おい、お姫様がついてくるんだが。

 ズル。


 そう。

 完全にズルである。


 いままで触れることさえなかった魔法が使えるようになって、その魔法でブラックグリズリーを倒して。


 意味わからん。

 まさにズルである。


 努力もなしに魔法が使えるなんて、それ以外のなにがある?


「…………」


 謎の外れスキル、チートコード操作。

 これが魔法発動のきっかけになったのは違いない。


 考えてみれば、僕はこのスキルをなにも知らない。スキルが《剣聖》じゃなかったことが衝撃的で、チートコードのことなど考えもしなかったんだ。ただ攻撃力が上がるだけのクズスキルでしかない、と。


 ただ、考えてみれば変な話なんだよな。


 攻撃力が上がるだけであれば、《攻撃力アップ》という固有のスキルがあるはず。チートコードなんて、それこそ誰も聞いたことがないんだよな。


 いったいなんなんだ、このスキルは……


 と、そんなことを考えている場合じゃない。

 スキルの考察もいいが、お姫様の対応もきちんとしなくては。


「その……お久しぶりですね。レイミラ王女殿下」


「ア、アリオス……」


 姫ともあろう者が、レイミラの格好は恥もあられもなかった。尻餅をついて、情けない顔でこちらを見上げるだけ。こう言ってはないが、威厳もへったくれもない。


「……むぅ」

 レイミラ王女も自身の失態に気づいたのか、むむむと頬を膨らませる。

「二人きりのときはレイと呼びなさい。それと敬語は禁止。……そう伝えたでしょう」


「ああ。そういえばそうでしたね」


「……アリオス?」


 笑顔で睨まれた。

 へたりこんでるくせに。


「わかったわかった。敬語はなしね」


「……わかったのなら良し」


 レイミラ王女――訂正、レイはしたり顔で立ち上がる。


 変わってないな。

 昔からずっと、彼女は変わっていない。


 代々から王族を護衛するマクバ家は、当然、王族との距離も近い。かつての俺は《剣聖》候補だったから、父上に連れられて挨拶に伺ったことがある。


 そのときに出会ったのが、この第二王女――レイミラ・リィ・アルセウス。


 同い年ということもあってか、彼女とは話が合った。幼い頃特有の、《大きくなったら結婚しようね》という話もよくしたものだ。


 皇族なのに、気取っているところがまるでない。

 性格的にはむしろ、庶民と近しいものがあった。


 軽装に身を包み、隠れて外に出ることもしょっちゅう。


 たぶん今回も、憂さ晴らしかなんかで外に出たんだろう。いまのレイは、王族とは思えないほど身軽な格好だ。帽子を深く被り、よくよく見なければ第二王女と気づけない。


 そう。彼女は昔からなにも変わっていない。


 ――けど。


「……レイ。良い機会だ。君には言っておきたいことがあった」


「え……?」


「聞いてるだろ? 僕は《剣聖》じゃなかった。君の護衛を務めることは……残念ながら、難しそうだ」


 ――だから、お別れだ。

 マクバ家を去った現在、王族と繋がる手はどこにもない。今後レイと会うことはできなくなるだろう。


 レイは昔から変わっていない。


 でも、僕は変わらざるをえなかった。剣の才能がなかったから。


 だけど。

 次の瞬間にレイから紡がれた言葉は、あまりに予想外だった。


「……うん。聞いてる。許せないよね。才能がなかったら切り捨てるなんて、ほんと、あの国腐ってると思うよ」


「は……?」


「だから私、旅に出るんだ! アリオスが心配で、ほら!!」


 そう言ってレイは背負っていたリュックを持ち替え、中身を開けてみせる。

 なかには――眩しくなるほどの金貨の数々。


「おい、これ……」


「これくらいあれば当面は大丈夫でしょ! ささ、どっか良い街でも見つけようよ!」


 いやいやいや。

 やばいだろこれ。

 僕のために城を出たのかよ。


 下手したら、王族を誘拐した罪かなんかで捕まるぞ。


 僕の杞憂を察したのか、レイはえっへんと大きな胸を張って言う。


「大丈夫よ! ちゃんと置き手紙残しておいたから!!」


「いやいや……」

 それは根本的な解決にはならないだろう。

「というか、なんでだよ。僕なんてお先真っ暗だぞ? そんな僕についてくるなんて……」


「なんでって……」


 レイはそこできょとんと目を丸くする。

 そしてかああっと顔を赤らめるや、僕の腕を両腕で抱えた。


「いいの! 私がこうしたいから! 悪い?」


「…………まったく、君って奴は」


 ほんとに、昔から変わってないよな。

 強引で、おっちょこちょいで――でも、誰よりも真っ直ぐで。


「わかった。でも……少しだけだぞ? 変なトラブルに巻き込まれでもしたら大変だ」


「うんっ!」


 ぱあっと笑顔を咲かせるレイだった。


 

 


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