おい、なんだこれは

 僕たちはひとまず、ブラックグリズリーの死体を処理することにした。


 こいつの素材は色々と使える。

 特に牙や爪はかなり上質らしい。剣の素材にすれば相当の強化が見込まれるだろう。


 あとは毛皮。

 防御力はさほどでもないが、防寒性に優れている。住む場所を失った僕にとって、体温の確保は相当に重要だ。


「……って、なんだこれは」


 剥ぎ取り中、僕は奇妙なものを見つけた。


 紅の宝石だ。

 ブラックグリズリーの体内にあったそれは、鈍い輝きを放ち、何とも言い難い雰囲気を醸し出している。


 ……まあいい。

 よくわからないけど、剥ぎ取っておいて損はないだろう。高く売れる可能性もあるしね。


 一通りの素材を剥ぎ取った僕は、改めて今後の方針を考える。


 ――これから、どうするか。


 まずは当初の予定通り、隣街に向かうべきか。

 別にどこへ行ってもいいのだが、行くなら実家――皇都より遙か遠くがいい。僕の悪評の広まっていないところで。


 ひとり考え込んでいると、ふいにレイが思いも寄らないことを言った。


「――それなら、お母さんの故郷に行かない?」


「え……」


「ほら。知ってるでしょ? ラスタール村!」


 ――ラスタール村。


 もちろん知っている。


 レイは正妃の実子ではなく、ラスタール村出身の女性の子。


 だから後継者としては有力視されていないものの、皇帝はレイの母をいたく気に入っていたという。

 それゆえ、他の腹違いの皇族よりは優遇されているのだとか。


 ……このあたりの無駄知識があるのも、マクバ家だった所以(ゆえん)だな。


「私もたまに行くけど、ラスタール村の人、みんな良い人ばかりだよ!」


 両腕をぶんぶん振り回し、くわっと両目を見開きながら、レイが熱弁を振るう。


「ご飯も美味しいし! 空気も綺麗! どう!? 悪くないでしょ!?」


「わかった。わかったから落ち着け」


 どんだけラスタール村を推すんだよ。


 僕は呆れ返ってしまうが、とはいえ、選択肢としては悪くない。

 ラスタール村であれば実家から離れているし、悪評を気にする必要もないのだ。


 うん。

 短期的に住む場所としては悪くないだろう。


「わかった。行こう……ラスタール村に」


「うんうん! そうしよそうしよ!」


 ぱあっと笑顔を輝かせるレイ。


「……となると、さすがに馬車が必要だな。歩いていくにはキツすぎる」


 しかしながら、馬車を借りるには皇都に戻らねばならない。

 さてどうするか。


「うーん、たしかに……。でも私、皇都に戻りたくないよ?」


 そりゃそうだろうよ。バレたら確実に城に送還される。 


 僕だってなるべく戻りたくない。《外れスキル所持者》としての悪評が広まっているだろうし。


 ……とはいえ、仕方ないか。

 ラスタール村に行くには、ここは腹を括るしかない。 


「レイ。他にも服持ってきてるか?」


「え? うん。あるけど……」


「もっとバレないように変装してくれ。いったん皇都に戻って、馬車借りにいくぞ」

 

 ★


 よりによって、本日の《馬車屋》はめちゃくちゃ混んでいた。 

 うんざりするほどの大行列である。


 その理由を聞いて、僕は思わず吹き出しそうになってしまった。


 凶暴化したブラックグリズリーが、いきなり発生したのが理由だそう。

 普通に街道を進むのは危険を伴うので、馬車の需要が一時的に高まったのだと思われる。


 だから現在、冒険者たちが緊急的にパーティーを組み、ブラックグリズリーの対策を練っているのだという。


 まあ、僕が倒してしまったのだけど。

 外れスキル所持者がそれを言っても絶対に信用されないので、とりあえず黙っておく。


「おい、あいつ……」

「見ろよ、剣聖のなり損ないだぜ……」

「家を追い出されたんだってな……」


 実際にも、さっきからずっとヒソヒソ話が聞こえてくるんだよな。


 もちろん聞きたくないんだが、あえて聞こえるよう、微妙な声量で話してるからな。ムカつくことこの上ない。


「なにあいつら、アリオスのことなにも知らないくせにっ……!!」


「落ち着け落ち着け」


 拳をぷるぷる震わせるレイに、僕は静止を呼びかける。

 というより、このお姫様、僕より怒ってる気がするんだが。


「もうすこし待てば先頭だ。我慢してくれ」


「う、うん……」


 長いこと待った甲斐もあり、僕たちは少しずつ前に進んでいた。このまま数分待てば、無事に馬車に乗れるだろう。


 と――


「おい、そこのおまえ!」


 ふいに投げかけられたその声に、僕は嫌な予感を覚える。


「はい? 僕ですか?」


「見りゃわかるだろ! この出来損ないめ!」


 いきなり暴言を吐いてきたのは、真後ろに並んでいた男たち。

 安価そうではあるが、武器と防具を身につけている。冒険者だろうか。


「見てわかるだろ? 俺ら、冒険者」


 言いながらドヤ顔をかます男。


「はあ……」


「悪いが、いま緊急で依頼きてるんだわ。だからよ、おまえらそこをどけ」

 はははははは、と仲間らしき者たちが笑い始める。

「考えりゃわかるだろ? 出来損ないのおまえより、俺たちのほうが社会に貢献してるワケ。善良な市民のために、そこをどけよカス」


 ――嘘だ。

 僕は瞬時にそう思った。


 なにがしかの依頼を受けているのは本当だろうが、それは《緊急の》依頼ではない。


 だったら最初から割り込んでくるはずだし、そもそもギルド専用の馬車を借りればいいだけ。


 だからこれは、単に難癖をつけたいだけ。

 剣聖になれなかった僕を、ただ貶めたいだけ――


「あなたたち。急になにを言い出すのです!」

 ふいに、レイが冒険者の前に割り込む。

「あなたたちの立ち居振る舞い、とても緊急の依頼を受けられる実力に達しているとは思えません」


「あ?」


 冒険者がかっと目を見開く。


 ――こりゃまずい。

 レイの奴、こうなったら絶対に収まらないんだよな。


「偉そうなことを言う前に、まずはギルドで偉くなりなさい。底辺冒険者さん」


「て、てめぇ……!」

「黙って聞いてりゃ……」

「おい、まずこの女からシメようぜ!!」


 まずい。

 冒険者たちは完全に怒ったようだ。


 それぞれの武器を携え、狙いを完全にレイに定めている。いくら相手が弱くても、多人数の攻撃にレイが耐えられるはずがない。


 仕方ないか。

 ――チートコード起動。


――――――


 使用可能なチートコード一覧


 ・攻撃力アップ(小)

 ・火属性魔法の全使用


――――――


 火属性の魔法は火力が高すぎたからな。さすがにこの場所でぶっ放すわけにはいかない。


 ここは攻撃力アップ(小)が無難かな。僕だってある程度は戦闘の心得があるし、これで充分だろう。


 ――チートコード発動。

 ――攻撃力アップ(小)


「死ねやこらぁぁぁぁあ!」


 しびれを切らした冒険者が、レイに向けて剣を振り下ろす。


 いまだ!


「うおおおおおおっ!!」


 僕は咄嗟に走り出し、まずは冒険者に向けて殴打を――


 ドゴォォォォォォン!!


「ぬぎぷりゃあああああ!!」


 冒険者が、はるか高い空に吹き飛んでいった。


「……え?」


 僕はわけがわからず、目をぱちくりさせる。

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