第7話 カーミラ大奮闘
ルカとアリスという話せる相手がどちらも居なくなってしまったカーミラにとって表ギルドとは地獄そのものだった。
できるだけ目立たない日陰のような場所で気配を消しじっと立っていたカーミラ。
だが、そこに1人の人物が近づいてくる。
「大丈夫?アリスと会話していた冒険者ちゃんよね?私、サテン。さっき話したの、覚えてるかしら」
現れたのは表ギルドの看板娘、サテンであった。ハキハキと喋っている印象が強い彼女だが、オフでは落ち着いた性格のようだ。
「ところでなんで…」
サテンはカーミラの着ている衣装に目をやる。
「あ、あ〜なんとなくわかった気がする…アリスあの子いないわね…?全く…もう…
…仕事、教えてあげよっか?」
カーミラはサテンのその助言に首を激しく縦に振ることで反応した。
サテンは察しのいい女性である。その優しさと真面目さから表ギルドの看板娘となったのだ。
そんな看板娘による仕事の手解きを受けたカーミラは当然看板娘と大差ない応答が出来るようになった…………ということはなかった…。
「ほら、『ようこそ聖エストリル王国中央ギルドへ』」
アリスがカーミラに耳打ちで最初の挨拶を伝える。
だが…。
初めて立つ受付にして初めて担当する男の冒険者。
カーミラを緊張でガタガタになりながら必死で言葉を放つ。
「よ…うこそ…聖…エストリル…う…裏ギルド…へ……ニャ」
「あはは…可愛い新人さんだね。サテンさん、この子獣人の子?」
男の冒険者は苦笑いしながらサテンへと話しかける。
「とっても可愛い子ですよね!いやぁ…多分、そうですよ!」
次第に男冒険者の担当はカーミラからサテンへと移っていき、カーミラは完全に蚊帳の外になってしまった。
…暫くしてから冒険者の対応を終えたサテンはカーミラに先程の反省点を告げていた。
「大丈夫…?初めてだから仕方ないわ。あと裏じゃなくて中央、ね?あと…」
サテンはカーミラの耳をじっと見つめる。
「あなたって獣人の娘?なの?耳普通だけど…」
「…ちがいます………ニャ。わ…わたしは…き…」
わたしは吸血鬼、そう言おうと思ったカーミラは、生きていくためにミネルヴァと誓った約束を思い出す。
『絶対に吸血鬼であることは伝えないこと』
「き…?」
サテンが首を傾げてカーミラを見つめる。
「…救世主…です…ニャ」
咄嗟に思いついた単語は救世主、アリスにとってのルカであった。
「…ぷっ、あはははははははは!」
思わず吹き出したように笑うサテン。
「あははははは、おっ、面白い人ねあなた」
ひー苦しいと涙を拭うサテン。その姿を見て、カーミラはどこか少し安心したような表情を浮かべ口をそっと開く。この人なら信用しても大丈夫だ。そう思うように。
「……あの…わたし………カーミラっていいます…ニャ」
「…うん、カーミラちゃん。今日だけでも、よろしくね」
サテンの手がカーミラの前へと出される。
これは…握手。
ルカに教えてもらった…親愛の証。
カーミラはそっと手を差し出すとサテンの手を握った。
「……はいニャ」
その時、
「出せっつってんだよォ!!このギルドのォ!看板娘ェェ!」
受付の方からギルド中に響き渡るような怒声が飛ぶ。
「…行かなきゃ」
サテンはキッと受付の方を睨む。カーミラと繋いだその手はどこか少し震えているように感じた。
カーミラはその震える手を少し強く握る。と、サテンはゆっくりカーミラの方に振り向くと優しく笑った。
「大丈夫…ありがとう。きっと私…大丈夫」
「やっど来だねザデンぢゃぁぁあん!!」
怒声を飛ばしていた主は中年齢程の獣人男性だった。鼻を突くような獣臭を放っている。
「今日は何の用ですか」
サテンは他の人とは全く違う冷たい態度で接する、が…
「ンホホ サテンちゃん今日も厳しぃい」
と、言って獣男性はサテンの右手を強引に握り撫で回す。
「ひっ…」
受付の下に隠されたサテンの左手が震えているのをカーミラは見逃さなかった。
自分がまだ男性冒険者に慣れていない、というか受付の対応すら慣れていないことを忘れて、カーミラは1歩前へと踏み出す。
やらなきゃいけない。言わなきゃいけない。
助けなきゃいけない。
ーーーー任務を達成して、代行者にならなければならない。
「ん、なんだァ?小娘」
一歩踏み出し、サテンの横に並ぶ。
震えているのはカーミラも変わらない。
だが…
「…やめてください…ニャ」
カーミラは真っ直ぐな瞳で男を睨む。
「…やめてくださいニャ。…それは…セクハラ…ニャ」
カーミラは必死に言葉を紡ぐ。
「あなたの…やっていることは……冒険者資格…剥奪相当の…犯罪…!ニャ」
良かった。言えた。
思っていることを言えて安心したカーミラと対照的に、男の顔はどんどん赤く沸騰していく。
「おれが…犯罪者ァァ!?!おまえェェ冒険者様に対する態度がなってないんじゃないかァ?!!冒険者様は神様!だろォ!?!」
受付をドンと叩く男。その音に反応してサテンは肩を震わせる。だが、カーミラは負けない。
「……冒険者は…神…じゃない…ニャ。あなた…みたいな冒険者は……サテン…さんにとっては…悪魔…!!ニャ」
自分でも分からない。何故こんなにも言葉を紡ぐことが出来るのか。でも、今は有難い。
私の思いを伝えるんだ…。
そう思ったカーミラは最後に一言。
「……おかえりくださいニャ」
そう言って頭を下げた。
気づくとあれ程活気に溢れていたギルドは静寂に包まれていた。
そして、その静寂を破ったのはサテンの「ひっ」という声だった。
その声から獣人男性がどんな状態なのか想像がつく。恐らく激昂。知能の低い獣のように怒っているのだと想像が着く。だが、カーミラは決して頭をあげることは無い。もし私が殴られればこの男はギルド出禁になる。そのような自己犠牲精神にカーミラは包まれてしまっていた。
「貴様…なぞに!罵倒されても嬉しくないわァァァ!!!」
男の拳が空気を切る音が聞こえる。
恐らく、2秒後。私の後頭部目掛け鋭い拳が叩きつけられるだろう。それで全てが終わる。
1秒。
…2秒。
ドゴォォォォォンという鋭い音がギルドに鳴り響く。まるで鋭い拳が炸裂したかのような音。
次の瞬間、起こったのは。
ギルドを包み込むような圧倒的な歓声であった。
「すげぇぞ嬢ちゃん!」
「やるね新人ちゃん!」
「カッコイイぞ~!」
そんな歓声。
…え?下を向き続けていたカーミラがふと、頭を上げると。目の前に男は居らず。
遥か100mほど前方のギルド外へと吹き飛ばされていた。
どうして…?何が…?
そういう疑問を持つカーミラの視界に、あるものが映る。それは、背中から生えた血の片翼であった。
無意識下での防御反応。
それによって男を吹き飛ばしていたのだ。
「カーミラちゃん…」
傍でへ垂れ込むサテンがカーミラを見つめる。
「その…翼…貴女…一体…」
ミネルヴァとの約束事、その二。
『その片翼は絶対に他人に見せてはならない』
「……ごめんなさい……ニャ」
「カーミラちゃん!?」
ミネルヴァとの約束事
『絶対に吸血鬼であることは伝えないこと』
その約束を守るため、この世界で生きていくため、カーミラが今ここで取れる選択は、逃走であった。
入口から俊足で消えて行くカーミラ。その姿をギルドの人々はただ呆然と見つめるだけであったが、唯一。サテンのみが理解をしていた。
そっか…。カーミラちゃん。貴女は私を助けてくれたんだね。
ありがとう…。私の…代行者さん。
………??時間後。???場所。
はっと覚醒するルカ。
ここは…何処だ?当たりを見渡すもどこにでもある様な教会の造りをしていて場所の詳細が分からない。
立ち上がろう。そう思い、体に力を込めるも、指が、腕が、足が、動かない。体を必死に動かしても、全く動けない。
「あら、起きたの?代行者さん。残念だけど、手足の腱は全部切ってあるから逃げるなんて無理よ。」
白のローブが所々赤く染ったアリスはルカにっこり微笑む。
「じゃあ…とりあえず1回死んでもらおうかしら」
と、アリスが上から吊るされていたロープを下に勢いよく引き下げると、
「んぐっ!!?」
首にロープで輪を掛けられたルカの体は空中へと吊るし上げられる。
「あ…か…は………っ…」
息が…出来ない。視界がだんだん暗くなっていく。ロープを解こうにも体が動かない為ただ耐えることしか出来ない。
「もうそろそろ2分ね。普通の人なら死ぬ頃かしら」
アリスは懐中時計を手にしながらルカをニヤリと見つめる。
「貴方が本物の『死の番人』なのか試させて貰うわね。それじゃあ、まずは1回。おやすみなさい」
そう言ったアリスが指を鳴らすのと同時に、ルカは意識と生命を喪失した。
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