第57話 出発

ロンドンへの出発まで一週間しか残らなかった。


彼女は主な準備を終え、数日間実家に帰って家族と貴重な時間を過ごした。ロンドンに到着してから間もなく、新しいプロジェクトがスタートする予定で、次いつ日本に戻れるかは分からなかった。できれば来年の正月には帰りたかったが、多分無理だと思った。


実家にいる間、前と比べて大分落ち着いたから、彼とのことを度々思い出した。できれば、もっといい別れ方をしたかった。お互いを嫌いで別れたわけじゃないけど、喧嘩したまま、誤解して誤解されている状態で、何だか気が済まなかったというモヤモヤ感が残っていた。でも、今さら和解したくても、すで手遅れかもしれなかった。


一方の彼は、彼女が出社しなくなってから、心が穴をあけたように、別れの実感がどんどん強く感じるようになった。いくら別れたとはいえ、彼女を傷つけたことについて一言謝りたかった。でも、最適なタイミングが逃したみたいで、今どうすればいいかもう分からなくなった。


丁度その時、彼の親友は仕事の件で上京して、彼の家で寝泊まりすることになった。二人は夜にリビングでビールを飲みながら雑談をしていた。


「なあ、本当に彼女さんと別れの挨拶もしないまま、ロンドンへ行かせるの?」

「会っても何を話せばいいか分からなし。」

「正直なところ、彼女を引き留めたいだろう?言わないなら、彼女はお前の気持ちなんか分からないぞ。」

「自分から彼女を引き留めることではなく、彼女自身が自ら日本に残りたいとダメなんだ。今になって、ようやく分かったのは、彼女の言う通りだった。俺は最初から彼女が仕事している時の生き生きした姿に惚れたけど、皮肉なのは付き合ったから、彼女が仕事に夢中することに気に入らなくて、だから彼女のキャリアを邪魔しようとしたかもしれない。それに、彼女は他の男に取られることを恐れて、尚更ロンドンへ行かせたくなかった。」

「じゃ、そのまま伝えば、ロンドンへ行っても交際が続けることできるかもしれないじゃない?」

「いや、遠距離恋愛になると、その不安がどんどん強くなるでしょう。だから、もういいんだ。彼女のためにも、俺自身のためにも、別れた方がいいって。」

「まあ、あなたの顔を見れば、彼女に対す未練がまだあるだけどなあ。本当に手放すことができる?」

「できなくてもそうするしかない。俺は彼女をこれ以上傷つけたくないし、向こうの失望した顔も二度と見たくないから。」

「愛しているままの別れか、俺には理解できないけど。好きなら一緒にいたいのは当然だし。」

「でも一緒にいることは苦しんでいたら、意味がないだろう?お互いの期待に応えず、失望させ続け、そしてきつい言葉で相手を傷つけ、恋愛ってそんなものじゃないなあ。」

「まあ、あなたが納得できるなら、それでいい。次はもっといい女と出会えるはずだ。」

「彼女以上に愛せる女もう出会わないだろうなあ。しばらく恋愛休止期に入るかな。」

「あなたの周りにそういうことを許せる女はいないから、ハハ!」


彼は会社で噂により彼女の出発時間を知った。でも、空港まで追いかけたら、彼女にとって迷惑かもしれなかった。だけど、せめて最後に彼女の声を聴きたいと思って、出発当日の朝にメールを送った。


「今、時間があれば、電話してもいい?」


彼女はそのメールをじっと見つめていた。まさか、彼からまた連絡してくれるとは思わなかった。てっきり、絶交されたと思った。これは最後の会話かもしれないと思って、彼女から電話をかけた。


「もしもし。」

「もしもし。」


二人の間に、長い沈黙が続いた。そしたら、彼から話しかけた。


「元気?」

「相変わらずだけど。そっちは?」

「まあまあかな。」

「何で電話を?」

「今日は出発だろう?最後に挨拶しようと思って。」

「もう絶交されたと思ったから、びっくりした。」

「別れたとは言え、あなたは俺の敵じゃないし、絶交なんかしないだぞ。」

「よかった。私を憎むために余計なエネルギーを使ったら、勿体ないと思って。」

「こんなに愛していた人を憎めないから。そっちは?」

「何を?」

「俺のことを…嫌いになったか?」

「まさか、そう簡単に愛から嫌いに変えられない。ただ、申し訳ないと思っただけ。いっぱい傷つけて、ごめん。」

「俺もひどい話をたくさん言ったから、ごめん。」

「もう謝るのをやめよう。」

「面と向かって謝りたかったけど…」

「でも本当に会ったら、何も話せなくじゃない?」

「よく分かったね。」

「私は同じ考えだから。これでいいよ。」

「向こうに行ったらさ、体調を気を付けて、ロンドンの天気はこっちと違うから。」

「分かった。あなたも日本に元気でいてね。」


また、黙り込んだ二人、次何を話すべきかを悩んでいた。


「ねえ、一つだけ言いたいことがある。」

「何?」

「次の恋愛相手は、私みたいのめんどくさい女を選ばないでね。」

「お前はめんどくさいとは思ってないぞ。」

「私と付き合っていて大変だなと思った、今更だけど。いろいろ苦労をさせたと思って、やっぱり私と付き合わなきゃよかったかもね。」

「あなたは後悔したの?俺と付き合って?」

「そうじゃない。あなたと一緒に過ごした時間はとても幸せだった。でも、その反面苦しい時もあった。今考えると、私はあなたに過剰な期待を押し付けてた気がした。だからあの時もしあなたの気持ちを受けられなかったら、あなたのこの二年間、もっといい女と付き合ってたはず。」

「あなたは十分いい女だ。ただ、俺もあなたの期待を応えられないから、あなたを失望させた。」

「次はさあ、本当に私より素直になれる子がいいよ。あなたへの愛情表現を惜しまないような子がいいって。」

「あなたも次の男が探すなら、あなたのキャリアを邪魔しないやつがいいんだ。」


これを聞いた二人は笑った。


「あなたの特別な人になれなくて、残念だけど、たくさん愛してくれてありがとう。そして、この二年間、お疲れ様でした。」

「なんだよ、こんなに改まって。」

「感謝の気持ちを伝えたいだけ。」

「俺も同じ気持ちだ。俺の気持を受け止めて、そしてこの二年間愛してくれてありがとう。最後まで一緒にいられなくて、ごめん。」

「もういいから、これ以上言われると泣きたくなるよ。」

「ああ、こういう話はもうおしまい。」

「今夜は空港へ行かないから、安心して。」

「分かった。前回は約束と違って来てくれたけど、今回はそういう期待がないから。」

「やっぱりバレたか、あの時?」

「ああ、あなたはストーカー失格だよ。」

「そうだね。」

「じゃ、切るね。」

「ああ、さよなら。」

「さよなら。」


そう言った二人は惜しみながら電話を切った。


彼女は搭乗口の前にある待ち合い室で座っていた。最後は彼に自分の心境を伝えるため、ある歌のミュージックビデオのリンクと歌詞の一部を彼に送って、その後ロンドンへのフライトに搭乗した。


彼はそのメールを開いて、送られて来た曲は彼女がとても好きな安室奈美恵の「Love Story」だった。そして、一緒に送られてきた歌詞はこの部分だった、


「You know that I'm grown (私が大人になったこと知ってるでしょう)

欲しいものは手にしたけど

かわりに I know

あなたがくれた優しさと笑顔も

手放してた


Baby 誰を見つめても 誰と過ごしても

忘れられる日など 来るはずない

この胸の中で 愛し続けるけど

一緒にはいられない もう

Cause life's no love story (人生はラブストーリーじゃないから)


やがてすれ違うと知っていても

出会えた事この奇跡 感謝してる

かけがえない日々も

後悔も痛みも

悲しみさえ

輝かせる yes, someday


Baby 誰よりもきっと 愛しているけど

選んだこの道を 歩いてくから

生まれ変わっても 愛し続けるけど

一緒にはいられないもう

Cause life's no love story (人生はラブストーリーじゃないから)」

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る