幕間 焦がれた味

 糞親父はあまりの恐怖に失禁してしまった。

 その余りもみっともない姿を見て殺す気も起きなかった。


 俺はすぐさま救急車を呼び、来る前に人間サイズの蠅を俺の部屋に引きずって隠した。

 その最中、ボットン便所のズボンのポケットが膨らんでいることに気付いた。その中には、普段奴が吸っている煙草が入っていた。

 これだけは昔から唯一変わっていない。俺が憧れた親父の象徴。

 俺はそれを取り出し、口に咥えて火を付けた。


「不味いな」


 憧れの味は思ったよりも不味かった。


 その後は、駆けつけた救急車に母と共に乗り病院まで付き添った。

 

「もう少し打つ所が悪かったら本当に危なかったですよ。どうしてこんなことになったのですか?」


 正直にウジ虫が投げたアルコール飲料の瓶が頭に当たったと言えば良いが、それを言えば確実にシロアリは警察に捕まってしまう。そうすれば、俺達の生活が完全に終わる。


「僕が帰ってきたら母が倒れていたんです。足を滑らせた際に床に転がっていた父のお酒の瓶に頭をぶつけた事しか分かりません」


 こう言う時は少し事実を交えた方が、相手は信じやすい。


「そうですか、念のためにお父さんを呼ぶことはできませんか?」


「すいません、父はこの時間帯どこに居るかは家族のだれも分からないんです」


 流石に家で気絶してるなんて言えるはずがないので適当に嘘をついた。


「分かりました。とりあえずは病院のベッドで寝かしておきましょう。最悪の場合は入院も考えておいてください。手術など必要無いのでその辺は心配しないでください」


 確か、コックローチが家族全員に様々な保険を掛けているはずなので、その辺のお金の心配はないだろう。知能指数が低い間抜けの事だから、金が無くなったら保険金詐欺でもするつもりだったのだろう。


 母さんが目覚めるまで病院に居ることも考えていたが、羽虫をいつまでも家に放置するわけにもいかないし、二人が帰って来た時に何をされるか分かったもんじゃない。


 それに今夜はアイツを始末する。

 これだけはもう後戻りできない。

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