第8話 あと79匹

「これで22匹目…」


ルカの瞳から光が消えたのを確認したアリスは手に掴んでいた紐をぱっと放す。


まるで糸の切れた操り人形のように床に叩きつけられるルカ。

べちゃ、と惨い音。

だがルカは微動だにしない。


「なぁんだ…貴女も死の番人じゃないのね」


アリスはルカの髪を掴み上げて顔をじろりと睨み込む。ルカの瞳からは光が消えている。


「…まぁそうよね。死の番人の特徴は『白髪』『男』だもの…。」



「…こんな女…何にも満たしてないじゃない!」


修羅のような表情をしたアリスは焔魔法『ファイアボール』をルカの顔面へと撃ち込む。

一発ではなく、何発も。何発も。


怒り任せに連続で撃ち込んでいく。


…憂さ晴らしが済んだ頃には、変身薬を飲んで女の姿となったルカの頭部は、見分けがつかないほどに傷付いていた。


「…ちっ。まぁいいわ。予想外の大収穫もあったことだし…あとは79匹殺せば……」


と、アリスがローブを翻しその場から立ち去ろうとした…


その時。


ドクン。と命を喪っていたルカの身体は脈を打つ。その鼓動を皮切りに、ルカの身体は傷口から吹き出した血紅の煙に覆われていく。


「…!!!」


本物だったのね!と勢いよく振り返るアリス。

血煙が晴れると、中から現れたのは変身薬の効果が切れたルカ。

特徴『白髪』『男』を満たしている存在であるルカの復活は、アリスの興奮を最高潮にまで上げた。


ドクン、と再びの鼓動。


そして、覚醒。



ルカは目を開き、意識を取り戻す…


と同じタイミングでアリスは絞首の縄を勢いよく引き下げた。


「んぐぅ!?!」


覚醒した次の瞬間に、ルカの身体は宙に浮く。

再び強く絞まる首元。

だが、先程までとは違い、手足の自由が効いている。


「79ゥゥゥゥ!!」


縄を恐ろしい力で掴んで放さないアリスは豹変したように目を血迷わせている。


「エストリル様ァァア…!私もうすぐ貴女の傍にィ…!!」


聖堂の天井に向かって叫びをあげるアリスを横目に、ルカは首の縄を切ろうと必死に爪で引っ掻く。


だが頑強な縄には全く爪が立たず、ただ首元を抉るだけであった。解こうと必死になればなるほど血が滲み、首元から血がだらだらと垂れてくる。


「…………ふぅ…ダメね…取り乱しちゃったわ」


と、先程までとは打って変わって冷静になった様子のアリスは、より強い力で縄を引き下げる。


「ぐ………くぅ………」


一気に天井近くまで浮き上がる身体。

ルカは一瞬意識が飛びそうになるも、今度はわざと首に爪を立てることで痛みによって意識を取り戻す。首元から滴っている血は、いつの間にかルカの足元に大きな血溜まりを作りあげていた。


「…101匹殺すのは大変だと思っていたけど…」


アリスは束縛者の足先に滴る血液をペロリと舐める。


「…貴方ならあと79匹分ぐらい簡単に稼げそうで良かったわ…ねぇ、『死の番人』さん…?」


意識が、揺らぐ。


次は窒息ではなく、失血で。


もう駄目だ。これ以上意識は………。



再びの意識の喪失。

ルカの瞳はぐりんと引っくり返り、首元にあった手は脱力したようにぶら下がる。


耳に聞こえるほど鳴り響いていた鼓動もだんだんと鳴りを潜めていく。


死。



ルカの2度目の死を確認したアリスは


「あと…78匹」


と、言って指をパチンと鳴らした………。






…カーミラは逃走していた。

片翼は既に霧散しており、一目見て吸血鬼だとは判断されない状態にも関わらずカーミラは人目を避けて逃げ続けていた。


殴ってしまった。無意識の内に片翼を展開して冒険者に暴力を奮ってしまった。

本来受付嬢なら即刻解雇処分の行動をとってしまった以上、任務は失敗であったとしか考えられない。


任務の失敗。それは、代行者になれる資格を失ったということである。


血液不足によって絶えず減衰していく思考回路の中で、カーミラは自分の失敗を悔いていた。


走る。

ただ屋根上をひた走る。

何から逃げているのかも分からない。

だが、カーミラは走っていた。


突然。

ぐらり、と視界が歪む。

それは血液不足による、実質的な活動制限であった。


「あぅ…」


足に力が入らず、前方に大きく倒れこむ。

ぐっと手に力を入れるが、全く立ち上がれない。


血液が足りない。…誰かの血を飲むしかない。


だが…。


人目を避けるために建物の屋根上を走っていたことが大きく裏目に出てしまう。


屋根上には、人がいない。


こうしている内にも意識はどんどん薄くなっていく。


誰か……血を…。

そう声に出そうとしても、全く喋ることが出来ない。


血色の良かったカーミラの肌は次第に白へ、紫へと変わる。


…血…が…………。任務………が…………。


……間もなく。

カーミラは意識を喪失した。


そのタイミングは、奇しくもルカが何度目かの死を迎えるのと同じであった…。






ーーーーーーーーーーーー突如、





カーミラの右背部から、片翼が突出する。


その片翼は、今まで左側から突出した血で出来た翼ではない。別の物。


まるで、悪魔の翼。


純黒に塗られた、棘棘しいその黒翼に支えられる形で、カーミラは上体を起こす。血液はとっくに足りなくなっている。活動限界も迎えている。


だがーーーーカーミラはぐぐぐと立ち上がる。


表情は振りほどかれた髪によって確認することは出来ない、が。



「ああああああああああああああああああああああああああああああ」


絶叫。


と言うよりかは咆哮という形が近いのかもしれない。


活動限界を迎えた、極限の血液不足に陥ったカーミラは、正に暴走状態にあった。


ただ単純に血を追い求める狂悪魔。



カーミラはその片翼で、濃い血の香りがする場所へと飛び立つ。


その場所とは……………。





エストリル大聖堂。



ルカが数十に及ぶ死を迎えている場所であった…。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る