第6話 誰か知らないけど裁いときますね③


「みんなお待たせ」


「どお? ゆっくりできた?」


 お風呂を済ませた水月みずき莉奈りなが尋ねた。


「うん! すっごく綺麗なお風呂だったよ」


「そうなの? あたしも使わせてもらえばよかったかな──と、それはひとまず置いといて」


 気を遣うような口調で莉奈が話を始める。


「あのね、一つ悠斗ゆうとと相談した事があるんだけど……」


「相談?」


「あたしもしばらく悠斗の家に泊まろうかと思うの。その方が水月のフォローもしやすいし。悠斗はオーケーしたけど……もし水月が抵抗あるなら他の方法考えようかなって」


「ううん、莉奈が一緒にいてくれたら嬉しい。わたしはそれでいいよ」


「よかった――でね、お節介かとは思ったんだけど、実は水月に似合いそうな服買ってきて……」


「──わたしに?」


「うん。でもよく考えたらさ、これ着て外出るとその……普通の人には服だけ浮いてるみたいに見えちゃうなって」


「あ、そっか……」


「ごめんね、なんか余計な事しちゃって」


「ううん、そんなことない。ありがとう莉奈、大好き」


 水月のまっすぐな感謝の気持ちに、基本ツンな莉奈が顔を赤くした。


「よし、じゃあ帰ろうか」


 悠斗達は屋敷の前でかれんに挨拶をして屋敷を後にする。


輝夜かぐやちゃーん! みんなをよろしくね~!」


「う……うん! かぐやに任せて!」


 かれんに頼られた輝夜が嬉しそうに意気込み、悠斗達を先導して歩き出した。




 屋敷を出てからは特に危ない事もなく、悠斗と水月が出会った公園の前まで辿り着いた。悠斗がその時の事を思い出しながら歩いていると、急に輝夜が立ち止まる。


「どうしたんだ? 輝夜ちゃん」


「わ、わからないの……この先からね〝死〟の気配が……あ、歩いてくるの……」


 輝夜に引っ張られて公園の物陰に身を隠し、道路の方を伺っているとそれは現れた。


「な、なに? かぐや、あんなの見た事ない……」


「見るのは初めてなのか?」


「うん、何? あれ……」


 そこに現れたのは、先日悠斗達を襲った黒いモヤモヤだった。


「あの黒いモヤモヤ――四体もいるの⁉ それに……」


 莉奈の言葉の続きは、言わなくとも皆に伝わった。


 黒いモヤモヤを引き連れるようにして、一人の男がゆっくりと、気だるそうに歩いている。


 奴らに気付かれないよう背中を向けて息を殺す。


 その男は、少し長めの黒い髪で、男性用の執事服をアレンジしたような服を着ていた。目つきは死んでおり、肌は血が通っていないような青白さだ。


「あぁ……女王様も無茶いうぜぇ……この数の中から見つけて連れ戻してこいなんてぇ……あんだけ入ってきたんだ……もういいじゃねぇかぁ……」


 動作と同じく話し方も気だるそうで、言葉を引きずるようにゆっくりと、重たい声で何かを言っていた。近付いてくるにつれ、男のまとう〝死〟の気配によって首を絞められているような息苦しさを感じる。


 ようやく公園を通り過ぎ、なんとかやり過ごしたかと気を抜いた瞬間────


「あぁ……そこに隠れてる奴ら……持って帰れるならってこい」


「――‼」


「ちょっと! あのモヤモヤこっち来る‼」


 水月と莉奈は抱き合って体を震わせていた。


 悠斗が皆を守る方法を必死に模索する。


 ──と、その時。


「かぐやに任せて!」


「え⁉ ちょっ……大丈夫なのか⁉」


 悠斗が止める間も無く、輝夜が黒いモヤモヤの前に飛び出した。


 どこから出したのか、いつの間にか白いワンピースの上に黒いコートを羽織っている。



「裁きの光に告げる――あの者を見極めよ」



 輝夜が右手を上に掲げながら唱えると、天上に現れた光が、まるで雷のように鋭く黒いモヤモヤを貫いた。


「やはりしき者のようですね」


 光に貫かれた黒いモヤモヤは霧散し消えていく。


 悠斗達は皆、開いた口が塞がらなかった。


(やっぱ魔法少女じゃん……っ⁉ てかこの子も性格変わりすぎだし……今変な事言ったら絶対おれも裁かれる‼)


 黒いモヤモヤ四体を全て消し去ると、輝夜は次の狙いを男に定めた。


「裁きの光よ――闇を斬り裂くやいばとなれ」


 輝夜が剣を持っているかの如く腕を振るうと、その動きに合わせて十メートル以上離れている男の元に光の刃が現れた。


 だが男はその攻撃を全てかわし、相変わらず死んだような目のまま反撃する様子を見せない。


「しぶといですね……しかし相手は油断しています。今のうちにこれを――」


 輝夜がコートの胸ポケットから何かを取り出した。


 それを見た悠斗が期待の眼差しを向ける。


「もしかしてパワーアップアイテムか⁉」


「いえ、お腹が空いたので……おやつのマシュマロを」


(この子まじめに戦ってるの⁉)


 油断しているのは果たしてどちらなのか。


(かれんさん助けて……‼)



     ◇



 屋敷に残っていたかれんは今、輝夜による裁きの気配を感じて不安に駆られていた。


 その気配が一度ぐらいなら別段心配する必要もないのだが、今回はどうもおかしい。あの輝夜がこうも裁きを連発するなど、今までなかったことだ。


 実はかれんにとっても、黒いモヤモヤを見たのは昨日が初めてである。明確な悪意を感じて斬ってみると軽く倒せたので、何かあっても輝夜一人で対処できると判断していたのだが────


「何か……予想外の出来事でもあったのか?」


 その不安を取り除くべく、かれんは屋敷を出て悠斗達のもとへ向かった。



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