おい、なんか当たったぞ

 ドォン! と。


「おわ……と」

「わあっ!!」


 馬車が急停止し、僕とレイは前につんのめった。


 かなりの衝撃が走ったが、僕は一応、鍛えてある身。なんとか踏ん張り、体勢を整える。


 だが、レイにおいてはその限りではなかったようで。


 ――むにゅ。

 いわく言い難い感触が伝わってきて、僕は目を見開く。


 柔らかい。

 なんだこれは。


 ふと視線を脇に向けると、僕の肩に顎を乗せているレイ。向かいあう形で座っていたので、思いっきり僕の方向へつんのめってしまったようだな。


 ……って、ん?

 となると、もしかしてこの感触は。


「おい。おーい……」


 若干の気まずさとともに、僕は姫様に呼びかける。


「……えへへ、アリオスの匂い……。って、ふえっ!!」

 数秒間の停止状態ののち、レイはがばっと姿勢を元に戻す。例によって顔が真っ赤っかだ。

「ご、ごごごめん。嫌だったよね……?」


 心配そうに上目遣いをするレイ。


「まあ……大丈夫さ。僕とおまえの仲だ」

「私とアリオスの仲……」


 そこでなぜか再び顔を赤くするレイ。


 ……しかし、いったいなにが起きたというのか。


 仮にも馬車で商売をしている者が、急停止で客を危険に晒すなんて。なにか起こったのか?


 そう思いながら箱型の客室を出る。

 ちなみにレイには中で待っていてもらう。彼女はなるべく人目に晒したくないからね。


「はあ。どうしても通れねえんですかい」


「申し訳ないね。これもギルドの意向なんだ。どうしても進みたいのなら、あっちの橋を渡ってほしい」


「そ、それじゃ思いっきり遠回りじゃないですかい! 目的地まで三日かかっちまうよ!」


 なにやら揉めているようだな。


 馬車の御者と……その相手は冒険者だろうか。しかも複数人いるな。


 さっき僕が吹っ飛ばした奴より、装備がだいぶしっかりしている。そこそこ腕の立つ奴と見た。

 その冒険者のうちひとりが、僕の登場にいち早く気づいた。


「おや。あなたは……」


 やや抵抗があったが、僕は手短に自己紹介を済ませる。


「アリオス・マクバです。よろしくお願いします」


「アリオス……ではあなたが」


 名前を聞いただけで、冒険者は僕の身上を察してくれたのだろう。

 だが特段馬鹿にすることもなく、それどころか小さく頭を下げてきた。


「ユウヤ・アストレイ。B級冒険者さ」


「B級……」


 となれば、さぞ多くの死線をくぐり抜けてきたのだろう。王都で絡んできた冒険者と違い、ユウヤには不思議な優しさがあった。


 だから僕も、安心して彼に質問することができた。


「ユウヤさん。通れないっていうのは……どういうことですか?」


「うん。実はこの先で、ジャイアントオークが出現してね」


「ジ、ジャイアントオーク……ですか」


 さすがに驚いた。

 指定Aの魔物じゃないか。


 さっきのブラックグリズリーよりも手強い相手だ。


「現在、私の仲間が戦ってくれているが……戦況が思わしくなくてね。ラスタール村のギルドとも協力してるんだが、まだ決着がつかないんだ」


「そうなんですか……」


 それほど多くの冒険者が結託しても勝てない。

 やはり、指定Aともなると格が違うな。


「というわけで、一時的にだが道を封鎖させてもらってるわけさ。君たちには申し訳ないけど、これも民間人の命を守るため。わかってくれ」


「なるほど……わかりました」


 それにしても、ブラックグリズリーに引き続き、また強力な魔物のお出ましか。いったいどうなっているんだか。


 考え込む僕に、御者が苦々しい表情で告げる。


「お客さん。申し訳ないですが、三日も野宿できるような用意なんてないですよ? ここは帰ったほうが……」


「いえ。大丈夫です。僕が出る」


「へ……?」

 驚きの声をあげたのはユウヤのほうだった。

「出る……? 君がかい?」


「はい」


「し、しかし君は」


「ユウヤさん。たしかに僕は剣聖にはなれなかった。……でも、僕だって厳しい特訓を受けてきた。せめてサポートだけでもさせていただけませんか?」


「ふむ……。たしかに猫の手も借りたい状況ではあるが……」


 ユウヤは顎をさすり、しばらく黙考していた。

 やがてふうと息を吐き、僕の瞳をまっすぐに見据える。


「わかった。ただし、相手は指定Aの魔物だ。危険だと判断したらすぐ撤退すること。それでいいかい?」


「はい。それで大丈夫です」


 いまの僕には、三つの能力がある。

 相手が強力なだけに、その強さを確かめる絶好の機会だ。


 僕は両の拳を打ち付け、久々の武者震いをするのであった。

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