第56話 整理

二人はお互いへの連絡が途絶えた。


あの夜の出来事で、彼女は決心がついた。もうこれ以上彼とは一緒にいられないという結論にたどり着いた。ここまで言われて、自分の気持ちと貞節まで疑われて、プライドまで踏みにじった。これは自分にとってどうしても許せないことだった。


自分がどうやって店から家まで帰ったがはっきり覚えていなかった。彼からの非難は本当に衝撃過ぎて、思考が停止したようになった。一晩落ち着いてから、悲しい気持ちから怒りに変わり、それから段々何も感じなかったのように落ち着いた。これでやっといつもの彼女に戻った。傷ついた時は、感情を抜いてから楽になるので、これで自分の心を守れるやり方だ。彼女は彼の主張に反論するつもりはなかった、ただこのまま彼を自分の人生から放り出したかった。


だって、もうあの人のために自分の時間と神経を使わないと決めた。


日本を離れることの準備は順調に進めていた。


ロンドンの本部長に連絡し、オファーを受けることを正式に伝えた。そして、ロンドンにいる大家さんにも、9月上旬に戻る予定なので、前の部屋を借り続けることを決めた。親友たちにも話して、シェアハウスを出ることになった。二人は離れ離れることを惜しみながらも、彼女のこれからの活躍を期待し、喜んで彼女の門出を暖かく見守っていた。


もちろん、三無さんにも連絡した。向こうは彼女が戻ってくることについて、喜んでいただけど、照れ隠しみたいに、クールのままその喜びを極力隠そうとした。彼女はそういうの反応を見て、ただ微笑ましいと思った。自分のロンドン帰りをそんなに喜んいで、そして歓迎してくれる人がいたことは、とても心強いことだった。これで未来に対する不安は少しでも減らしてきた。


彼と別れたとは言え、すぐに他の男に乗り換えるつもりはないし、しばらく恋なんかもしたくなかった。だから、ロンドンに戻っても、それは三無さんのためではなかった。まあ、そう思わない人は多分彼一人しかいなかったけど。


三無さんは前の動画の件を知ってしまったので、彼女に彼氏との関係はどうなっていくかを心配そうに聞いた。彼女はただ淡々とこう言った。


「もうすべてが終わったよ。でもあの動画のせいじゃないから、安心して。まあ、私たちはいずれダメになるから、これでいいんだ。もう迷いことなく、前へ進める。」


そして、ロンドンへの長期転勤に向けて、元の仕事の引き渡し準備も進めていた。自分の家とオフィスにある荷物も片付け始め、一部は実家に送り、一部はロンドンへ、そして残りのものを捨てた。


片付けている最中、彼女は今まで彼から送られてきたものをどう処分するかに困っていた。このまま捨てでもいいけど、中にはかなり値段が高いものもあった。でも、もう彼とは会いたくなかったし、関わりもしたくなかった。考えた末に、すべてを一箱にまとめて、宅配便で彼の自宅まで送った。中にはただ一枚の紙が入り、こう書かれた。


「今までお世話になっておりました。この箱にあるものをお返しますので、どう処分するかはあなたに委ねます。」


自分と彼の名前すらも書かれていなかった。まるで事務連絡みたいに、感情がこもっていないメッセージだった。


だから彼は荷物が届けられた時、つい頭に来た。


二年も付き合っていたのに、これで終わり?しかも敬語で書く?


だけど、箱の中身を見ているうちに、昔の楽しい時間を思い出してしまった。彼女にプレゼントを贈る度にいつも手書きのカードもあげた。そのカードに書かれた一つ一つの文字にどれほど愛情を込めたか、彼は一番分かった、そしてすべてを今でも覚えた。彼女もその誠意を応えるような形で、いつも返事をしてくれた。


実際に、彼はあの夜以来、ずっと後悔していたことがあった。自分が思っていたことや言ったことに後悔したわけじゃないけど、ただ店を飛び出して彼女を残していたことは良くなかったと思った。最後の最後まで話し合ったらよかったのに。でも、あの夜の彼は怒りで理性を失って、そんなことを考える余裕がなかった。


本当に彼女は浮気をしたか?彼はそういうふうに信じたくなかったが、動画から見た彼女はあの男との間は何かあったぐらいは確信した。まだ浮気したじゃないかもしれないが、もう浮気寸前だった。もしこのまま彼女がロンドンに戻ったら、あの男が必ずチャンスをつかんで、自分から彼女を奪うことが確実だ。


でも、彼女は破局危機が迫っても、ロンドンの話を諦めたくなかった。やっぱり、あの男に関係あると思った。


向こうはもうここまでしたから、彼は仕返しとして同じことをしたかった。だけど、そう考えても、彼の本心では彼女から送られたものを手放ししたくなかった。捨てる気もなく、見ているだけで苦しくなるだけだった。すべてのものを一つの箱にまとめて、そのままクロゼットの中にしまった。


結局、彼はメールで返事をした。


「こっちですべて処分します。あなたからのものも同じようにします。」


それでも、彼女の返事は来なかった。既読がついてるみたいなのに、やっぱり彼女はわざと返事をしなくなった。


夏休みもうすぐ終わりの8月下旬、彼女の送別会をやるために、みんなはオフィスの集合場所に集まった。彼もそれに参加することなった。


彼は遠くから彼女を見つめていて、近づくことができなかった。あの夜以来すでに二か月近く経ったが、二人はお互いに連絡しないまま、まるで赤の他人みたいになった。不思議なことは、この二か月間に、二人は一度もオフィスで会てなかった。この会社で二人の関係を知る人はいなかったから、これで本当に跡形もなく、この二年間の出来事が消えそうになった。彼はこれを考えると、ただむなしく感じた。


彼女はもちろん送別会で彼を見かけた、でも自分から彼に話をしないことをあらかじめ決めた。今更、話すべきことはなかったし、喧嘩だってもうしたくなかった。このまま、二人の関係が静かに終わって、別々の道へ行くことはお互いにとって一番いいと思った。


ただ、彼は相変わらず周りにたくさんの女性がいた。異性に人気があることは変わらないままだ。まあ、もう自分には関係ないから、気にしなくてもいい、気にする資格もなかったから。


彼は酒を飲んでいたころ、新人後輩ちゃんが彼の元に食べ物を持ってきた。


「先輩、さっきから何も食べていないじゃない。はい、これをどうぞ。」

「ありがとう、わざわざ持って来てくれて。」

「先輩はさあ、悲しんでいるみたいね。もしかして彼女をロンドンへ行かせたくないとか?」

「そんな冗談はやめて。ただ一応同僚だし、これからもう会えないってちょっと寂しいだけ。」

「先輩は素直じゃないよね。私は知っているよ、先輩はいつも彼女のことを特別視するって。それでも、私は先輩のことを好き、傍にいたいだけ。」

「何をいきなり?」

「周りをもっと見てくださいよ、あなたを大切に思う人ってたくさんいるから。彼女はもうこれから違うところへ行くから、そろそら諦めたらどうですか?」


そう言われても、彼の目は彼女の姿を追っていた。あとわずかで彼女と会えなくなる、彼はこのまま彼女を手放したくなかった。だけど、彼女の方はもう気持ちの整理ができたみたいで、本当に振り向かずに、彼から離れることになるでしょう。

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