第10話 ピンク兎にご注意を
雨の激しさは衰えることなく続いている。
せっかく家の掃除を執り行ったんだから、ついでに洗濯物を気持ちよく外に干したいのだが、まぁ余り無理を言うつもりもないので、テレビの前にでも一定の間隔をあけて室内干しすることにした。
「コレでいいか」
何となく、一日中ジャージでいる気になれず自室のクローゼットから適当に服を見繕った。今日の部屋着グレーの無地のシャツにジーンズを履いてレーザーのベルトを通すだけの非常にラフな格好だ。別に外出するわけじゃあるまいし、動きやすい格好にする必要性はない。
それから自室に籠り適当に読書でもしようとベッドの傍の台に積み置きしていた文庫本に手を伸ばす。
すると、あるものが目に留まった。それは両親と子供の頃の俺が写った家族写真を入れた写真立てだ。
この写真は両親の部屋に置いてあったもので俺が掃除の際に持ち出したのだ。
気が付けばそれを手に取り眺めていた。今から今から十年前の写真なだけあって当然俺の姿は掌サイズだ。よく見ると薄っすらと後ろに琉助家族の仲睦まじい姿が見えた。今は仲良くないと風の噂で聞いた事がある。他所様の家庭には直接言いたくないが彼らが心の奥底では繋がっていると俺は信じている。
写真立てをそっと台に戻した。今度こそ、文庫本を手に取った。そのままベッドに寝転がりながら読書を始めた。
しばらく読書に没頭してしまった。気付けばもう五時だった。しかし、積み本は半分以上は消費出来た。
「しまった。昼飯を忘れてた」
外の様子を見るとまだ雨が降っている。勢い自体は朝よりも弱くなっているようだ。そっと、スマートフォンを開いて天気アプリを確認した。しかし、この雨は今夜一杯は降り続けるらしい。だが、買い出しに行くには問題ない。
外に出るために黒い長袖の上着を羽織った。
二階に降り玄関に向かおうとした時、インターホンが鳴った。カメラで相手を確認してみると、桃色のウサギのお面を被り黒い革ジャンを着込んだ謎の男が金属バットを手に取った姿で映っていた。
明らかにヤバい空気がプンプンする。てか、こんな展開アメリカのホラー映画でしか見た事ないよ。
「そちら、山門健さんのお宅で間違いありませんか?ゆ・う・び・ん・物が届いてんですわ。受け取りお願いしてもらってもいいですか?」
その声はガタイに比べて、明らかに高い。多分だが、ヘリウムガスを吸っているのだろう。そのせいで余計に不気味さが増している。
てか、我が家はネットショッピングよりも直接店で買う派だから、商品が届くはずが無い。あと、配達員にしては口悪すぎ。
しばらくするとカメラから男が見えなくなった。俺が帰ったかと、安堵した直後、ドーンッ!という音が玄関から鳴った。ドアを思いっきり開こうとしたのだろう。幸いのも鍵はしまっていた為、ドアからは侵入できない。
これは琉助とおっさんのお陰で鍵は掛かる様にしている。
「お邪魔しまーす♪」
しかし、庭の方に回り込まれた。
奴の侵入経路は窓だ!
金属バットで分厚い窓ガラスを破壊した。そのまま割れた窓ガラスの穴から屈みながら不法侵入して来た。濡れ姿に土足の為、せっかく掃除したフローリングが、びちょびちょだよ。
「こんにちわ。殺人野郎♪」
片手で金属バットを振りまわしながらこちらに近づいて来る。俺は壁を背にして、後ろに下がりながら交渉を試みた。
「気のせいなら良いんだけど、あなた様の方がその称号似合う気がしません?」
だって覆面にヘリウムに金属バットだよ。明らかに殺りに来てんじゃん。
「とりま死ねぇい!」
言うやいなやバッドで俺の頭を割るためにフルスイングしてきた。
即座に反応して、それを回避した。
適当な理由で人を殺しに来て欲しく無いんですが。
「うおっ!危なッ!本気で殺す気かよ。犯罪ですよ、それ!」
空振ったバッドはフローリングを叩いて、持ち主に振動でダメージを与えた。
バットを通して相手は腕に衝撃が行ったはずなのにあまり怯んでらっしゃらない。もしかして、ヤってる?薬物。
「くぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅぅう。痺れる、ね!」
次は横方向にフルスイングを噛ましてきた。俺は、とっさにバックステップして回避した。
「避けるなよ!」
今度はバッドを雑に振り回してきた。
動きこそ無駄が多いが、俺にそれを付ける程の実力は無いので避けることに専念した。
避ける度に壁や家具などにそれが当たりドンドンと破壊されていく。おまけと言わんばかりに室内干し洗濯物まで落とされてしまった。
あー、せっかく干してたのに。
だが、雨で濡れた靴で半乾きの衣服を踏んだことで男はバランスを崩し、その場に転んだ。
「おらよっと!」
その隙を利用しない程俺もお人好しではない。すかさず、バッドを持っている手を蹴り飛ばし、それを窓の方までスライドさせた。
「いってぇな!人様に暴力振るうとか、どんな神経してんだよ」
「どの口がそれ言うんだよ」
特大のブーメラン発言をしながら男が立ち上がった。男はすぐさまバッドを取りに走って向かいだすが、俺はそれを阻止する様に後ろからタックルする。
「廊下と室内では走らないでくださいよ。コレ小学校で習わなかった?」
俺は男ごと窓ガラスを突き破って、庭に出た。
「そもそもテメェに人権なんてないんだよ。この殺人野郎。お前こそ習わなかったのか?殺人野郎の家は荒らしていいってッよ!」
どこの国の道徳ですか、それ?
そもそもなんだよ殺人野郎って、俺人殺したこと無いんだけど。憶測で人権剥奪される国なの?日本って?
「人違いじゃねぇのか、それ?」
「
確かにそれは俺の名前だ。でも唯一ってのはどういうことだ?確か生存者は俺含めて二人いたはずだ。
「ニュースではもう一人居なかったか?」
「そいつは実際には船なんか乗ってなかったことが判明したんだよ。概ね、自殺後に注目浴びたかっただけじゃないかってよ。だが、テメェは確実に船に居た。生存できたのは、お前が事件の犯人だからって事なんだよ」
俺の事を指差し、今回の襲撃の動機を丁寧に教えてくれる。だが、こちらとしては記憶が無い為、何とも言えない。
「先に証拠だしてからこういうことしろよ」
だが証拠も無しに罪だ、どうの言われるのは少々ムカつく。
「それじゃ、遅いから俺たちが
格好付けてそう言うが、ピンクのウサちゃんお面着けている時点で格好よく無い。
「るろうに剣心の読み過ぎだ」
呆れた様にそう言ったのは良いが、正直状況は辛い。
庭にはガラスの破片が散らばっている。
奴は靴を履いているから動けるが、俺の方は靴下だから下手に動けない。
ならば、俺も覚悟を決めよう。向かってくる男に背を向けて、窓の割れ目に飛び込んだ。その際にはジーンズが引っかかってしまい少し破れたが、ダメージジーンズってことで多めにみよう。
「卑怯だぞッ!」
男は俺の方を向いて叫ぶが、それは俺の身体能力が凄いって事で多めにみてくれ。俺もジーンズを多めにみた。
しかし、何を思ったのか男も俺に続き窓に飛び込もう走り出す。
こういう戦いは先に地の利を得た方が勝つんだよ。シスの復讐でオビワンが言っていただろ。
俺は冷静に床に転がるバッドを拾い、それを突き出し、飛び込んで来る相手を庭に押し返した。
「これ返すぜ」
そのままバットも男に投げ渡す様に庭に捨てた。
背中を地面に向けながら、ガラスの破片が散らばる地面に落下していった。デスマッチの試合は見た事が無いがこれはすごく痛そうだ。死んでない事を祈る。
そのまま男は完全に気を失っているようだ。
「ふぅー。何だったんだ、コイツ?」
その後、玄関から庭に回り込んで男の手足を掃除の際に余ったビニールテープで頑丈に何重にも縛って警察に通報した。
せっかく奇麗にした家が再び汚くなってしまった。
これは主犯格には責任を取ってもらわなければいけないな。
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