第61話 彼の視点 現在

取材を受けたことは偶然だった。


たまたま知り合いに頼まれて、恋愛関連の番組の取材だと聞いたが、詳細が分からなかった。自分の恋愛話を赤の他人に話すのはあまり乗り気はなかったけど、番組の制作意図を聞かされて、自然に作家さんと話を進めた。


彼女との恋愛を知ったのは本当に数人しかいなかった。俺の親友と妻だけぐらいかな。知ったとは言え、彼女の正体までは明かさなかった。だから、今だに妻は彼女が同じ会社にいたぐらい分かったけど、いったい誰なのかは知らなかった。隠すつもりはないが、妻が聞かないならこっちはわざわざ言う必要もなかった。


彼女と別れたのはもう7年前のことだ。その翌年、妻と合コンで出会った。妻は同じ会社の広報部に働いていて、俺と同じ年の子だ。最初は友達として接していたけど、妻から告白されてた。俺は正直にまだ恋愛に乗り気がないことを話したが、妻は待ってられると言われ、そのまま友人として付き合っていた。だんだん彼女に対する気持ちが薄れていったころ、俺はケガに入院していたころ、妻が献身的なサポートをしたことに感動した。退院後しばらく、俺は妻に告白して恋人同士になった。


妻はすごく素直な人で、好き嫌いははっきりしていて、気持ちをすぐ顔に出る。喧嘩は結構するけどすぐに仲直りできるし、気に入らないことがあればすぐ言われる。だからこそ、妻と一緒にいると気が楽だ。


彼女といたころは、お互いに気を遣っていた。俺は彼女を失うということをいつも恐れていて、自分が考えいたことをそのまま伝えられなかった時は結構あった。向こうも前の彼氏に自分の気持ちをぶつかった時、非難されたことがトラウマになったから、俺と一緒にいる間、ずっと自分の本音を隠し、気持ちを抑えていたかもしれなかった。多分これでダメになった一つの理由だ。


妻と結婚を決めたのは付き合って一年後のことだった。年齢のこともあるし、ダラダラ付き合うより早めにけじめをつけたかった。何よりも、結婚の決め手はやはり妻と一緒にいたいという気持ちだ。


俺は結婚する前にようやく彼女との思い出のものを処分した。手紙やノートなどを燃やして、服とかを寄付や処分した、高値のものは換金した。唯一残っていたのは彼女からのあの時計だった。別に彼女を忘れらないじゃないけど、ただこの時計にとても気に入っただけ。でも、裏にあるメッセージが残っていたら妻は気になると思って、業者に持って文字を消すことにした。もちろん、妻にはこの時計の由来をちゃんと説明した。


今の俺はもう2児のパパだ。長女は4歳で、長男は2歳だ。妻は長女が生まれた時はまだ仕事をしていたが、長男が生まれた機に妻は専業主婦になった。妻は子供が小学校に上がったら、職場復帰するつもりだ。


作家さんに彼女も同じ取材を受けたことを知り実に驚いた。


彼女の近況を知らないから、もちろん気になった。彼女は数年前会社を辞めたので、それ以降のことは知らなかった。時々SNSで彼女がアップした写真を見たが、本人はあまり自撮りとかは嫌がっていたから、写真は主に風景、食事と面白いと思ったものだけだった。家族の写真はあまりないので、子供がいるかどうかすら分からなかった。結婚したことぐらいは知ったけど、お相手はロンドンにいたあの韓国人男性みたいだ。


だけど、彼女のインタビュービデオを見ないかって聞かれると、俺は拒否した。今更見ても、何もならないし。だから、彼女は元気で過ごせることぐらい分かればそれでいいと思った。


この偶然を妻にも伝えった。妻の反応はこうだった、


「そんなことはあり得る?楽しみだね、その番組はどうやって君たちの恋愛話を再現するか。でも、私にまだ隠していたことがあるなら、今白状しなさいよ、番組で知られたら承知しないよ。」


妻はいつもこういう脅迫まじりの「冗談」を言う。でも、こういうところが好きだ。


作家さんにあの時彼女との恋愛で後悔したことはあるかって聞かれた。まあ、いろいろやるべきこと、やっちゃいけないことは沢山あったが、一番よくないのは自分の気持ちを相手に押し付けたことかも。あなたのことをこんなに愛するから、俺の考えを受けろという態度はいけないだって、これを気づいた時はすでに手遅れだった。相手が躊躇した理由を耳を傾けてたら、どうして考え方は違うかをちゃんと理解できたら、二人にとって納得できるような解決策を探ってみたら、多分こうにはならないはず。


だけど、彼女とダメになったおかげで、妻と出会ってそしてもっと思いやりできる恋人や夫になれたことに感謝している。だから、結果的にいいじゃないですか。

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