第9話 強欲の魔女
「これで…残り51!!」
幾十にも及ぶルカの死を確認したアリスは、指をパチンと鳴らす。
「フフ…無様ね 代行者さん」
アリスの視線の先には、必死に首縄を掻き毟り続けるルカ。
だが、首縄は傷1つ付くことない。
「…その首縄は特注製の物…。燃やしても斬りつけても、絶対に解けることはないのよ」
「んぐ……く…」
再びルカの視界は霞む。
死に物狂いで爪を立て続けているため、指からも、首からも血が止まることはなく。
その溢れ続ける血は、いつの間にか聖堂の床を真っ赤に染め上げていた。
漂う濃い血の香り。
床に敷かれていた真っ白なカーペットは真っ赤に染め上がり、
光り輝くステンドグラスに照らされた女神エストリル像は、返り血を浴びている。
「フフフフ…あははは!!苦しそうね!これでのこり50…!ホント貴方に会えて良かったわ!!」
圧倒的な怪力で、天井にぶら下がるルカの首縄を決して離さないアリス。深紅に染まったローブの奥から、狂ったような瞳がルカを見つめる。
「ーーーこれで!50!!!!」
パチン。
手を高く上げ、指を鳴らしたーーーーー
その時。
「ああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああああ」
黒翼に身を包んだ、少女が。
ステンドグラスを突き破り聖堂内へと侵入したのだ。
少女は女神エストリルの頭上に降り立つと、その片翼を大きく拡げる。四方に飛び散ったステンドグラスが、プリズムのように太陽光を反射していく。
まるで少女に後光が指したかの様に。
紅色の聖堂内は光に包まれていく…。
その様子はさながら、女神の降臨。
だが…
「……カ………ミ…ラ…?」
女神とは異なる、その翼は黒翼。
さらに頭上には二柱の禍々しい角。
振りほどかれた髪と後光で表情は確認出来ない。
が、それでも認識出来る 妖しく紅に輝く眼光。
女神、と呼ぶべきではない。
その姿はさながら悪魔であった。
「…おお…お………」
アリスは首縄から手を離し、少女に向かって両手を伸ばす。
膝から崩れ落ちるアリス。
その瞳からは一筋の涙。
「……………お慕いしておりました…我らが…主…………」
アリスが首縄を離したことによって、地面へと落下するルカ。落下の衝撃で脚の骨が粉砕するも、命を喪うことなく地面への帰還を果たす。
匍匐前進の形で、机の上に置かれた短剣へと必死に手を伸ばし…
ーールカは自らの首を切り落とした。
「…な!?何をして…!!」
ルカの奇行に気が付いたアリスは咄嗟に宙に浮く首縄を引き下げる…が、
浮き上がったのは何も捕らえていない首輪のみ。
「…ッ!!逃げられーーーー」
逃げられたか。そう言い放とうとしたアリスは、言葉途中で壁へと吹き飛ばされる。
ドォンと壁を貫く音と共に石粉が舞い上がる。
アリスを吹き飛ばしたのはルカではなく、少女であった。
「ああああああああああああああああああああ」
アリスを吹き飛ばした少女は、とある物体の前に降り立つ。
それはルカの死体。今現在再生を行っている首無しの死体であった。
少女はかぱぁっと口を開く。その口の中で妖しく光る、鋭く長い4本の牙。少女はその牙をルカの死体に突き立てた。その牙はルカの死体を再生していた血煙を次々に吸いこんでいく。
血煙を吸う少女は黒翼を大きく開き、聖堂の床の一部を覆い隠す。
その片翼は床一面に広がった血を吸収し、色を変えていく。
純黒から、深紅へ。
「……我が主よ…まだ…己が運命を理解していらっしゃらないご様子…」
ガラガラと崩れた壁の中から、血を流したアリスが足を引き摺って現れる。
「…一度……目醒めの一撃が必要なようですね…!!」
アリスは片手を前へ突き出すと、その手の先に魔力を集結させる。『ファイアボール』を超える熱量。破壊力。腕の先に創られたその火球は、紫に耀き周囲の空間をねじ曲げるような温度を放つ。
「『【劫炎焔窮咆】メテオライト』ォォォォォオ!!」
一閃。
アリスの手から放たれた『メテオライト』は直線上のありとあらゆる物体を蒸発させる禁忌の技。
封印指定級禁忌魔法であった。
歴史上、この魔法が使えたとされている人物は1人。100年前の人魔決裂の際に魔王軍幹部であった、強欲の魔女。
ただ1人であるーーーー。
「……この体じゃ………火力が…足りないわね…」
メテオライトを撃ち放ったアリスの片腕は、重度の火傷を負い、だらんと下に垂れ落ちる。
アリスの眼前には大きく穿たれた聖堂の壁。
エストリル聖堂の最上階付近に位置するこの部屋は、両側の壁の崩壊によって崩壊しようとしていた。
「…こんな…火力じゃ、流石にくたばっておりませんよね…?我が主…」
アリスは覚束無い足取りで、階下に落ちた少女の元へ向かう。
「我がある………」
パシュン、と肩を何かが貫く。
弾丸の音。
「…貴様ァァァァァァ!!!」
階下には。
黒翼を鎮めたカーミラを支えながら、魔弾銃を放つルカの姿があった。
「代行者ァァァァァァ!!」
アリスが階下へ飛び降り、ルカへ攻撃を試みる…。
が、
「……………3秒」
ルカが指をパチン、と鳴らすと。
「ぐぅぅうう!?!」
アリスの肩から針状結晶が飛び出したのだった。
「これはッ…!ブラッティースライムのッ…!?」
肩を抑え、苦悶の表情を浮かべるアリス。
そこへ、ゆっくり。ゆっくり、歩いて近づくルカ。
「…あの村にブラッティースライムを放ったのも貴女だったんですね…」
1歩ずつ。
「考えてみれば不思議でした。何故貴女が…私の特徴を知っていたのか」
また1歩。
「それは……。貴女があの『強欲の魔女』であり。あの魔獣は貴女の眷属だったから…。先程の魔法で全部分かりました」
首元に銃を突き付ける。
「…でも分からないことがある…」
アリスの瞳をぐっと睨み込むルカ。
「我らが主とはなんだ?カーミラは…何者だ?」
両腕が完全に使えなくなり、脚も動かないアリスは、不敵に笑う。
「ふ…ふふふ…教える訳がなかろう…!!貴様もよく考えるがいい!!吸血鬼と共にいるという意味をな!!」
「さらばだ!!!死の番人!」
そう言った強欲の魔女は、まるでアリスの身体から抜けるように。憑依していた対象から抜け出るように宙へと飛び出す。その姿は、紫の火の玉に小さな悪魔の羽根が生えたような、とても弱弱しいものであった。
「…逃がすか」
真っ白に脱力したアリスから、強欲の魔女へと照準を変え、魔弾銃を発射する。
だがーー。
「ーーーまた会いましょうね。我が主」
アリスの声ではない。強欲の魔女本体の声が聞こえたと思うと、紫の火の玉は何処かへと消え去った。
ガキンッ、と壁に虚しく銃弾が当たる音が鳴り響く。
「…くそっ…」
逃がした、という悔しさに拳で太腿を叩くルカ。
その心は、困惑で満たされていた。
…何から考えればいい…?
アリスは連続失踪事件の犯人では無かったこと。真犯人は、アリスに憑依していた強欲の魔女であったこと…。人魔決裂で全滅したとされていた七大悪魔が…生きていたという事実。そして…カーミラの正体。
我が主とは…どういう意味なんだ…?
ーーー束の間の静寂。
ルカの思考を次に乱したのは、聖堂が崩壊する音だった。
ガラガラと崩壊する天井。2つの巨大な穴が開いた壁は今にも崩れそうであった。一つ下の部屋に落ちたルカ達だったが、聖堂そのものが崩壊しそうなほど揺れている。
脱出しようにも満身創痍のルカの身体ではカーミラ、アリス2人抱えることなど不可能であった。
「…やばいな……」
ガラガラと崩れ落ちる天板と共に、上の階の血塗れのエストリル像の頭部が転がり落ちてくる。
もう逃げることはできないーー。
エストリル像がそう告げているように感じる。
遂にルカが全員の死を悟った時、外から声がした。
「大丈夫か~~い!?ルカクン!!!」
「げぇ…」
聖堂の外から飛行して現れたのは、
変人科学者のアキハであった…。
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