第8話 静かな家


 朝、目が覚めると外から雨が道路のアスファルトを叩く音が耳に入ってきた。

 部屋のカーテンを開け窓から外を見てみると、やはり雨が降っていた。それも勢いが結構ありそうだ。学校に登校する小学生たちはみんな合羽を羽織っている。


「小学生の登校時間ってことは大分寝過ごしたな」


 一昨日から色んなことが起きて疲れが溜まりすぎたのだろう。明らかに寝過ぎだな、不健康児かよ。

 起きてまず初めに俺はベッドの傍に置いてある自分のスマートフォンを取り、昨日教えてもらったおっさんの電話番号にさっそく掛けてみた。

 多分雨が降っているから中止だと思うが、確認することは大切だ。

 しかし、いつまで経っても繫がらない。何故だろう。あっちも寝ているのか?だとしたら、いい大人が何してんだっと、ぶん殴りたいが流石に目上の方を理由もなしに暴力を振るうのはダメであろう。

 

「しょうがない。先に飯でも食うか」


 琉助りゅうすけの方は今日は来れないとの連絡がメールで既に来ていたので、自分で用意することになった。


 自室から出て直ぐにキッチンに向かった。

 昨日の晩に炊いたお米がまだ残っていたのでそれを電子レンジで温めて、それに市販の鰹節を乗せて上から醤油を掛けて召し上がった。


 食事を終え、さっさと食器を洗った。

 つくづく思うが朝から温かい食事をとれることが幸せである。

 お母さんには感謝をしっかり伝えたかった。


 考え事をしていると、急な眩暈がした。

《生まれてきてくれて、ありがとう。愛しているわ》


 不意に脳内にお母さんの声が再生された。

 しかも記憶していないセリフだ。だが、確かにどこかで聞いた事がある気がする。

  

 そんなことを考えていると、突然食卓に置いてあった携帯が鳴った。

 相手の名前を確認をすると影村寿雄かげむらとしおと書かれていた。

 

「もしもし?」


『あー、もちもち。さっきはゴメンネ。寝てました』


 興味のない相手に対する女子の返信かよ。

 てか、俺以上に生活習慣酷いな。長生き出来ねぇぞ、百四十歳だけど。 


「問題ないです。とういうより、今日はどうします?」


 返答次第では今日の予定が大きく変わる。


『え?普通に考えてやんないでしょ。馬鹿なの?雨降ってるんだけど。それぐらい自分で判断してよ』

 

 は?お前はバイト先の嫌な先輩かよ。


「す、すいません。次から気を付けます」


『ホントに気を付けてね。そういうのはワシの友人の天ちゃんにしたら怒られるよ』


 その人に会ったら本当に気を付けよう。

 そもそも、おっさんの知り合いってだけで、あまり関わりたくない。

 

「今日は大人しく家の中に籠ってます」


『そうするといい。若いうちから健康には気を付けた方がいい』


 年寄りも健康に気を付けた方がいいと思うが、妖気法使いは勝手が違うかもしれないので黙っておこう。


「分かりました。また何かあったら連絡します」


『じゃあ、もう切るね』


 向こう側から、電話の切れる音と共に俺も携帯の電源を切った。


「てか、何考えていたんだっけ?」


 おっさんから電話が来る前に何か考えていた気がするが『忘れてしまった』

 

「まぁいいか。忘れるってことは大した事じゃないだろう」


 気を取り直す為に手を一回叩いて、次は頬を叩いてもう一度手を叩いた。


 もしもおっさんとの予定が有ったら、おっさんの正気を疑いつつ従うが無くなったのでもとより考えていた家の大掃除をしよう。


「てか、いざ掃除となるとこの家は広いな」


 以前、お父さんが言ってたがローンは既に払い終えているらしいので、この際引っ越しでもしましょうか。って、まだ未成年だから難しいか。

 今はその事を置いておいて、掃除用に着替えよう。


 今回の服装は学校指定のジャージにグレーのマスク、そして上には白の頭巾を被って準備万端!ジャージって便利だな~。


 キッチンやリビングなどは琉助がやっていてくれたので。メインは断捨離と両親の寝室の掃除である。

 確か、指定ごみ袋は玄関の正面のタンスの中にしまって有ったはずだ。

 玄関に向かいタンスの中を探し始める。


「どこにしまって有ったっけ?」


 如何せん最後にゴミ袋を取り出したのが去年の大掃除の時にお母さんに頼まれて以来なもんで詳細な場所は記憶していない。

 適当にガサゴソ漁ってみるが中々見つかんない。

 さっきから出てくるのはいつ買ったのか分からないお父さんの趣味である釣りとかのアイテムばかりだ。

 全部捨ててやる。(無慈悲)


「見つけた。ここか」


 真ん中の段の左からの二番目の引き出しの奥の方に有った。よく見つけたな去年の俺。褒めて遣わす。誰視点?半年後の未来視点です。


 とりまゴミ袋を広げて、タンスの中の要らないモノを次々と放り込んでいくぅ。

 ついでにもう履かない靴も処分してしまおう。その結果、ものの数分でゴミ袋が一つ満杯になった。

 

 その時は気付かなかったが、両親の物は一つとして入っていなかった。


「ふぅー。とりあえずここは一段落だな。次行こ」


 玄関周りの断捨離を終え、溜まっている埃もゴミ袋へとシュートゥッしたので、次は二階の部屋の掃除に取り掛かろう。二階には俺の部屋と両親の寝室とその他の物置や各季節別に整理された衣装室等があるため断捨離し甲斐がある。わーい楽しい~。


 二階に上がる前に階段と一回の廊下を軽く水拭きした。別にしなくても良いが、急にしたくなった。

 いよいよ二階に上がる。ゴクリと唾を飲み込む。

 

「覚悟は良いか?」


 いや待てよ何についてのだよ。

 俺は口から零れたセリフに脳内で瞬間的にツッコミを入れる。

 

 一段一段を踏みしめて階段を上る。

 いや~、やっぱ面倒臭いお風呂場からしようかな。いや、男に二言は許されねえ。


 自分の部屋は普段より手入れをしっかりしているので掃除機を掛けるだけで済ませた。

 不思議よね。掃除機の音って親とかが使うときは煩く感じるのに、自分が使うとあまり気にならないよね?俺だけじゃないはず。そう子供の頃から信じている。まぁ、余りにも馬鹿馬鹿しいので誰にも聞いた事はない。今度、琉助にでも聞いてみようかしら。


 自分の掃除を終えて、お次の部屋に向かう。

 季節ごとに区別され、所有者別にハンガーにかけれている。ここの部屋はもう着れない自分の服だけを処分して、床を自室同様に掃除機を掛けて退室した。


 残る部屋は両親の寝室だけだ。

 思い返せば、この部屋には入ったことがそんなにない。理由は無いが謎の気まずさがある。だからだろうか、今回も躊躇いある。

 ドアノブに触れようとする手は汚物を触る時のように小刻みに震えている。意を決してそれに触れる。その瞬間激しい頭痛に襲われた。その際にそれから手を放してしまい、後ろに二三歩下がってしまった。


「ウっ!なんだ急に」


《父さんはお前と母さんを愛している。だから、二人とも生き残ってくれ》


 キッチンの時とは違い今度はお父さんの声が脳内に再生された。

 しかもこれまた聞き覚えの無いセリフだ。


「なんなんだよ。本当に」


 幸いにも頭痛は直ぐに引いた。

 今度こそと思ってドアノブを捻った。今度は頭痛はなく、普通に入室できた。

 家主の居ない室内はどこか不気味な雰囲気を醸し出している。閉じられたカーテンの下の隙間からは漏れている雨雲の灰色の光は、それを助長していて、ここにはもう誰も住んでいないという一つの誠を俺に突き付けた。

 もしかしたらまだ生きているかもと言う淡い希望が心の片隅にずっと残っていたが、一方で絶対に活きていないと言うことを何故か確信していた。

 

 この後、軽く部屋を掃除して退室した。


 外の雨音が家中に響き渡れるほどに、この家は静かだった。


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