おい、また強くなってないか?

「お……?」


 僕は目を細める。

 見覚えのある文字が視界に浮かび上がってきたからだ。


――――――


 戦闘の勝利により、スキルレベルが上がりました。

 使用可能なチートコードが解放されます。

 

 ★対象の体力の可視化

 

――――――


 なんだこりゃ。

 また能力が増えたのか。

 しかも対象の体力の可視化って。 


 意味はなんとなくわかるが、どういうことだ?


 いますぐ使ってみたい衝動に駆られるが、いったんやめておく。

 さっきの《攻撃力アップ(小)》みたいな事故が起きたら大変だからな。


「アリオス? どうしたの?」

「いや。……なんでもない」


 首をかしげるレイに、僕は答えを濁す。


 もしかして――このスキル、どんどん新たな能力を使えるようになるのだろうか?


 だとしたらヤバすぎる。


 通常、人が使えるスキルはひとつのみ。


 稀に複数のスキルを使える者もいるが、それもごく少数のはずだ。二つ以上のスキルを扱える者は、国から重宝され、要職に就くことも少なくない。


 ――にも拘(かかわ)らず、現時点で僕が使える能力は三つ。


 あまり公で話せる内容ではなさそうなので、ここでは黙っておこう。これ以上に注目を集めたくはない。

 僕もまだスキルの全容がわかってないし。


「アリオス……」


 黙り込む僕を見て、レイはその理由まで悟ったのだろうか。

 心配そうに下から覗き込んでくる。


「アリオス? 大丈夫?」

「ああ……。気にしないでくれ」


 普段はおっちょこちょいなくせに、急にこんな可愛くなるんだよな。


「《剣聖》スキルのことなら……そんなに気にしなくていいと思う。あのダドリーっていう孤児、あんまり評判よくないみたいだし」 


「は? そうなのか?」


「うん。たしかに強いみたいだけど、性格が……ね」 


 そうだったのか。

 僕はといえば、スキルが《剣聖》じゃなかったせいで、なにもかもが真っ暗になってしまったからな。他人のことまで気にかける余裕がなかった。


「……っていうか、なんでレイがそこまで詳しいんだよ。僕ですら知らなかったことだぞ」


 わざわざ調べたのか?

 いったいなんで。


「え……そ、そそそそれは」


 ふいに視線をあちこちにさまよわせ、顔をぼうっと赤くさせるお姫様。


「…………?」


 なんだ。急に様子がおかしいぞ。

 だが、彼女が次の言葉を発することはなかった。


「お次のお客様どうぞー!」


 係員が声を張り、僕たちを手招きしてきたからだ。


「お、きたな」

 歩み始めた僕に対し、レイが

「……あなたのために決まってるじゃん」

 と小声で呟いていたのを、僕はあとで知ることになる。

 

 ★


 一方、その頃。

 マクバ家では、ちょっとした騒動が起きていた。


「おい、早く飯持ってこい! 俺は剣聖の跡継ぎだぞ!!」


 ふてぶてしい態度で叫ぶのは、《剣聖》の跡継ぎ予定――ダドリー・クレイス。


 柔らかな椅子に背をもたれ、足を組みながら、横柄な様子で声を荒らげている。


「は、はいっ! おぼっちゃま!」


「うるせえ!! 返事してる暇あったらとっとと持ってこい! 俺の大好きなチョコソースも忘れるなよ!」


 言いながら、ダドリーは召使いの頬を張る。


 パシン――と。

 乾いた音が、部屋全体に響きわたった。


「ああっ……!」


 召使いが悲鳴をあげて倒れる。

 メアリー・ローバルト。

 以前までアリオスと仲の良かった、若い女性メイドだ。


(ダドリーさん……。どうして、こんな態度に……!)


 そう思いながら、メアリーはなんとか起きあがる。

 ここでモタモタしていたら、また殴られるから。


(力を手に入れた途端、急にこんなことに……。アリオス様は謙虚な方だったのに……)


 アリオスのスキル名が判明した、あの運命の日。


 メアリーは彼に話しかけることができなかった。


 彼の悲しみを、メアリーはよく理解できたのだ。


 メアリーも《外れスキル》の所持者だから。

 だから下手な慰めはするまいと思っていたのだ。無駄に関わらないほうが、彼のためになるだろうと。


 その結果――彼と会話することなく、アリオスは去っていってしまった。


(こんなことになるんだったら、アリオス様についていったほうが絶対よかった……!)


 誰にも気づかれない涙を、ひとり流すメアリー。


(いえ、いまからでも遅くはないはず。リオン様は取り合ってくれないから、どうにかしてアリオス様に会いにいかないと……!)

 

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