耐久性を有する部屋。

 ここに足を運んだのら僕と柚子、ヒノミそして道案内をしてくれた足立さんだけ。

 もう一人の接続者、橋本岬は宣言通り地下二階にあるという彼女の部屋へと帰っていき多分今頃はベットの中で夢へと誘われていることだろう。

 食堂を出てから高まり続けた心臓の鼓動がここに辿り着いた瞬間ピークを迎え、息が詰まりそうになってしまう。

 化け物に立ち向い世界を守る存在これをヒトは主人公ヒーローと呼ぶ。

 悪魔。魔物。神様。

 いつだって漫画やアニメ、ゲームにはヒトに試練を与える敵として現れそこに彼らヒーローは立ち向かう。だがこれは空想世界の住人であり現実にはそういやしない。

 そう僕は思う。いやそう信じ込んでいた。

 本当は僕も知っている。

 人々の日々の安全を守るため、日夜職務に順ずる立派な警察という職種があることを。

 火事場に取り残された者たちを救助、命を救い火事を鎮火させる消防官がいることを。

 通り魔が現れた時見ず知らずの他人の為、決死の覚悟を持ち、動く名もなき誰かが存在することを。

 誰にだって英雄になる資格を持っている。

 そこには誰にとってなんて関係ない。行動の結果が誰かを救うことに繋がり助けること。

 行動の結果後天的に主人公は生まれる。そうつまり言い換えれば誰だって主人公になる素質はあるのだ。

 しかし主人公になる為には欠かせない要素が一つ存在する。

 それは何かを成す勇気であり強い覚悟。

 でも僕は一人の観客に過ぎない……。

 そんなものはない。

 始まりは僕と柚子の命の危機に少女が現れたことだった。

 瞳に映った初めての光景はまさしく、万人が想像する主人公像そのもので僕の心は簡単に彼女に奪われた。

 あぁきっと彼女が僕らを助けてくれる主人公なんだって直感があった。

 しかし想像は現実という名のもとで崩れ予想もしない方向へと舵を切った。

 主人公の資格を持つのは僕だって言われても、はいそうですかと素直に受け入れることは出来ない。

 だって僕は普通のなんだぞ。


「ボサッとしてないで、真ん中に立って」


 そんな言い訳が頭の中でぐるぐると思考して悪循環に陥りかけていると、背後から蹴りを入れられてしまい前方によろめきそうになるも何とか踏ん張って体勢を整えた。


「大丈夫安心して下さいヤマト。稽古で死にはしません」

「と~ぜん殺すわけないでしょ手加減もするし。だって素人相手に本気出すなんて見っともないでしょ」

「稽古の形式は?」

「素手はどうかしら」

「それが無難ですねその提案でいきましょう」


 当事者お構い無く、話はヒノミと足立さんの間で進みあっという間に僕の稽古は始まる流れになり、対峙するように両者向き合った。

 

接続コネクト


 足立さんが唱えると、全身から滲み出るようにして蒼白のオーラが闘気と化しその姿はさっきまでとは雲泥の差だ。

 

「掛け声合わせて下さい」

「分かった」

「「接続」」


 再び身体の周りを膜が覆う。

 目の前の彼女と対比する朱のオーラが灯る。


「今のヤマトに理解出来るように、放出する魔気マギを可視化した」

「そもそも魔気ってなんなんだ」

「魔気とは限られた人のみが持つ特殊な力。接続兵器コネクトウェポンはその力糧とし真価を発揮出来る」


 実際には喋ってはいない。

 ヒノミの声は、心に訴えかけるように響き僕も心の中で言葉を紡ぐと答えが返ってきた。


「但し魔気をしっかり扱えることが前提条件、じゃなきゃ接続兵器も形無しだ。その為今から魔気をコントロールする訓練と戦闘経験を積むこと、この二つを柱に行う」

「行うってそんな話していたのか」

「ほらっ来るぞ避けてみろ」


 ヒノミとの会話に意識が傾いていたのに、忠言で正面を向けば足立さんは走って突っ込んで来ていた。

 拳を掲げストレートパンチを喰らわれる構えで来られ、咄嗟のことに全力で左方向に飛び跳ね回避しようと動く。


「いてっ」


 壁に激突した。

 どうして………?。

 僕は今の今まで部屋の中央に立ち、壁との距離は優に五十メートルを越えていて一瞬でぶつかるなんて有り得ない。

 

「一つ忠告、お喋りしてたら舌噛むわよ」


 自分にも理解しがたい状況が展開されるなか、足立さんは飛んで壁に叩き付けられた僕の間合いの中に現れ一言笑みを溢すように話しかける。

 足立は一度外した突きを当てようと迫りここぞと言う場所で踏み込む。

 咄嗟に右腕、左腕を交錯させ防御の構えを取った。

 想像では重くズシンと身体に乗ってくる突きが、実際はなんら大したことなく軽い打撃は痛みを感じない。

 

「へぇ上手じゃない。ほらっ次、行くわよ」

「これは不味い。ヤマト少し身体を借りるぞ」


 一気に身体の主導権をヒノミに奪われてしまった。

 止められた拳と反対の拳で追撃するのを僕の左手が掴み躊躇いもなく軽々と攻め手の身体を放り投げてしまう。

 吹き飛ばされた足立さんは体操選手の技を彷彿とさせる空中でひねり回転技を披露し綺麗に両足揃って着地する。

 次はこちらの番とばかりに両足に力が入った。僕の五十メートルのタイムは確か七.一秒。

 周りの男子と比較しても少し速い程度で、僕以上に速く走れる人間は大勢居る。

 だけど今なら彼らをも追い抜き、世界記録狙えるのではと錯覚するほど速く動けた自覚がある。

 一歩、また一歩。駆けた速度は体験したことがない風を全身に浴び卸したばかりの靴の底が磨り減る音がした。

 風に乗った身体は地面を滑るように移動させ仕掛ける。

 此方の動きに勘づいた足立さんは、その場で右腕を伸ばし僕の拳と衝突する寸前まで見えたが結果は目測を誤ったのか彼女の右拳は僕の顔横を掠め当たらず、逆に僕の攻撃は彼女の胸元に直撃した。

 だけども攻撃した手応えがない。

 それもその筈、先刻から目にする蒼白のオーラが僕の攻撃した部位に集中しておりこれがすることはつまり……。

 うん、やっぱり効いてなさそう。

 足立さんの顔を視れば分かることで。

 僕は咄嗟にカウンターを警戒し守りの姿勢を貫きたかったが、身体の主導権を手中に納めるヒノミは攻めの姿勢を継続する意志が伝わる。


「ヤマト、時には果敢に猛追するのです」


 羽織っていたジャケットを目の前に放るとお互いの視界は封じられた。

 自ら背中から仰け反るように倒れ真っ先に地面に片手がつたうと反動をつけ上体を起こし足が彼女を狙う。

 遮る為に用いた僕の服を巻き込みながらの見えない攻撃は見事命中し彼女をあわや転倒まで導くも転回二回転で見事体勢を維持し距離を保つと同時に床に伏せるのを是としなかった。


「今の効いた。けどまだまだっ!」


 お互い見合うと今度は互いの拳がぶつかった。

 足立さんの蒼白のオーラと僕の朱のオーラが衝突し混じり会うように天井へと舞い上がり、融合したそれはさながら大規模竜巻のようだったと後に見学していた柚子は語る。

 両者一歩も引かず耐えると突然。


「それではヤマト、任せた」


 その一言を最後に、身体から力が抜けるのを感じ次の瞬間僕のオーラは消失し押し負けた僕はまたもや飛ばされた。

 そして今度はさっき以上に衝撃が身体全身に響いた。


「大空今の感覚忘れない内にもう一度やるわよ」


 倒れる僕を起き上がらせるのに手を差し伸べてくれ彼女の手を掴めば、軽々と持ち上げてくれた。


「えっ今のをもう一回?」

「当たり前でしょ。因みに今のである程度、魔気が身体を流れる感覚は掴めたでしょ」


 確かに、なんとなくではあるが体内を流れる何かが少しは掴めた気がする。

 そして最初の組手ではヒノミが手を貸してくれたわけをこの身で思い知るのにはそう長い時間はかからなかった。


※※※


 組手の勝敗は0勝10敗。

 ヒノミに主導権を与えた一度目を除いてだ。

 ずぶの素人と経験者が戦い負けた。

 結果は明らかだ。

 

「もう今日はこのくらいにして」


 流石に素人相手にやり過ぎてしまった……と猛省する表情ぐらい僕にも感じ取れる。

 それ程までに酷いものだった。 


「すみません。もう一度しませんか?」

「はぁ~構わないよ」


 具体的に何が変わったか等僕には分からない。それでも心が脈打つ。

 ここで諦めるな。お前ならやれると。

 やらねばならない。


「ほらっ、お先どうぞ」


 ある程度距離はあり、先に僕に動けと彼女は端的に伝えたのが窺える言葉だ。

 それに対して僕は。

 拳をグッと溜めて狙いを定める。

 体内を流れる魔気が一点に集中していき、飛ばし標的にぶつけるイメージで放出。

 すかさずもう一発、追従させた。

 魔気の空気弾を長年修行を積んだ足立は察知したが、それでも反応に遅れが生じてしまい被弾する。

 理由は簡単。大空ヤマトがその域に立つこと彼の成長スピードを見誤ったからに他ならない。

 最終目標大空ヤマトが接続者として一人前になること。その為に先ずは魔気を認知する必要があった。

 最終に辿り着くための足掛かりとして、今日の目標は身体を巡る魔気の扱いに慣れる。

 それが足立とヒノミの間で交わされた密約。

 明日のステップは、認知した魔気を体外に排出するトレーニングを課すことにしていたにも関わらず、空気弾を撃つこと即ちその域に達したことを意味する行為。

 だけどそれは予想外であって想定外では無かった。

 

「あ、あれ身体が動かない」


 急激に力が抜け僕は床に膝を着いてしまう。その様を見下ろし終えると、彼女のオーラは解除され手を差し伸べる。


「中々やるわね、それにヒノミ」

「僕の名前」

「認められたのですよ」


 ヒノミの穏やかな声が響く。

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